交易都市リベルタへ
「……次なる仕向地の方にございますが」
五明丸は、卓上に広げられた地図へと静かに手を伸ばした。指先は迷いなく中央付近――大陸のちょうど真ん中あたりへと滑り、その一点を軽く叩くように、とん、と示す。
乾いた紙の音が、小さく室内に響いた。窓から差し込む昼下がりの光が、地図の上をちょうど半分だけ照らしている。
「交易都市連合リベルタあたりへ、針路を転じるのは如何にございましょう」
抑揚を抑えた声音だったが、その奥には、既にいくつもの可能性を検討し終えた者特有の落ち着きがあった。
「お、丁度いいじゃんか」
ロイドが椅子の背にもたれかかりながら腕を組み、口元を吊り上げる。木製の椅子が、彼の体重を受けてぎしりと軋んだ。視線は地図の一点を捉えたまま、どこか楽しげに細められていた。
「あそこなら、裏の情報も集まるだろうし。黒蓮の出所を探るにも都合がいいだろうさ」
表の市場だけじゃない。裏で流れる情報、闇に沈む品、誰がどこで何をしているか――そういう『本当の意味での情報』が集まる場所。それがリベルタだ、とロイドは続けた。
「なるほどな。……まあ、俺としては、正直どこでも構わないんだけどねー」
肩を軽くすくめながら言うと、ロイドが喉の奥でくくっと笑った。
「お、話が早くて助かるぜ、アレンの兄貴」
その呼び方にも、もうすっかり慣れたもんだ。
「リベルタって、確か」
俺は地図へ視線を落としながら、記憶の引き出しを探る。
断片的に知っている情報を繋ぎ合わせる。交易都市、多種族、自由――そんな単語が、順番に浮かび上がってくる。
人族だけじゃない。獣人、亜人、その他もろもろ。立場も過去も関係なく、流れ着いた者がそのまま居着く街。秩序があるようで、どこか曖昧な場所。
「色んな奴が集まる街、なんだろ?」
「ええ」
ケイトが一歩寄り、俺の隣で同じように地図を覗き込む。さらりと流れた金の髪が肩から滑り、紙の上に淡い影を落とした。石鹸の、ほのかに甘い香りが鼻先をかすめる。
「大陸中の人、物、噂、何もかもが流れ着く場所です」
「もしかすると、お兄さまが探している方々の手がかりも、見つかるかもしれませんね」
「お、それは都合いいなぁ」
俺はわずかに口元を緩める。
五明丸たちの調査の都合で、ついでに向かう――そんな認識だったが、どうやら話はもう少し当たりに近いらしい。目的が重なるなら、それに越したことはない。
(まぁ、当たりを引けたらラッキー、くらいでいいかなぁ)
期待しすぎると外した時が面倒だ。肩の力を抜いておくくらいが、ちょうどいい。
「んじゃ、行き先は決まりだね」
軽く手を打つと、場の空気が一つにまとまる。
「御意。王都からは、聊か距離がございますが――」
五明丸は、既に懐から取り出した小さな手帳に、何事か書き付け始めている。行程、補給地点、危険地帯――頭の中で整理したものを、律儀に紙へ落としているらしかった。
「馬車でも使えば、十日もかからねぇだろうさ」
ロイドが気楽に言い放つ。椅子から立ち上がり、大きく伸びをすると、関節がぽきりと鳴った。
「よし、リベルタか。まぁ、退屈はしなさそうだな」
俺も椅子から腰を上げ、軽く体を伸ばす。背中の筋が、じわりと解けていくのが分かった。
人も、情報も、面倒ごとも――全部集まる街。何も起きないはずがない場所だ。
「ふふ、道中も、きっと退屈しませんね」
ケイトが地図を丁寧に折り畳む。角をきっちりと合わせる、その手つきには無駄がなかった。
「某としても、兄上とお供仕る道中、この上なき喜びにございます」
五明丸が、手帳から顔を上げ、真顔で言い切る。冗談でも誇張でもない、本心そのままの声音だった。
「五明丸さぁ、ちょっと張り切りすぎじゃない?」
「当然のことにございます」
間を置かず返され、俺は思わず苦笑した。この温度差、嫌いじゃない。
こうして、行き先は、交易都市連合リベルタに決まった。
魔族の影という不穏な調査をお供にしながらも――俺たちの旅は、あくまでも、俺たちのペースで進んでいく。
(……ま、面倒なことにならなきゃいいけどね)
そんな軽い気持ちのまま、俺は立ち上がった。
翌朝、四人は荷物をまとめ、賑わう王都の門をくぐり、新たな街道へと歩を進めたのだった。




