騎士団長
結局、後始末は思った以上に長引いた。
演習場の柵は根元からへし折れ、あちこちに木片が散らばっている。詰所の外壁には、蜘蛛の巣のような深い亀裂が幾筋も走り、崩れかけた石材が足元に転がっていた。地面のあちこちに残った陥没と抉れは、まるで何かの巨獣が暴れ回った跡のようで、駆けつけた職員たちが、その惨状を前に絶句している。
「いやー、悪いな兄貴。俺のせいで、頭下げる羽目になっちまって」
ロイドが、後頭部をがしがしと掻きながら、申し訳なさそうに笑う。その巨体が縮こまっている様は、なんとも言えない滑稽さがあった。
「いや、いいよいいよ。俺も乗った口だから、お互い様だよね」
俺は苦笑しながら、そう返す。
ロイドと並んで、駆けつけた詰所の職員に平謝りを続けた。頭を下げるたび、職員の顔色が青ざめたり、諦めたようなため息が漏れたりを繰り返している。ケイトは少し離れた場所で、腕を組みながら、成り行きを面白そうに眺めていた。
そうこうしているうちに、演習場の入り口に、新たな人影が現れた。
鞘に収めた刀を腰に佩き、鋭い眼光。着崩れ一つない制服姿。詰所の職員たちが、その姿を認めた瞬間、弾かれたように一斉に姿勢を正した。
「――何を騒々しい」
低く、よく通る声だった。演習場の喧騒を、その一声だけで押さえ込んでしまうほどの威圧感がある。
その声に、俺は思わず視線を向ける。
(……あ)
整った顔立ち、鍛え抜かれた体躯。腰に佩いた、一振りの刀。
見覚えがある、なんてものではなかった。前世で幾度となく調整を重ねた、あのサブパラメーターのキャラクターメイキングの記憶と、寸分違わず重なる。
(五明丸だ――)
確信した、その瞬間。
男の足が、ぴたりと止まった。
演習場の惨状を見回していたはずの視線が、俺を捉える。
整った顔から、表情という表情が、音もなく抜け落ちていった。瞳が、大きく見開かれる。
「……兄、上……?」
絞り出すような声。刀の柄にかけられていた手が、細かく震えている。周囲の職員たちが、団長の異変にざわめいた。
「久しぶり~、だね」
そう言えば見た目どおり、侍みたいな性格にしようって裏設定したっけな――と内心思う俺。
俺が名乗るより早く、その一言だけで十分だったらしい。
五明丸は、大股に距離を詰めると――躊躇いもなく、その場に片膝をついた。周囲の職員たちが、一斉に息を呑む音が聞こえた。
「――えぇ……ちょっと、頭上げてって」
「……っ、滅相もございませぬ。どうにも、体が勝手に――」
立ち上がりながらも、その声は、明らかに上ずっている。喉の奥から絞り出すような、抑えきれない響き。普段の厳格な騎士団長からは、到底想像もつかない様子だった。
「うわ、五明丸の兄……団長のそんな顔、初めて見たぜ~」
ロイドが、隣でニヤニヤと笑っている。腕を組み、実に楽しそうにこちらを眺めていた。
「……喧しいぞ、ロイド」
一喝しながらも、五明丸の視線は、俺から一瞬たりとも離れなかった。何かを確かめるように、俺の顔を、姿を、上から下まで、繰り返し見つめてくる。まるで、幻でも見ているかのような目だった。
「……お若き姿なれど、その気配……真に、兄上でいらっしゃるのですね」
「ああ。まあ、色々あって、お互いこうして転生してるらしいけどな」
「……左様でございますか」
短く答えた五明丸の目に、何かが滲んだ気がした。すぐに瞬きで消えてしまったが、確かに見えた。
俺は、少し面食らいながらも、この場をどう収めたものかと、頭の中で言葉を探した。
「あー、それと、悪いんだけど」
ばつが悪い気持ちで、周囲の惨状を指し示す。
「ここ、俺とロイドでやらかしちゃってさ、後で弁償とか、必要なら……言ってくれるといいな」
五明丸は、ちらりとその惨状に目をやった。崩れた柵、亀裂の走った外壁、陥没した地面――普通なら卒倒しかねない損害だ。だが、五明丸は特に気にした様子もなく、すぐに視線を俺へと戻した。
「そのようなことは些事。それよりも――」
一歩、踏み出す。距離が、ぐっと縮まった。
「兄上。一つ、お願いしたきことが」
「うわ……なんか、嫌な予感がする」
思わず、一歩分だけ後ずさりたくなる圧を感じた。
「久方ぶりの相まみえ、まことに喜ばしい限りではございますが――」
五明丸の目の奥に、静かな、しかし確かな熱が灯る。普段の冷静な佇まいの奥に隠されていた、何かが表に滲み出てきているようだった。
「一度でよい。この身と、真に刃を交えていただけませぬか」
その言葉に、隣のロイドが盛大に噴き出した。
「はは、五明丸の兄貴、もう予定通りすぎるだろ」
「喧しいと言っている」
五明丸は、軽く咳払いをすると、改めて刀の柄に手をかけた。指先が、愛おしむように鞘を撫でる。
「前の世より、ずっと望んでいたことにございます――」
その眼差しに、迷いは一つもなかった。真っ直ぐに、俺だけを見据えている。
俺は、ついさっき終えたばかりのロイドとの一戦を思い出しながら、小さくため息をついた。全身に、まだ疲労の残滓が残っている。
「……さっきロイドと派手にやったばっかりなんだけどなぁ」
「御案じ召されるな。手加減など、到底不要にございます」
「いやいやいや、手加減なしでやったら、今度こそ王都ごと吹っ飛ぶんじゃないかな!?」
冗談めかして言ったつもりだったが、五明丸の表情は、真剣そのものだった。一切の揺らぎもない。
「――なので、場所を変えましょう」
澄ました顔で、ケイトが割って入ってきた。いつの間にか、すぐ傍まで近づいてきていたらしい。
「王都の外、どこか開けた場所であれば、多少派手にやっても問題ないかと」
「ケイトさぁ……、さてはこの展開、楽しんでるよね!」
「さあ、何のことでしょう……フフ」
微笑むケイトの内心で、何が渦巻いているのか。想像するだけで、少し怖かった。
こうして、次なる手合わせの場所は、王都の外に決まった。
五明丸は、既に待ちきれないといった様子で、刀の鯉口を静かに切っている。かちり、という小さな金属音が、やけにはっきりと耳に届いた。その所作一つにも、隠しきれない高揚が滲んでいる。
(……まあ、ここまで来たら、付き合うしかないよなぁ)
俺は、覚悟を決めるように、小さく息を吐いた。




