スタンピードを制する副団長
王城の一角――緊急招集された冒険者と騎士団が居並ぶ広場に、一つの報がもたらされたのは、それから間もなくのことだった。
「――スタンピードの群れ、王都に接近中!」
伝令の声が響いた瞬間、その場の空気が一変した。
怒号じみた指示が飛び交い、鎧の擦れる音、武器を構える金属音が一斉に鳴り響く。少し離れた大通りでは、避難を呼びかける鐘が鳴り始めていた。荷物を抱えて走る住民、泣きながら親の手を引かれる子供、閉め切られていく店の戸。
先ほどまでのどかだった街並みが、みるみるうちに緊迫した色へと塗り替えられていく。
「王都に……?」
どよめきの中、伝令はさらに続けた。
「複数箇所で発生していた群れが合流し、一つの巨大な群れとなって、こちらへ向かっているとのことです!」
その声には、隠しきれない緊張が滲んでいた。
「……本当に、こちらへ」
判明してから、まださほど時間は経っていないはずだった。だが――
「城壁の上へ! 各自持ち場につけ!」
指示に押されるように、俺たちも人の流れに乗って城壁へと続く階段を駆け上がる。
息を切らして辿り着いた壁上からは、外に広がる平原が一望できた。
「……もう、見えてきたぞ」
誰かの声に、視線を街道の先へと向ける。
地平線の向こう、うっすらと立ち上る砂煙。それは見る間に太く、大きく膨れ上がっていく。やがて、地鳴りにも似た低い振動が、壁を通して足元から伝わってきた。
最初はかすかな揺れだったそれが、みるみるうちに膝の裏をざわつかせるほどの、明確な地響きへと変わっていく。
「早すぎませんか……」
ケイトが息を呑む。
城壁の外では、慌ただしく防衛線が敷かれていく。冒険者たちが武器を構え、騎士団が隊列を組む。何重にも並ぶ槍衾、後方に控える弓兵、そのさらに奥で詠唱の準備を始める魔術師たち。
動員された数は、決して少なくない。
それでも――足りない。
迫り来る砂煙は、もはや地平線の半分近くを覆い尽くさんばかりに広がっていた。
「馬鹿げた数だぞ、あれ……!」
「怯むな! 隊列を崩すな!」
「後方、負傷者の受け入れ準備を急げ! まだ始まってもいないってのに……!」
声には、士気を保とうとする強がりと、隠しきれない怯えが混じっていた。
視線の端に、城門の外で立ち往生している商隊の姿が見えた。まだ戻りきれていない者たちだ。
(――こりゃ、まずいかもね)
内心で小さく舌打ちする。
俺自身とケイトだけなら、正直どうとでもなる。ドラゴンを消し飛ばしたのと同じ理屈で、この程度の物量、いくらでも捌ける。
だが――問題はそこじゃない。
隊列を組む若い兵士の手が、小刻みに震えている。後方では、避難しきれていない住民たちが悲鳴混じりに走り回っていた。
串焼き屋の親父。市場の店主。ギルドの受付嬢。
――たった数日、過ごしただけの街だ。
(……でもまあ、それはそれとして)
目の前で理不尽に踏み潰されるのを、黙って見ていられるほど、達観しているわけでもない。
手を伸ばせば届く距離に、助けられる命があるなら、助ける。
ただ、それだけの話だ。
「お兄さま」
隣で、ケイトが小さく袖を引いた。
「正直に申し上げますと、この街がどうなろうと、私にとっては重要ではありません。お兄さまと、生まれ故郷さえご無事であれば、それで」
「……なんていうか、クールだよねケイト」
「当然です。それが、私の一番大事なことですので」
澄ました顔で言い切る。
「ですが――お兄さまがそれでも動きたいと仰るなら、私は従います」
迷いはなかった。
「……まあ、やれるだけはやるさ」
そう呟いた、ちょうどその時だった。
防衛線の中央――
慌ただしく動く人の流れの中で、一人の男が、ゆっくりと前へ歩み出た。
周囲より頭一つ以上高い、圧倒的な長身。岩のような筋肉を纏い、巨大な大剣を背に担いでいる。その背中だけで、冒険者たちが自然と道を空けていった。
「おい、待て! 一人で前に出るのは――」
制止の声。
だが、その肩を鎧の騎士が静かに押さえた。
「大丈夫だ。あの人に任せておけ」
「はぁ? でも――」
「副団長に任せておけば、問題ない」
迷いのない声音。
(副団長……?)
俺は、その背中を見据えた。
赤みがかった髪。日に焼けた肌。隆々とした体躯。
そして――どこか懐かしい、空気。
(……ん~、まさか、な)
胸の奥で、何かがざわめく。
男は、大剣の柄に手をかけたまま、迫り来る群れを真正面から見据えていた。
地響きが、さらに強くなる。
視界いっぱいに広がる灰色の獣の波。数千か、数万か――もはや数える意味すらない。
その前で、男は一歩も動じない。
「……ちょうどいい、肩慣らしだぜ」
低く、快活な声が響いた。
大剣が、静かに鞘から抜かれる。
刃に、淡い光が宿る。
空気が――わずかに歪んだ。
「――行くぞ」
大きく息を吸い込む。
「『ユニオンソード』――ッ!」
振り抜かれた一閃。
だが――その瞬間、何も起きなかったように見えた。
光は、ただ地平線をなぞっただけ。
誰もがそう錯覚した、次の瞬間――
群れが、遅れて崩れた。
前線から中央にかけて、一直線に裂ける。
回避という概念そのものを無視した、“面”で薙ぎ払う一撃。
断末魔すら許されず、何千という魔物が一撃のもとに両断されていく。
地響きが止まり、代わりに崩れ落ちる巨体の音だけが、波のように連なって響いた。
やがて――静寂。
数秒とかからなかった。
「……あのスキル」
俺は、圧倒的なその光景を見つめる。
筋肉質な体躯。赤い髪。豪快な戦い方。
そして、あの一撃。
(――間違いない)
思わず、口元がわずかに緩んだ。
(ロイドだ)
前世、俺が育て上げたキャラクターの一人。
スピードに全てを賭けた『アレン』とは対照的に――
あいつは、ただひたすらに“攻撃”へと振り切った存在。
当たれば終わり。
それを、真正面から証明するキャラクター。
(……まさか、ここで会えるなんてね)




