ドラゴン
「――というわけで、この依頼、受けようと思う」
冒険者ギルドの掲示板の前で、俺はケイトにそう切り出した。
指差した依頼書には、「隣街まで、商人の護衛」という文字と共に、C〜Eランク対象という表記がされている。依頼開始日は明日だ。
「……お兄さま。私たち、登録したばかりのEランクですよ」
「ああ、知ってるよ。でもさ、内容自体はそこまで難しくなさそうだし……、俺たちの能力を実戦で確かめれるチャンスだしな」
「そういう問題では……」
ケイトが呆れたような視線を向けてくる。だが、止める気はなさそうだった。
(やっべ……っ!!!!目がキラキラしてるお兄さま尊いぃぃぃぃっ!!!)
と内心でシャウトするケイト。
「ゴホン……っ。ま、まあ。お兄さまがそう仰るなら。私も、ついていきます」
「ありがとう。話が早くて助かるよ」
受付に依頼書を持っていくと、顔馴染みの受付嬢が、少し驚いた顔をした。
「これ、ランク的には結構ギリギリですけど……大丈夫ですか?」
「平気平気。何かあっても、二人でなんとかするさ」
軽い調子でそう答えると、受付嬢は苦笑しながらも、依頼の受理手続きを進めてくれた。
多分、受付嬢的にも一度痛い思いをするのも経験だと思ったのであろう。
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依頼を受けた日の夜、俺は家族に、この話を報告した。
「父さん、母さん。俺、冒険者になったよ。で、最初の冒険者としての仕事は隣街までの護衛依頼、受けることにしたよ。数日で戻ってくると思う」
「……そう。とうとう、本当に始まるのねえ」
エレーナは、寂しさと誇らしさが入り混じったような表情を浮かべた。
「気をつけてね。無理はしないで」
「うん、分かった」
「アレン、仕事で困ったことがあれば……すぐに戻ってこい。初めての仕事なんだ、恥ずかしいことなんて何もないからな」
トマスも、そう付け加えた。
「お兄ちゃん、いつ帰ってくるの?」
「お土産、待ってるね!」
リオンとリオナが、不安と期待の入り混じった顔で、俺の服の裾を引っ張ってくる。
「数日で戻ってくるさ。ちゃんとお土産も買ってくるぞ」
二人の頭を、そっと撫でた。
翌朝、旅支度を整えた俺とケイトを、家族全員が、家の前まで見送りに出てくれた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
短いやり取りだったが、そこに込められた気持ちは、十分すぎるほど伝わってきた。
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「よお、アレンとケイトちゃん。今日出発か」
村の門で、見送りに来てくれたのは、顔馴染みのBランク冒険者だった。日に焼けた顔に、いつもの人懐っこい笑みを浮かべている。
「わざわざ見送りとか、柄にもないことするじゃん」
「馬鹿言え。お前らの初仕事だぞ。見届けないわけにいかねえだろ」
豪快に笑いながら、彼は俺の肩を軽く叩いた。
「街道沿いは、基本的には安全なルートだ。だが、油断だけはするなよ。何が起きるか分からないのが、外の世界ってもんだ」
「肝に銘じとくよ」
「ケイトちゃんも、コイツを止める役、頼んだぞ」
「善処します」
(やだ、まるで旦那を止める妻みたいな役割……燃えますぅぅぅぅ!!!!)
内心で吠えて、表面は澄ました顔でそう返すケイトに、彼はまた豪快に笑った。
護衛対象の商人――恰幅の良い、中年の男が、荷馬車の上から声をかけてくる。
「依頼を受けた冒険者さんたち、ですよね……これはこれはお若い」
にこやかな口調だったが、その目は俺たちを値踏みするように細められていた。
ほんの一瞬、言葉を選ぶように間が空く。
「……失礼ですが、本当に大丈夫なのですか?」
やっぱり来たか、という感じだ。
「問題ないです」
軽く答えると、商人は曖昧に笑った。
「……そう、ですか。いえ、本来であれば、もう少しランクの高い方にお願いしたかったのですが……今回はどうにも人手が足りなくて」
言葉の端に、はっきりとした不安が滲んでいる。
「ですので、その……無理はなさらず。危険だと判断した場合は、すぐに撤退していただいて構いません。命あっての商売ですので」
“自分の荷物より命優先”――そう言外に伝えてくるあたり、いかにも現実的な商人だ。
「了解。無茶はしないよ」
そう返すと、商人は小さく頷いたものの、その表情から警戒が消えることはなかった。
馬車の車輪が、ゆっくりと回り始めた。
この世界に生まれてから十六年間、俺はほとんどこの村から出たことがなかった。石垣の外へと足を踏み出した瞬間、これまでとは違う種類の緊張が、胸の奥を過った。
(……いよいよ、外の世界かぁ)
見送ってくれる村人たちの姿が、少しずつ遠ざかっていく。
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街道は、思っていたよりも穏やかだった。
整備された道を、馬車がゆっくりと進んでいく。道の両脇に広がる草原、時折り見える他の旅人や商隊。故郷の村から離れれば離れるほど、見慣れない景色が増えていく。
「お兄さま、あれ見てください。あんな形の木、村の周りにはありませんでしたよね」
「ほんとだ。なんか、葉っぱの色も違うし」
他愛のない会話を交わしながら、俺たちは馬車の脇を歩いていた。護衛といっても、今のところ、これといった脅威に遭遇することもない、平和な道中だった。
だが――その平穏は、村から半日ほど進んだところで、唐突に破られることになった。
空の端に、不気味な影が差した。
「……何か来る」
思わず足を止め、空を見上げる。
太陽を遮るようにして飛来する、巨大な影。翼を広げたその姿は、以前見た亜竜よりも、さらに一回り大きい。鱗の色は、深い森を思わせる緑。全身から立ち上る威圧感は、これまで遭遇したどの魔物とも、明らかに一線を画していた。
「ひっ……ま、まさか、ドラゴン……!?」
御者台の商人が、真っ青な顔で悲鳴を上げる。震える手で手綱を握りしめ、今にも逃げ出しそうな様子だった。
「商人さん、落ち着いてください、まだ何とも……」
ケイトが商人を宥めようとする横で、俺はその巨体を、じっと見据えていた。
亜竜とは違う。あの時の個体よりも、纏う気配そのものが桁違いだった。恐らく、本物の――大地の力を宿すと言われる、アースドラゴンの一種だろう。
だが――不思議と、恐怖はなかった。
胸の奥から込み上げてくるのは、むしろ、静かな高揚だった。
(……あの時とは、違う。そりゃあ、そうか)
脳裏に蘇るのは、かつての記憶。決定打を与えられず、翻弄することしかできなかった、あの日の無力感。父の捨て身の一撃と、駆けつけた高ランク冒険者たちに、命を救われたあの夜。
だが、今の俺は、あの頃とは違う。
俺のステータスはもう、封印されていない。
口元に、自然と笑みが浮かんだ。
「――封印解除されたステータスでの最初の戦闘がドラゴン」
拳を軽く握りしめながら、俺は前へと進み出る。
「試すのに丁度いいし。これは、ちょっとしたリベンジ戦、ってことにさせてもらうかな」
「お兄さま……」
怪訝そうな顔をするケイトを、俺は片手で制した。
「ケイトは、商人さんの護衛を頼む。これは――俺一人で、十分だ」
「相手はドラゴンですよ……ほどほどにしてくださいよ」
「ああ……善処する」
振り返らずに、そう答える。
降下してくる巨大な影を見据えながら、俺は静かに、しかし確かな足取りで、一歩を踏み出した。




