旅路の増員
王城の一室、重厚な扉の奥。
呼び出しを受けた五明丸は、急ぎ身なりを整えると、念のためにとロイドを伴い、評定の間へと足を運んでいた。
「……陛下のお直々の召喚、しかも緊急となれば、穏やかならぬ話であろう」
「おう、同感だぜ。気を引き締めてかからねぇとな」
評定の間には、既に主だった顔ぶれが揃っていた。
長机の上座、王の右手に控えるのは、宰相のオルグレン。痩せぎすの老臣で、国政の実務を長年取り仕切ってきた男だ。その隣には、財務を預かる会計卿のベルナーデ。眼鏡の奥の目が、既に苛立たしげに書類をめくっている。対面には、近衛師団を束ねる師団長と、外務を担う若い文官が二人、それぞれ資料を手にしていた。
居並ぶ重臣たちの奥、玉座には、白髪交じりの壮年の王が、困ったような、どこか人の好さそうな顔で座していた。歴代、善人だがお人好しと評されてきたこの国の王らしい、柔和な面差しだ。だが、今日ばかりは、その眉間に、珍しく深い皺が刻まれている。
「五明丸、ロイド。急な呼び出し、すまぬな」
「いえ。して、此度の御用向きは――」
王が目配せすると、師団長が立ち上がり、広げられた地図の上に、幾つかの木製の駒を置いていった。
「此度のスタンピードの件だ。発生が確認されたのは、合わせて七箇所。いずれも、王都を扇状に取り囲むような位置にある」
駒の配置を見て、五明丸が小さく眉を寄せる。
「……これは意図的に、王都を包囲する布陣を敷いておいででございますな」
「うむ。しかも、発生の時刻には、ほぼ半日の差しかない。自然に広がった群れが、これほど綺麗に足並みを揃えるとは、考えにくい」
師団長が、淡々と続ける。
「斥候部隊が、各発生地点の周辺から土壌片を採取し、宮廷魔導院に分析を依頼した。結果、四箇所から『黒蓮の抽出液』――魔物の闘争本能を強制的に昂らせる、違法薬物の残滓が検出されている」
「黒蓮、にございますか」
「北方でしか自生せぬ希少な植物だ。抽出には高度な調合技術を要し、市井に出回るような代物ではない。これを、この短期間に、七箇所もの地点へ運び込める組織力――」
会計卿のベルナーデが、書類から顔を上げずに口を挟んだ。
「組織力の話をするなら、先に申し上げたき儀が。此度の被害、城壁の修繕費だけで金貨にして凡そ二千。負傷した冒険者への見舞金、流通が止まった隊商への補償まで含めれば、国庫への打撃は決して小さくございません。原因究明も結構ですが、まずは目先の財政をどうするか――」
「会計卿、それは後で詰めればよい話であろう」
宰相オルグレンが、静かに、しかし鋭く遮った。
「問題は、この薬物の出所だ。……陛下、恐れながら、北方で黒蓮を扱う者として、真っ先に名が挙がるのは、ザハール帝国の闇市場、あるいは――」
そこで、オルグレンは一拍置いた。
「魔族、という線にございます」
その一言に、評定の間の空気が、目に見えて張り詰めた。
「お待ちを、宰相殿」
声を上げたのは、外務を担う若い文官の一人――ハイレムという名の男だった。
「魔族の関与など、現時点では状況証拠に過ぎません。これを陛下の御前で口にし、万が一外に漏れれば、民の間に無用な動揺が広がりまする。それに――」
ハイレムは、もう一人の文官と視線を交わしてから続けた。
「我が国は、長らく軍備を抑え、冒険者という民の力に頼ることで、他国との均衡を保って参りました。此度の件を機に、性急に軍拡へ舵を切るような真似をすれば、アルカディアやドゥルガンに『エリュシオンが牙を剥いた』と警戒され、せっかく築いた信頼を損ないかねません」
「だが、ハイレム殿」
師団長が、太い声で割って入る。
「現に王都が狙われたのだぞ。民を守る備えを厚くして、何が悪い」
「備えと軍拡は別の話にございます、師団長。それに――」
ハイレムの声が、わずかに険しくなる。
「失礼ながら、師団長閣下が声高に兵の増員を仰るのは、此度の一件とは別に、近衛の定員拡充を陛下に認めていただきたいという、かねてよりのご意向もおありなのでは」
「……言わせておけば」
師団長の顔が、わずかに赤らんだ。図星らしい。
「両名とも、控えよ」
王が、静かに、しかしはっきりとした声でそう告げた。
「此度の一件、宰相の言う通り、魔族の関与は無視できぬ疑いだ。だが、ハイレムの懸念も、もっともなこと。性急に事を公にし、他国を刺激するような真似は避けねばならぬ」
評定の間が、しんと静まる。
「ガルド帝国への報せは、確たる証拠が揃うまで、しばし待て。だが――手をこまねいているわけにもいかぬ」
王の視線が、五明丸へと向けられた。
「五明丸。そなたに、この一件の調査を命じる。騎士団を率い、発生源となった地域を巡り、痕跡と証言を集めよ。期間は定めぬ。必要とあらば、大陸を跨ぐことも許す」
「――御意」
五明丸は、迷いなく頭を垂れる。
「会計卿、調査にかかる費用は」
「……承知しております。追って、必要経費として計上いたしましょう」
ベルナーデは、相変わらず不服げな顔をしながらも、渋々といった様子で頷いた。
「ロイド、お主も付き合え」
「へいへい、分かってるって」
