産声
生まれて数日。
まだ世界というものをまともに認識できているとは言い難い、そんな曖昧な時間の中で、俺の新しい人生は不自由の極みから始まった。
精神は三十二歳の菅田健介のままだ。だが中身がどれだけ大人であろうと、この肉体はただの生まれたての赤ん坊でしかない。
このギャップは想像以上に苛烈だった。頭の中では状況を冷静に分析できているのに、それを現実へと反映させる手段が一切存在しない。分析結果を出力するための回路が、丸ごと欠落しているような閉塞感だった。
寝返り一つ打てない。首もグラグラで、自分の意思では支えられない。
ほんの少し体勢を変えようとするだけで、筋肉はまるで他人のもののように言うことを聞かず、結果としてただ無意味に力むだけで終わる。
重力に抗うという、ごく当たり前の行為ですら成立しない。その事実が、じわじわと精神を削ってくる。
視界はおぼろげだった。自分の意思で動かせるのは、せいぜい小さな指をグーパーさせることくらい。
焦点は合わず、輪郭はぼやけ、色彩もどこか水に滲んだ絵の具のように溶けている。
目の前に何かがあることは分かる。だが、それが何なのかを正確に把握できない。
かつてはスマートフォンの細かい文字すら難なく読んでいたというのに、今は自分の手のひらすら曖昧な影にしか見えなかった。
その代わりに、触覚だけが妙に鮮明だった。
布に包まれている感覚。肌に触れる空気の温度。抱き上げられたときのゆらりとした揺れ。
それらが過剰なほど意識へ入り込んでくる。視覚も聴覚も頼りにならない分、皮膚だけが世界との唯一の確かな接点になっていた。
そしてそれは、逃げ場のない現実であることを嫌でも思い知らせてくる。ここは夢ではない。
「あぅ……あう、うー」
何か文句を言おうとしても、口から漏れるのは情けない小動物のような鳴き声だけだ。
頭の中でははっきりとした言葉が組み立てられているのに、それが音声として出力される段階ですべて崩壊する。
喉も舌も、まるで調整前の楽器のように不完全で、意図した発音とはまるで違う音しか生み出せない。
さらに困ったことに、周りの大人たちが何を話しているのか、さっぱり分からなかった。
音としては聞こえている。抑揚もあるし、感情らしきものも感じ取れる。だが、それらが意味として結びつかない。ただの連続した音の塊として、耳を素通りしていくだけだ。
(……おかしい。前世で読んだネット小説だと、転生したら自動的に言葉が理解できる『翻訳特典』とかがあるはずだろ……?)
思い返せば、ああいった作品では言語の壁など最初から存在しないことが多かった。目覚めた瞬間から会話が成立し、都合よく世界に馴染める。そういう展開を何度も読んできたせいで、どこかで自分も同じ恩恵を受けられるものだと、無意識に期待していたのかもしれない。
だが現実は、そんな甘いものではなかった。
理解できない言葉。動かない体。ぼやけた視界。
そのすべてが合わさって、完全な孤立状態を作り出している。意識だけがはっきりしている分、余計にその孤独が際立っていた。
父親かと思われる髭の男や、母親らしき金髪の女性が、俺の顔を覗き込んでは熱心に話しかけてくる。
至近距離に近づくその顔は、ぼやけた視界の中でも、輪郭のはっきりした大きな影として認識できた。声のトーンからして、優しさや喜びといった感情が含まれているのはなんとなく分かる。
だが、それでも意味は理解できない。
何を言われているのか分からないというだけで、これほどまでに不安になるとは思わなかった。自分に向けられているはずの言葉を、受け取れない。それは、思っている以上に心細いものだった。
俺はただ、その声の流れに身を任せることしかできなかった。返事をすることも、意思を伝えることもできない。ただ存在しているだけの状態。それが今の自分の限界だった。
しかし、その限界を理解しているからこそ、余計に歯がゆい。何もできない自分を、頭の中の自分が冷静に見下ろしているような感覚。その二重構造が、じわじわと精神を削っていく。
頼みの綱だったネット小説の知識がいきなり役に立たず、俺は暗澹たる気持ちになった。
