再開と手合わせ
スタンピードの残党処理は、思いのほか早く片付いた。
ロイドの一撃で大半が薙ぎ払われた後、散り散りに生き残った個体を、冒険者と騎士団が手分けして掃討する――その程度の後始末で済んだからだ。俺とケイトも、壁の外に取り残されていた商隊の護衛を買って出て、手早く片付けを済ませた。……いいお小遣い稼ぎってやつだな。
事態が落ち着いたのは、日が傾き始める頃だった。
「……で、お兄さまはこれから、どちらへ?」
「騎士団の詰所、覗いてみようと思ってるよ」
宿に戻る道すがら、俺は当然のようにそう告げた。
「あの副団長さんとやらのさ、姿を拝んでおきたいじゃんか」
「ふふ、素直じゃないですね」
ケイトは、何もかも見透かしたような顔で笑っていた。
騎士団の詰所は、王城の敷地の一角にあった。門番に事情を話し、少し待たされたのち、通されたのは詰所裏手の広い演習場だった。
そこに、目当ての男はいた。
汗を拭いながら、部下らしき若い騎士たちに指示を出している。近くで見ると、その体格は遠目に見た以上に規格外だった。
「――やっほ~」
声をかけると、男が振り返った。
赤い髪、鋭い目つき、そして――
俺の姿を認めた瞬間、その表情が、大きく固まった。
「――は?」
しばしの沈黙。
男の目が、まん丸に見開かれる。
「え、待っ、え? まさか……」
「久しぶりだね、ロイド」
名前を呼んだ瞬間、男の顔がくしゃりと崩れた。
「うおおおおおおおおおおおっ! マジかよ、本当にアレンの兄貴か!?」
大剣を放り出す勢いで、こちらへ駆け寄ってくる。あまりの勢いに、周囲の騎士たちが揃って目を丸くしていた。
「うわ、待て待て、近い近い」
「感動の再会だってのに塩対応すぎだろ!?」
肩を思い切り叩かれる。人間離れした力加減に、地味に骨が軋んだ。
「いや、お前の方が力加減おかしいだろ」
「あー、悪い悪い」
軽く笑いながら、ロイドは俺の全身をしげしげと眺め回した。
「にしても、マジで本人かよ……。ティムラルト時のまんまの顔だ。懐かしすぎるぜ」
「そりゃロイドもだろ~……ん?」
軽口を叩きながら、ふと、違和感に気づく。
目の前のロイドは、明らかに『大人』だった。無精髭こそないが、鍛え上げられた体つき、落ち着いた目元――どこからどう見ても、二十代半ばの立派な成人男性だ。
「……なんか、ロイドさ」
「ん?」
「思ったより、年いってない?」
「はぁ? 誰が老けたって?」
「いや、老けたって言うか……」
言いかけて、はたと気づく。
「そういや、ロイドって今いくつなんだい?」
「え、いくつって……俺、今二十三だぜ」
「……おお、マジ?」
思わず、間の抜けた声が出た。
こっちは転生してから十六だ。前世の記憶を含めても、実年齢だけで言えば、四十八だけどね。
(へぇ、転生される時間はランダムなんだ……)
ってことは……。ロイドも成人の日を迎えたタイミングで、俺やケイトと同じようにティムラルト時代のステータスが統合されたってことだよね。歳の分だけ、一足先にその日を迎えていた、ってわけだね。
「ほんとなんて言うか、変な感じだね。ティムラルトの頃は、年齢なんてほとんど意識したことがなかったけど――」
「ハハッ、確かに! でも今は俺の方が兄貴だって感じだな、こりゃ」
実に楽しそうにガッハハハと笑うロイドを見ながら、俺はなんとも言えない気分で頭を掻いた。
「んで、団長には後で俺から報告しとくよ。今頃、被害状況の報告書と睨めっこしてるだろうしな」
「あー、ロイドは副団長だから団長さんは、別にいるんだっけ」
「ああ、俺はあくまで副団長だからな。団長は今日、王城の方に詰めてる」
ティムラルトのステータスを引き継いでるロイドの上に立つ団長という人物に興味はあるが、まだ顔を合わせるタイミングではないらしい。
(まあ、それはそれで、また今度に会えるかもねぇ)
少し拍子抜けしながらも、俺はひとまずその話を頭の隅に置いておくことにした。
しばらく、そんな調子で再会を噛みしめていたが――やがて、ロイドの目が、どこか悪戯っぽく輝き始めた。
「なあ、兄貴」
「ん?」
「久しぶりに会ったんだしさ、一戦、やらねえ?」
「……は?」
「ドラゴンの噂、聞いてるぜ。アタルデセールで暴れたの兄貴だろ? 俺も、今日の雑魚を薙ぎ払ったので少しは血が騒いでてさ」
ロイドが、にやりと笑う。
「積もる話は後にしようや。まずは体で語り合おうぜ」
「いやいやいや……待て待て、久々の再会でいきなりそれはちょっと――」
