儀式
満腹感でまどろむ頭で、俺は自分が「なぜ死んだのか」を静かに思い返していた。
視界の奥に浮かぶのは、今でも妙に鮮明な記憶だった。
雨粒が絶え間なくフロントガラスを叩きつけ、ワイパーを最速にしても追いつかないほどの視界不良。夜というには早すぎる時間なのに、空はすでに完全な闇に沈んでいて、その中を裂くように白い閃光だけが何度も走っていた。
(あの夜……仕事帰りのアパートの駐車場。バケツをひっくり返したような豪雨。そういえば、どんよりと曇った空が、ずっとピカピカと不気味に光っていたな……)
あの時の自分は、特に警戒もしていなかった。雷雨というものは危険ではあるが、どこか現実感の薄い災害だった。ニュースで見れば大げさに扱われるが、自分の生活圏で「直撃するもの」として意識したことはなかった。
車を停め、エンジンを切り、荷物を持って降りる。その一連の動作は、日常の延長でしかなかった。ほんの数分後に自分の存在が消えるなど、想像の片隅にもなかった。
(やっぱり、雷か。直撃か。……やれやれ我ながら、なんてあっけない幕引きだ)
思い返せば、最期の瞬間に何か劇的な抵抗をした記憶はない。痛みや恐怖を順序立てて感じる余裕すらなく、ただ「理解する前に終わった」という感覚だけが残っている。あまりにも一瞬で、あまりにも理不尽で、だからこそ逆に現実味がなかった。
死というものは、もっと重く、長く、引きずるものだと思っていた。だが実際には、何かを考える暇もないまま、強制的にシャットダウンされたようなものだった。
せっかく昼休みにメインパラのアレンを現段階の最高レベルまでカンストさせて、これから趣味の時間を満喫しようとしていたのに。あの十五体の愛着あるキャラクターデータも、今頃はスマホと一緒に消滅したのだろう。
思考は妙に現実的な方向へと逸れていく。死んだことそのものよりも、積み上げてきた日常の断片が失われたことの方が、妙に引っかかっていた。
ゲーム内で育てたキャラクターたち。時間をかけて編成を調整し、効率を突き詰め、ようやく形になったパーティ。それが一瞬で消えたという事実は、死そのものよりも「喪失」としての輪郭がはっきりしていた。
普通なら、絶望して、神を呪って、泣き叫ぶところかもしれない。そういう反応をする自分も想像はできた。理不尽な死に対して感情を爆発させるのが、一般的な反応だろう。少なくとも、生前の自分もニュースでそういう話を見れば「気の毒に」とは思っていたはずだ。
だが、今の思考は驚くほど静かだった。怒りも悲しみも、完全に消えているわけではないのに、それらが表面に浮上してこない。まるで厚い膜の下に沈殿しているような、妙な距離感があった。
(……まあ、終わったことを悔やんでも仕方ないか。こんなこともあるさ。転生しちゃったなんて儲けものだよな)
自分でも少し歪な結論だとは思う。だが、この状況を別の角度から見れば、それは確かに「損失」だけではなかった。
死んだはずの自分が、意識を保ったまま別の肉体に存在している。その時点で、通常の人生観からは完全に逸脱している。常識で考えればあり得ない現象だが、実際に起きている以上、受け入れるしかない。
しかも今のところ、環境自体は極端に悪いわけではない。言葉は分からないが、少なくとも飢え死にするような状況ではないらしい。温かい布に包まれ、適切に世話をされ、そして今は満腹で眠気すらある。
前世の終わり方と比べれば、あまりにも対照的だった。理不尽な終幕の直後に、妙に穏やかなスタートが用意されているという皮肉。
思考がそこまで至ったところで、頭の奥がゆるく溶けていくような感覚がした。赤ん坊の身体は、まだ長く思考を維持することに向いていないらしい。意識は保たれているのに、集中力が勝手にほどけていく。
それでも、最後にもう一度だけ同じ結論が浮かぶ。
(……まあ、終わったことを悔やんでも仕方ないか。こんなこともあるさ。転生しちゃったなんて儲けものだよな)
だが、俺は元来、物事に深く執着しないタチだ。
何かを強く求めて、それが手に入らなかった時に取り乱すような性格ではない。むしろ、ある程度のところで線を引き、「まあこんなものか」と納得してしまう癖がある。良く言えば柔軟、悪く言えば諦めが早い。そんな気質で、これまでの三十二年を生きてきた。
他人の視線も、理不尽な現実も、風が吹くように受け流して生きてきた。腹の立つことがあっても、時間が経てば勝手にどうでもよくなる。納得できない出来事に遭遇しても、それに抗うよりは距離を取る方を選ぶ。積極的に戦うこともなければ、かといって完全に投げ出すわけでもない。ただ、流れに身を任せるようにして、その場その場をやり過ごしてきた。
死んだことは確かにショックだが、起きてしまった事実は変えられない。どれだけ嘆いたところで、雷に打たれた過去が巻き戻ることはないし、失われた日常が戻ってくるわけでもない。そう理解してしまえば、後は驚くほどあっさりと割り切れてしまう。
俺は驚くほどの早さで現状を受け入れ、むしろ「これからどう過ごそうか」と、新しい環境への好奇心を首をもたげさせ始めていた。未知の環境に対する不安がないわけではない。だが、それ以上に「何があるのか」「どんな世界なのか」という興味の方が勝っていた。動けない身体でなければ、もっと周囲を観察して情報を集めたいところだが、今はそれも叶わない。
だからこそ、思考だけは自由に広げていく。想像し、仮定し、前提を積み上げていく。それが今の自分にできる、数少ない行動だった。
せっかく異世界(らしき場所)に転生したのだ。この状況をただの不運として片付けるには、あまりにも非現実的すぎる。であれば、そこには何かしらの「お約束」が存在していてもおかしくはない。
寝返りすら打てない退屈な時間のなか、俺は前世のネット小説でよく見た「お約束」を試してみることにした。異世界転生といえば、チート能力。あるいはステータス画面。ゲームのように自身の能力値が可視化され、成長の指針となるあの便利なシステム。
正直なところ、半分は冗談だ。そんな都合の良いものが本当に存在するとは思っていない。だが、もう半分は、ほんのわずかな期待だった。
何か一つくらい、俺にも特典があっても罰は当たらないだろう。理不尽な死を迎えた対価として、ほんの少しだけ優遇されてもいいはずだ。そう考えること自体が甘えだという自覚はあるが、それでも試すくらいは自由だ。
近くに誰もいないことを確認する。ぼやけた視界の中で、人影らしきものがないことをなんとか把握する。誰かに見られている状況でこれをやるのは、さすがに精神的に厳しい。
俺は小さな口をもごもごと動かし、精一杯の威厳を込めて、心の中のあの言葉を口に出した。本来ならば、もっとはっきりと、堂々と発声したいところだ。だが、この未熟な肉体ではそれも叶わない。
それでも、気持ちだけは込める。これはただの遊びではなく、一種の儀式のようなものだと、自分に言い聞かせる。
「あぶぅ――ぶぅ(ステータス・オープン)」
もちろん、ただの暇つぶしだ。これで何かが起きるなど、現実的に考えればあり得ない。そもそも言葉自体がまともに発音できていない時点で、成立しているかどうかすら怪しい。
出るわけがない。そんな都合の良い話があるはずが――。