おまけに、一番厄介なのはこの肉体そのものだった。
単に動けないとか、喋れないとか、そういう次元の話ではない。自分という存在の主導権が、完全にこちらの意思だけでは握れないという、もっと根本的な問題がそこにはあった。
意識ははっきりしている。思考も正常に働いている。状況を分析することも、先の展開を予測することもできる。それなのに、その結果を行動へと反映させる手段が、決定的に欠けていた。
まるで高性能な頭脳だけを切り離され、制御不能な機体に無理やり接続されているような感覚だ。指令は出しているはずなのに、機体はそれを受け取らない。あるいは受け取ったとしても、まったく別の動作として出力してしまう。
大人の理性で冷静でいようとするのに、お腹が空いたり、おむつが気持ち悪くなったりすると、肉体の本能が脳の命令をカージャックしてくる。それは徐々に支配されていくような穏やかな変化ではない。ある一線を越えた瞬間、強引に操縦席を奪われるような、極めて暴力的な切り替わりだった。
最初はまだ余裕がある。違和感を覚え、それを言語化し、対処方法を考えるだけの余地が残されている。空腹であれば「そろそろ授乳のタイミングか」、不快であれば「おむつの交換が必要だな」と、論理的に整理できる。
だが、その整理が終わる頃には、すでに猶予は尽きている。思考が結論に到達した瞬間には、もう身体の側が限界を迎えているのだ。
そこから先は、早い。肉体の側が主導権を握ると、理性は後方へと押しやられ、ただ観測することしかできなくなる。止めようとしても、ブレーキは存在しない。
(っあ、おむつが濡れて気持ち悪りぃ。これは精神的にくるなぁ、早く替えてくれ……って、おいおい、待ってくれよぉ。なんで涙が出て――)
目頭が熱くなる。視界が滲み、輪郭がさらにぼやけていく。涙腺が勝手に開き、制御不能な水分が溢れ出してくる。
同時に、呼吸が乱れる。肺が小刻みに震え、吸って吐くという単純な動作すら、どこかぎこちないものへと変わっていく。胸の奥から、言葉にならない圧力のようなものがせり上がってくる。
それは感情というより、純粋な衝動だった。理由も理屈も関係なく、「外へ出ろ」と命じてくる圧倒的な何か。
理性はそれを押しとどめようとする。「落ち着け」「まだ大丈夫だ」と、必死に制御を試みる。だが、その声はあまりにも弱く、肉体の要求の前では無力だった。
喉が勝手に開く。空気が押し出される。そして――
「ギィヤァァァァ! ァァァアアア!!」
一度スイッチが入ると、もう止められない。声はどんどん大きくなり、断続的に吐き出される。自分の意思とは関係なく、全力で泣き続けてしまう。
その音は耳の奥で反響し、自分自身をさらに刺激する。泣いているという事実が、さらに泣きを増幅させる悪循環に陥る。
三十二歳のプライドなんて一瞬で消し飛び、全力でギャン泣きしてしまう。理性の側では「やめろ」「みっともない」と理解しているのに、それを止める術がない。
むしろ、泣けば泣くほど身体はそれを正当化するかのように、さらに強い感情を引き出してくる。不快感は増幅され、焦燥は膨れ上がり、結果としてさらに大きな声が漏れる。
肉体の強烈な感情の波に精神が引っ張られ、ただの泣き喚く肉の塊と化す。泣き止んだ後の自己嫌悪は凄まじいものがあった。あれほど取り乱していたにもかかわらず、今こうして冷静に振り返れていることが、逆に苦痛だった。
あの瞬間、確かに自分は存在していたはずなのに、その主体は自分ではなかった。ただ感情に流され、反応するだけの存在。
呼吸が徐々に落ち着いていく。喉の震えが収まり、涙の量も減っていく。身体の緊張がゆっくりと解け、ようやく制御が戻ってくる。
だが、その静けさは安らぎとは程遠い。むしろ、嵐の後に残る重苦しい空気のような、気まずさと後悔を含んでいた。
どうにもならなかったとはいえ、どうにもできなかった自分への苛立ちが残る。大人としての自意識がある分、その落差が余計に精神へと刺さる。
そんな嵐のようなお世話の時間が終わり、母親らしき女性――エレーナに抱っこされておっぱいを貰い、ようやく一息ついた時だった。




