王都到着、そして迫るスタンピード
翌日の昼過ぎ、俺たちはようやく王都エリュシオンの城門をくぐった。
遠目に見た時から規格外だとは思っていたが、実際に城壁の内側へ足を踏み入れた瞬間、その印象は一気に現実味を帯びて押し寄せてきた。
人、人、人。
石畳の大通りには、絶え間なく人の流れが続いている。肩が触れ合いそうな距離で行き交う人々の間を、重厚な車輪を軋ませた馬車が割り込むように進み、そのたびに御者の怒鳴り声が飛び交う。
「どけどけ! 前見て歩け!」
「焼きたてだよ! 今なら安いよ安いよ!」
露店の呼び込みが、まるで波のように押し寄せては引いていく。耳に飛び込んでくる声の一つ一つが強く、そして多い。村や小さな街では聞くことのなかった“密度”が、ここにはあった。
焼き菓子の甘い匂い。鍛冶場から漂う鉄の焼ける匂い。さらに奥からは魚介の生臭さすら混ざってくる。それらが混ざり合い、王都そのものが一つの巨大な生き物のように息をしているかのようだった。
「……こりゃ、圧巻だね」
思わず口をついて出た言葉に、ケイトも周囲を見渡しながら小さく頷く。
「はい。活気にあふれていて、とても素敵です」
オレンジ色の屋根が連なる街並みの向こう、白亜の城が堂々とそびえ立っている。その存在だけで、この街が王都であることを強く主張していた。
行き交う人々の服装も様々だ。質素な旅人に混じって、身なりの整った商人や、装飾の施された衣服を纏う貴族らしき姿も見える。前に訪れた街とは、規模も密度も、そして“格”そのものが違った。
「まずは宿探しからだなー」
「ですね。何日か滞在することになりそうですし、落ち着ける場所がいいです」
(お兄さまと愛の巣探し……滾るぅぅぅ!)
ケイトはどこか嬉しそうに周囲を見回している。
(……まあ、新しい街だし、こういうのは楽しいよな。)
大通りから少し外れた通りに入ると、先ほどまでの喧騒が嘘のように和らいだ。人通りはあるが、騒がしさは控えめで、落ち着いた空気が流れている。
その一角で見つけたこぢんまりとした宿に、俺たちは数日分の部屋を取ることにした。
部屋自体は質素だが、掃除は行き届いており、窓から差し込む光も柔らかい。なにより静かだ。外の喧騒を思えば、この落差はありがたい。
「悪くないね」
「はい。落ち着きます」
荷物を降ろし、ひと息ついたところで、俺は軽く伸びをした。
「んで、荷物を置いたら王都のギルドに顔を出そうか」
「そうですね。この街の様子も、情報収集ということで掴んでおきたいですし」
ケイトの言葉に頷き、俺たちは再び外へと出た。
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王都の冒険者ギルドは、これまでに訪れた支部とは明らかに格が違っていた。
重厚な扉をくぐった瞬間、視界が一気に開ける。吹き抜けの高い天井。壁一面に貼られた無数の依頼書。その前には多くの冒険者たちが集まり、真剣な表情で紙を見比べている。
装備の質も違う。軽装の初心者らしき者もいれば、明らかに場数を踏んでいるであろう重装の戦士、魔力を帯びた装飾品を身につけた魔術師風の人物までいる。
空気が、どこか張り詰めていた。
忙しなく行き交う職員たちの動きも速い。まるで一つの巨大な組織が、常に動き続けているかのようだった。
受付で登録内容の確認を済ませる間、職員の視線がちらりとこちらのギルドカードに向いたが――特に大きな反応はない。
どうやら、アタルデセールでの一件はまだここまでは届いていないらしい。
「意外と、静かなもんだねぇ」
「そのようですね。大きな街ほど情報は分散しますし……お兄さまの件に劣らない話題が、他にもあるのかもしれません」
ケイトの言葉に、俺は軽く肩をすくめる。
(少し気にはなるけど、俺は目立たず、のんびり過ごしたいだけだし。深く気にするのはやめておこうかな。)
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それから数日、俺たちは王都での暮らしに少しずつ馴染んでいった。
初日はギルドの掲示板を眺め、薬草採取や街道近くに出没する小型の魔物討伐といった、E級相応の依頼をいくつかこなした。
二日目は、ケイトの希望で市場を巡った。
「お兄さま、見てください。この香辛料、色がとても綺麗です」
露店に並ぶ小瓶を手に取り、ケイトが嬉しそうに声を弾ませる。赤、黄、緑――見たことのない色合いの粉末が詰められている。
ケイトの声は、どこか楽しげに弾んでいるように聞こえた。
(……こういう買い物、好きなんだろうなぁ。)
「料理に使うの?」
「はい。きっと味に深みが出ると思います」
値段を聞いたケイトが、店主と軽くやり取りを始める。そのやり取りが妙に板についていて、思わず苦笑が漏れた。
三日目には、大通りの定食屋で昼食を摂りながら、人の流れをぼんやりと眺めて過ごした。
行き交う人々の表情は様々だ。急ぐ者、談笑する者、どこか不安げな者。
その中に、外套を深く被ったまま足早に通り過ぎていく者の姿が、ほんのわずかに混じっているのが目に入った。
(ほうほう……王都でも、いろいろあるんだろうな。)
「お兄さま、あちらの屋台、気になりませんか?」
「いいね、行ってみよーか」
そんなやり取りを繰り返しながら、依頼と観光、半々くらいの気楽な日々が続いていく。
夜、宿の部屋。
屋台で買った肉と野菜を挟んだサンドイッチのようなものを手にしたケイトが、ぽつりと呟いた。
「こうしていると、まるで夫婦の旅人みたいですね」
「ははは……っ、ケイト、面白いこと言うね。」
「ふふ、そうですね」
つい先日、ドラゴンを消し飛ばしたとは思えないほど――穏やかな時間だった。
(このまま、しばらくはのんびりできそうで何よりだなー)
根拠もなく、そんなことを考えていた。
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五日目の朝。
ギルドに顔を出すと、その空気がいつもと違うことにすぐ気づいた。
受付には長い列ができ、職員たちが慌ただしく走り回っている。壁に貼られたばかりの一枚の張り紙の前には、冒険者たちが群がっていた。
「……なんか、騒がしいな」
「ええ。何かあったんでしょうか」
近くにいた冒険者に声をかける。
「おーい、何があったんだ?」
「あ? ああ、お前ら最近来た口か。知らねぇのも無理ねぇな」
男は周囲を一度見回し、少し声を落とした。
「王国各地で、魔物の大量発生――スタンピードが起きてるらしいぞ」
「スタンピード……」
どこかで、そんな言葉を耳にした気がする。
たしか村の年寄りが、酒の席か何かでぽつりと口にしていた程度のものだ。詳しい話までは知らないが、あまり良い意味の言葉ではなかったはずだ。
「へぇ……詳しい規模は?」
「まだ調査中らしいが……王都周辺でも、複数箇所で同時に確認されてるって話だ。ギルドも騎士団も総出で対応中だとよ」
男はそれだけ言い残すと、急ぎ足で人混みの中へと消えていった。
俺はケイトと顔を見合わせる。
「……のんびりする話じゃ、なくなってきたかもねぇ」
「ええ。状況を確認しに行きましょうか」
掲示板の前には、次々と新しい紙が貼り出されていく。