「いいじゃん、減るもんじゃなし。な?」
断ろうとする言葉を、いくつも頭の中で探した。面倒事には極力関わりたくない。目立つのはもっと嫌だ。
だが――
「兄貴が、俺の実力、見てみたくないわけないよなぁ?」
その一言に、思わず苦笑いが漏れた。
正直に言えば、気にならないと言えば嘘になる。前世で心血を注いで育てたキャラクターが、この世界でどれほどの力を持っているのか――少しくらいは、知りたいと思ってしまう自分がいた。
「……一戦だけだよ」
「よっしゃあ!」
ロイドが拳を突き上げた。
話に耳をたてていた周囲の若い騎士たちが、慌てて演習場の端へと下がっていく。ケイトも、少し呆れたような、それでいてどこか楽しげな表情で、離れた位置に移動した。
(お兄さまが本気で楽しんでますね……。ふふふ、こういうのも、悪くありませんね)
演習場の中央、二人が向き合う。
ロイドは、大剣を肩に担ぎ直し、獰猛な笑みを浮かべた。
「遠慮なしでいくぜ」
「ああ、来なよ」
俺は、軽く両手を開き、半身に構える。
次の瞬間――大剣が、唸りを上げて振り下ろされた。
速いのだろう。
だが、俺には遅く見える。
空気を裂く音より先に、刃の影が地面を走る。舞い上がった砂粒の一つ一つが、宙に止まっているかのようにはっきりと見えた。
(――受けて、そのままカウンターで腹に一発――)
前世で叩き込んだ体捌きと、今世で父から仕込まれた立ち回りが、瞬時に一つの動きを組み立てる。刃の腹を外側へ弾き、崩れた体勢へ踏み込みながら拳を突き込む――そんな軌道が、頭の中で一瞬のうちに描かれた。
だが――
(……いや、待てよ)
妙な予感が、背筋を撫でた。理屈ではない、勘としか言いようのない何かだった。
俺は、組み立てたばかりの軌道を全て捨て、ただ半歩だけ体を捌いて、刃の軌道そのものから外れることを選んだ。
次の瞬間、その判断の理由が分かった。
地面に触れる寸前で、大剣がぴたりと止まる。だが――切っ先は、地面に触れてすらいない。それなのに、そこだけ轟音をたてて土が大きく、深く抉れるように陥没していた。
遅れて、衝撃波が演習場を駆け抜ける。砂煙が壁のように立ち上がり、離れた場所にいた騎士たちの外套が激しくはためいた。
(――マジかよ)
もし、さっきの判断通りに刃の腹を拳で弾こうとしていたら。
俺の拳は、あの圧に真正面からぶつかっていたことになる。カウンターどころか、逆にこっちが弾き飛ばされていたかもしれない。
「――お、初撃で避けるか!」
ロイドが、口の端を吊り上げる。獰猛な笑みだった。
「これならどうだ!」
大剣が、下から掬い上げるように振り上げられる。刃に淡いオーラが纏わりついていた。威力を底上げするスキルだ。
俺は懐に飛び込む。狙うのは、刃の根元に近い位置――切っ先と違い、まだ勢いの乗り切っていない部分だ。掌の付け根をそっと添え、力を殺すのではなく、軌道だけをわずかにずらす。それだけで、大剣の一撃は俺の横を通過するだけに終わった。
通り過ぎた刃の陰、がら空きになった脇腹へ、体を返しながら右の拳を叩き込む。当てて、すぐに離れる。
鈍い手応え。
……硬い。分厚い鉄板でも殴ったような感触が、拳の骨まで跳ね返ってきた。
「いい拳だな兄貴! けどな、まだ軽いぜっ!」
だが――終わらない。
ロイドの動きが、そこで一段階変わった。
「悪ぃな、兄貴。ちょっと本気出すぜ!」
双眸に、獣じみた色が宿る。
纏うオーラの色が、赤黒く変質した。首筋に血管が浮き、呼吸が荒く、深くなる。理性より本能、速度より膂力へと、動きの質そのものが切り替わっていく。全身の筋肉が一回り膨れ上がったように見え、踏みしめた足元の地面が、みしりと軋んだ。
振るわれる大剣の速度が、明らかに一段跳ね上がる。
右、左、上、斜め。一撃ごとに、耳元で空気が悲鳴を上げた。叩きつけられた刃が地面を穿つたび、蜘蛛の巣状の亀裂が走り、土塊が跳ね上がる。
その大半を、俺は最小限の動きで躱していく。だが――鬼の形相で叩きつけられた一撃だけは、肘で軌道を逸らしながら受け流した。
ずしり、と骨の芯まで響く衝撃。伝わってきた衝撃だけで足元の地面に亀裂が走り、右腕が痺れた。
(うわ、洒落になんねぇな、これ)
痺れた腕に苦笑しながらも、俺は自然と体が軽くなっていくのを感じていた。
初めてだ、こういう感覚は。加減を考える必要のない相手と、思う存分やり合えるこの感じ。父さんとの稽古でも、村の魔物相手でも、味わえなかった感覚だった。
(ロイドは、ドラゴンより強いな)
