見えてきた王都
それから二日。
特にこれといった大きな出来事もなく、街道はゆるやかに続いていた。
日が出ると共に歩き出し、昼に一度休み、夕方には足腰の疲れ具合を見極めながら野営地を探す。ただひたすらに、その繰り返しだった。延々と続く一本道と、刻一刻と変わる空の色だけが、時間の経過を教えてくれる。
三日目の昼過ぎ、街道の先、小高くなった丘の向こうに、細く立ち上る幾筋もの煙が見えてきた。
「見えてきましたね、宿場町」
「お~、前の街ほどとはいかないけど、思ったより大きいな」
ケイトの言っていた通り、街道沿いにぽつりと開けた町だった。土埃の舞う通りの両脇には、年月の刻まれた素朴な木造の家々が整然と並び、旅人相手の宿や、品物を並べた雑多な露店が軒を連ねている。人々の話し声や笑い声、馬車の車輪が石を擦る音が重なり合い、町全体が活気に満ちていた。
「まずは水と食料の補充ですね。それと――」
歩きながら予定を確かめていたケイトの視線が、通りの一角でぴたりと止まった。小さな木彫りの看板が掲げられた薬屋らしき店先に並ぶ、色のついた小瓶や乾燥させた薬草の束を見つめている。
「……少しだけ、寄ってもいいですか?」
「うん、いいよ。好きなだけ見てきて」
「ありがとうございます。ちょっと見てきますね」
そう言って歩き出す彼女の背中は、普段のどこか固さの残る佇まいとは違って、ほんの少しだけ足取りが軽かった。
俺は俺で、香ばしい醤油風のタレと脂の焦げる匂いに釣られて、通り沿いの屋台へと向かった。木の串に粗挽きの肉と大ぶりに切られた野菜が交互に刺さった串焼きを買い、熱々のそれを齧りながら、通りを行き交う人々を眺めることにする。
荷馬車を引く旅の商人、笑顔で走り回る子供を追いかける家族、使い込まれた剣を腰に差して険しい顔で歩く冒険者らしき二人組。それぞれが、それぞれの事情と目的を抱えて、この小さな町を行き交っている。
(こういうの、いいよな)
目的地に急ぐわけでもなく、足を止めれば、いくらでも立ち止まっていられる自由。
ただそこにある営みをぼんやりと眺めるだけの時間。
それだけで、まあ、この旅も悪くないなって思える。
肉を平らげて指の汚れを拭き取った頃、ケイトが肩にかけた大きな革鞄をパンパンに膨らませて戻ってきた。その表情は、先ほどよりもずっと柔らかい。
「お待たせしました」
「随分買ったね」
「珍しい薬草がいくつか手に入りましたので。これで、道中の傷薬の質も上げられます」
誇らしげに語る彼女の言葉は、旅の連れとして実に頼もしいものだった。
革袋に新鮮な水を汲み直し、干し肉などの日持ちする食料の補給を終えた俺たちは、日が傾き始める前に賑やかな町を後にした。
町の中で清潔なベッドのある宿を取る手もあったけれど、人混みの喧騒が残る部屋よりも、虫の音が聞こえる静かな野外で眠る方が性に合っている。町から少しだけ離れた木立の影で、いつも通り野営の準備に取りかかった。
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翌朝。
焚き火の残薪が小さく爆ぜる音で目を覚まし、顔を洗って街道に出ると、目の前にうっそうとした木々の連なりがどこまでも広がっていた。
「ふーん。あれが、王都周辺の森か」
「ええ。森を抜ければ、王都まではあと少しです」
鬱蒼と茂った大木の隙間から、朝靄が白い煙のように薄く漂っている。頭上の空には早朝の柔らかな光が差し込んでいるはずなのに、森の入り口に満ちる空気はどこか肌にまとわりつくように湿っぽく、ひんやりと冷たかった。
一歩森に足を踏み入れると、さっきまでの街道の明るさが嘘のように薄暗くなる。見上げれば重なり合った枝葉が日光を遮り、わずかに零れ落ちる木漏れ日が、苔むした地面に斑点模様を落としていた。
「……静かだね」
「ええ……静かすぎます。普段なら、もう少し小動物や鳥の気配があるはずですが」
ケイトの低く抑えた声に、俺も小さく頷いて周囲に意識を巡らせる。
羽ばたきも、羽虫の音さえもほとんど聞こえない。ただ風に揺れる木々のざわめきだけが、頭上でさらさらと不気味に響いていた。
落ち葉を足裏で踏みしめる乾いた音だけを響かせながら、しばらく進む。道脇の湿った土に、朽ちかけた古い木の看板が半分傾いて立っているのが見えた。長年の雨風で表面の文字はほとんど削れ落ちて読み取れないが、かつては何かの境界か、行き先を示す目印だったのだろう。
「王都の近くの道にしては、手入れがされてないな」
「ええ。少し、不自然ですね」
ケイトは腰の薬品が入ったポーチにいつでも手を伸ばせる姿勢のまま、慎重に視線を走らせている。
途中、街道から少し離れた奥の茂みで、ガサリと大きな音が弾けた。俺たちは一瞬足を止め、音のした方角へ意識を集中させたが、何かがこちらへ飛び出してくる様子はない。
「……こちらを避けた、という感じですね」
「まあ、危険そうな気配を感じ取って距離を取ったんだろうな」
気配の主が野生の獣なのか、あるいはこの森に棲みつく魔物なのかはわからない。俺の戦闘力を野生の勘か何かに感じ取ってビビったのだろう。雑魚相手に体力を削る理由もない。
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深い森を抜け切ったのは、太陽が頭上高く上がり、影が一番短くなった頃だった。
視界が一気にひらけ、眩しい日差しが一夜明けたかのように全身を包み込む。
「――お」
まぶしさに思わず目を細め、手で庇を作りながら前方を見仰ぐ。
街道の先、なだらかな緑の丘の向こう側。突き抜けるような青空の下に、どこまでも続く真っ白な城壁と、天を突く幾つもの尖塔が神々しく霞んで見えていた。
「あれが、王都エリュシオンです」
隣に立つケイトの声に、いつもの冷静さとは違う、ほんの少しだけ誇らしげで高揚した響きが混じる。
遠目からでもはっきりと分かる、桁外れの規模。重厚な石造りの外壁が街全体を強く抱きかかえるように囲み、その中央には、街の象徴であるひときわ高い白亜の塔がそびえ立っていた。
「んー、デカいな。遠くからでもこの迫力か」
「王国の中心ですからね。まだここから距離はありますが……」
ケイトは慣れた手つきで革の地図を広げ、指先で現在地と目的地をなぞる。
「この調子で歩き続ければ、明日の昼過ぎにはあの門をくぐれると思います」
「よし、じゃあこのまま行こうか」
「ええ」
俺たちは一呼吸置き、遠くに見える白き王都を視線の端に捉えながら、再び一歩を踏み出した。