軽い調子で返しながらも、ロイドの目には、既に戦意にも似た光が宿っていた。
評定を辞した後、長い廊下を並んで歩きながら、ロイドが口を開いた。
「んで、五明丸の兄貴……おっと、団長。実際、騎士団丸ごと連れて行くつもりか?」
「……いや」
五明丸は、少し考えてから、首を振った。
「此度のスタンピード、王都もまた狙われた身。団の大部分を国外へ割けば守りが手薄になる。それに、師団長が定員拡充の件で色気を出しておるようだが、こちらの都合でそれに付き合ってやる義理など毛頭ないわ」
「だよなぁ。身軽な方が動きやすいしな」
「某とお主、二人で十分であろう。団は、副長格の者たちに預け、このまま王都に残す」
「陛下には、黙っててもいいのか?」
「事後にて、改めて報告を入れればよい。此度の任、某に一任すると仰せられたゆえな」
五明丸は、涼しい顔でそう言ってのけた。
こうして、二人は、王都に戻る足で早速、留守を預かる者たちへの引き継ぎを済ませると――誰に相談するでもなく、自分たちだけで、次の一手を決めてしまっていた。
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同じ頃。
王都の宿の一室では、俺とケイトが、次の目的地について話し合っていた。
「それで、お兄さま。次はどちらへ?」
「んー、正直あてはないんだよねぇ」
テーブルに広げた地図を眺めながら、俺は頬杖をつく。
「五明丸とロイドには会えたし、今回の目的は半分くらい達成したようなもんだけど」
「残りの十一人、ですよね」
「ああ。とはいえ、闇雲に歩き回っても、そうそう見つかるもんでもないしなぁ」
ケイトは、地図の上をゆっくりと指でなぞりながら、思案顔になる。
「隣国のアルカディアあたりは、魔法が盛んだそうですし、マリサ様のような方には出会いやすいかもしれません」
「お、良さそうだね。それか、南のヴァルガ大森林とか――」
そんな風に、あてもない相談を続けていた、その時だった。
部屋の扉が、ノックもそこそこに開かれる。
「よぉ、アレンの兄貴とケイトの姉貴。ちょっといいか」
「お話し中のところ、失礼いたします」
ロイドと五明丸が、連れ立って顔を出した。
「お、戻ってきたのか。どうだった、王様の用事」
俺が尋ねると、二人は、顔を見合わせてから、簡潔に経緯を語った。
スタンピードが、どうやら自然発生ではなく、何者かの意図的な引き金による可能性があること。現場から、魔物を興奮させる薬品の痕跡が見つかったこと。そして――その裏に、魔族が関わっている疑いがあること。
(あー……これ、関わらないって選択肢はなさそうだなぁ)
「……なるほどな。それで、五明丸が調査に行くことになった、と」
「御意。これより、発生源となった各地を巡ることになります」
「そりゃ、めんど……大変そうだな」
俺が苦笑しながらそう言うと、ロイドが、にやりと笑った。
「で、だ。兄貴たちは、次はどこ行くか決まってんのか?」
「いや、ちょうど今、それを話してたとこだけど」
「だったら、好都合じゃねぇか」
ロイドが、芝居がかった調子で両手を広げる。
「俺たちは、どのみち各地を回ることになる。だったら、兄貴たちと一緒に回っちまえばいい話だろ? ……兄貴がいるなら、どこ行っても安心だしな」
「……それは」
「調査には、土地勘のある案内役が要ります。幸い、某とロイドは、大陸各国にそれなりの伝手がございます」
五明丸が、静かに言葉を継いだ。
「道案内も兼ねて、しばらく、御供をさせていただけませぬか。兄上の御側で学べる機会、逃す理由はございませぬ」
思いがけない提案に、俺は思わずケイトと顔を見合わせた。
「……ケイト、どうする?」
「私は、構いません。……お兄さまとご一緒できるのであれば、どこでも」
ケイトは、澄ました顔でそう答えながら、わずかに目を細める。
(お兄さまと離れる理由など、あるはずがない)
「まぁ……ケイトがいいなら、俺は別に構わないけど」
「よっしゃあ!」
ロイドが、拳を突き上げた。
「某としても、兄上と共に旅ができるとは、望外の喜びにございます」
五明丸が、深々と頭を下げる。
「大陸は広うございます。某たちの伝手を活かせば、他の兄弟妹たちとの再会も、ぐっと近づくかと」
「お、それは心強いな」
思わぬ形で、旅の仲間が増えることになった。
魔族の影という、不穏な気配を抱えながらも――
(まぁ、退屈はしなさそうだし……いっか)
そんな感想が、先に浮かんでいた。
「さて、と」
俺は、地図を改めて広げ直す。
「それじゃ、まずはどこから調べに行く?」
「スタンピードの発生源は、複数ございます。最も近いのは――」
五明丸の指が、地図の一点を示す。
もっとも、俺にとっての旅の目的は、今も昔も変わらない。気ままに世界を見て回り、縁があれば兄弟妹たちに会いに行く――それだけだ。魔族の調査は、あくまで五明丸たちの仕事であって、俺が首を突っ込むべき話でもない。まあ、道中、何かあれば力を貸すくらいはするだろうが。
こうして、思いがけない形で頭数の増えた一行は、新たな旅へと、足を踏み出すことになったのだった。