なら、こっちも出し惜しみはなしだ。
(――集気功、獅子奮迅)
内心で呟いた途端、腹の底から熱が湧き上がる。全身から赤いオーラが、炎のように立ち上った。皮膚がちりちりと熱を帯び、鼓動が力強く打ち始める。痺れていた右腕にも、力が戻っていった。
踏み込む。
左の掌底で顎の下を突き上げ、返す右の肘で鳩尾を抉り、体を回して膝を脇腹へ。赤いオーラが拳と肘の軌跡に尾を引き、一撃ごとに、ロイドの巨体が僅かに後ろへ押し込まれていく。靴底が地面を削り、二本の溝が刻まれた。
拳を放つ。掌底を叩き込む。関節を狙う。だが、ロイドの分厚い筋肉と、ドラゴンにも劣らぬ防御力は、俺の一撃一撃をものともせず受け止めていく。
「……効くねぇ! でもまだまだ足りねぇよ!」
口の端から一筋だけ血を滴らせながら、ロイドが笑った。反撃の柄頭が、肘が、膝が、風を裂いて飛んでくる。その全てを、俺は間合いの外へ躱し続けた。
(当たらない。当たらないけど――)
掠りでもすれば、ただでは済まない。避けるのは楽だ。問題は、一発も貰えないという、その一点だった。
互いに、手加減という言葉を忘れかけていた。
その時、ロイドが低く腰を落とした。
大剣の切っ先が、まっすぐこちらを向く。刃を中心に、空気が渦を巻き始めた。
次の瞬間、回転を纏った切っ先が、空気を捩じ切りながら一直線に突き込まれてくる。
点ではなく、渦そのものが迫ってくる。正面に立てば、まとめて抉られるだろう。
俺は、大きく斜めへ踏み出し、体を捻ってすり抜けた。渦の軸から十分に外れた、回転の力が外へ流れる位置へ。突き抜けていく大剣の勢いを利用して、ロイドの脇腹へ、赤いオーラを乗せた一撃を叩き込む。
骨に、届いた感触。
「ぐっ……!? いって……」
初めて、ロイドの表情に苦悶が滲む。膝がわずかに揺らいだ。だが、すぐにまた、笑みが戻ってくる。
「いいねぇ、その調子だ!」
大剣が、大きく振りかぶられる。刃に宿るオーラが、これまでとは比較にならないほど膨れ上がっていた。振り抜かれた刃から、暴風にも似た剣圧が解き放たれる。周囲の空気が唸りを上げ、演習場の砂利が渦を巻いて舞い上がった。
俺は爪先で地を蹴り、剣圧の隙間を縫うようにすり抜ける。だが、その余波だけで、演習場を囲む木製の柵が、まとめてへし折れて吹き飛んでいった。
「うおっ、危な――」
遠巻きに見ていた若い騎士の一人が、飛んできた柵の破片を間一髪で躱す。
(お、おい、これ、まずくないか……?)
巻き込まれかけた騎士を横目に、俺は軽い焦りを覚えた。周囲の建物の一部にも、亀裂が走り始めている。
俺自身が当たらなくても、こいつの一撃は、周りを巻き込む。
「兄貴、次はこれだ!」
ロイドが、大剣を真上に掲げる。刃に、これまで以上の輝きが凝縮していく気配。空にかざされた切っ先が、まるで隕石でも呼び込むかのように唸りを上げ始めていた。
(――あれは、メテオブレーカーだ……街中でやるのはまずいやつだ)
直感が、そう告げていた。おそらく、あの隕石の如き一撃――加減なしで放たれれば、演習場ごと吹き飛びかねない。
「待て待て、ちょっとストップ!」
俺は、慌てて両手を突き出した。
「……あん?」
振り上げた姿勢のまま、ロイドが不満げに眉を寄せる。
「これ以上やると、周りが色々まずい。見ろよ、あれ」
俺が示した先――崩れかけた柵、亀裂の入った壁、避難し損ねた騎士たちが青い顔で遠巻きにしている光景。
ロイドは、ようやくそこで我に返ったように、辺りを見回した。
「……あー。悪い、ちょっと熱くなりすぎちったわ」
バツが悪そうに頭を掻きながら、大剣を下ろす。纏っていたオーラも、ゆっくりと霧散していった。
張り詰めていた空気が、途端に緩む。
「はー……、手加減考えずにやれたわ。楽しかったぜ、兄貴」
「こっちも、まあ悪くなかったよ」
息を整えながら、スキルを解除して俺は苦笑した。決着はついていない。互いに、まだ余力を残したままの、痛み分けだ。
(――にしても、こりゃ、次は場所を選ばないとだな)
崩れた柵の方から、慌ただしく駆けつけてくる兵士たちの足音が聞こえてくる。どうやら、後始末の方が本番になりそうだった。
「お兄さま」
少し離れた場所から、ケイトが呆れ半分、楽しげ半分といった顔で近づいてくる。
「随分と、派手にやりましたわね」
「いや、まあ、その……」
「弁明は結構です。ひとまず、頭を下げに行きましょうか」
澄ました顔でそう告げるケイトに、俺とロイドは、揃って苦笑いを浮かべるしかなかった。




