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成人の儀式

 村唯一の講堂がある礼拝堂は、いつになく厳かな空気が漂っていた。


 冬の澄んだ空の下。礼拝堂の周囲には、村人たちが詰めかけていた。今年で十六歳を迎える者たちの門出を祝おうと、朝から集まってきているらしい。


「もしかして、緊張してます?」


 隣に立つケイトが、小声で話しかけてくる。


「んー、緊張と言うかぁ。危惧と言うかぁ……」


 正直なところ、緊張の種類が他の連中とは根本的に違っていた。他の若者たちが「大人になる不安」を抱えているのに対し、俺が恐れているのは、もっと物理的な問題だった。


(……最後に握手するって聞いたんだよなぁ。握手一つで、司祭様の骨を折らないように気をつけないとだよなぁ。)


 ステータスの封印が解けてからの数日。特訓で、日常動作の制御は……ある程度身についたはず。だが、大勢の人間と接する場面での本番は何が起きるかわからない。


 今年、成人を迎えるのは、俺とケイトを含めて、十人。村の発展に伴って、以前よりも今年の成人になる子供の数は増えていた。


---


 礼拝堂の扉が開き、村付きの司祭――白い法衣を纏った、初老の男が姿を現した。


「それでは、これより、成人の儀を執り行います」


 朗々とした声が、広場に響き渡る。


 一人ずつ、名前が呼ばれ、祭壇の前へと進み出る。司祭の手による簡単な祝福の言葉と、額に触れる仕草。この村における成人の儀式は、大仰な試練や試験があるわけではなく、あくまで「大人として認める」という、象徴的な儀礼らしかった。


「――ケイト」


 名前を呼ばれたケイトが、俺の隣から進み出る。


 その後ろ姿を見送りながら、俺はふと、彼女の家族の姿を探した。少し離れた場所で、ケイトの両親が、目を潤ませながら見守っている。


 祝福を受けたケイトが、こちらを振り返り、小さく微笑んだ。


「――アレン」


 次に、俺の名前が呼ばれた。


 深呼吸を一つしてから、俺は祭壇の前へと進み出た。


 司祭の前に立つと、思っていた以上に、その存在感が近くに感じられた。老いてなお、静かな威厳を纏った佇まい。


「よくぞ、この日を迎えられた」


 お決まりの台詞を言いながら司祭の手が、そっと俺の額に触れる。


(――まだ、大丈夫……この後の握手にだけ集中、集中れ)


 内心で、必死に自分へ言い聞かせる。そしてなんとか、握手も司祭の手を複雑骨折させずに終えた。危なかったかも。

司祭の手に俺の手形残ってたのは気のせい……だよな?


 などがあったが……幸い、何事もなく、祝福の儀式は終わった。


「これより、そなたは一人の大人として、この村の一員である」


 司祭の言葉に、俺は静かに頭を下げた。


---


 全員の儀式が終わると、広場は一転して、祝いの空気に包まれた。


 用意された料理と酒が振る舞われ、笛や太鼓の音が響き始める。村人たちが口々に、今年の新成人たちへ祝いの言葉をかけていく。


「アレン坊、いや、もう坊主じゃないか。おめでとうな」


 顔馴染みの冒険者が、豪快に肩を組んでこようとする。


「あ、ちょっと――」


 咄嗟に身を引き、躱す。危なかった。肩を組んでいたら、間違いなく顔馴染みの腕を折る、良くて肩を脱臼させて痛めつけていたところだった。


「おいおいなんだぁ? 随分と大人しいじゃねえか」


「いやまぁ、その……酒臭いからつい」


 誤魔化し笑いを浮かべながら、俺は内心で冷や汗をかいていた。


 その後も、次々とかけられる祝福の言葉に、細心の注意を払いながら応じていく。握力を最小限に抑えた握手、控えめな会釈、そして、決して力を込めない抱擁の真似事。まるで、綱渡りをしているような時間だった。


 ふと視線をやると、少し離れた場所で、ケイトが同じように、村の女性たちに囲まれて祝福を受けていた。目が合うと、彼女は小さく苦笑を返してくる。彼女もまた、似たような緊張感を抱えているのかもしれなかった。


---


「アレン――!」


 人混みをかき分けて、トマスとエレーナが、リオンとリオナを連れてやってきた。


「おめでとう、アレン」


 エレーナの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。


「大袈裟だって」


 照れくさそうに答えながらも、俺は密かに身構えていた。


(あー。母さん、抱きついてくるパターンだよな、これ……)


 案の定、エレーナが両腕を広げて抱きついてくる。俺は、全身の力を極限まで抜きながら、その抱擁を受け止めた。壊れやすい陶器を扱うような、細心の注意を払った反応。


「お兄ちゃん、おめでとう!」


「おめでとう!」


 リオンとリオナも、元気よく抱きついてくる。二人の体重を受け止めながら、俺は内心で必死に力の加減を調整していた。


(……重機で箸を使って、大豆をを持ち上げてる気分だな、こりゃ)


 冷や汗をかきながらも、なんとか無事に、家族との触れ合いを乗り切った。


 最後に、トマスが、俺の肩に手を置いた。


「……おめでとう、アレン。」


 その一言に、力を込めた重みはなかった。だが、確かな信頼と誇らしさが、そこには込められているようだった。


「うん。ありがとう、父さん」


 素直に、そう返した。


---


 祝いの喧騒が続く広場の片隅で、俺は一息ついていた。


 ひとまず、大惨事は起きなかった。それだけで、今日という日は、十分に及第点だったと言えるだろう。


(……にしても、疲れたなぁ。前世含めた人生で一番疲れたかもしれない)


 乾いた笑いが漏れる。


 冬の澄んだ空を見上げながら、俺は改めて実感していた。今日から、この世界では正式に「大人」として扱われることになる。


---


 長い儀式を終え、無事に成人式を迎えた俺は家に帰り、両親の話を聞いた。


「アレン、あなたが成人した今、私たちは何か大切なことを話したいの。実は、お母さんたちは若い頃、世界を旅していたわ。様々な場所で様々な冒険を経験し、大変なこともたくさんあったけれど、そのすべてが素晴らしい経験だったわ」


 そう言いながら、エレーナは俺の手を握った。


(ちょっ、不意打ちやめてよ、母さんの手を握りつぶしちゃうって……!)


 内心慌てて、何とか力をコントロールする俺。


「そうだな、アレン。冒険ってのはお前に色々な体験や可能性を示してくれるはずだ。迷ったらお前自身の心が導いてくれる。そして、俺たちもいつでも息子であるお前を支えてやる」


 父さん、トマスが俺の肩を軽く叩いた。


「ありがとう、母さん、父さん。俺はもう大人だからさ、自分の道を進むよ。やりたいこともあるし」


 俺がそう言うと、二人は安心したように微笑んだ。


「そうね! あなたはもう大人よ。これからの人生が素晴らしいものになることを願っているわ」


「ああ、俺も応援するぞ! 何か困ったことがあったらいつでも連絡してくれよ!」


 二人の言葉を受けて、俺は力強く頷いた。


「ありがとう!」


 両親の言葉を聞いて、俺の中で、迷いが一つ消えていくのを感じた。


(……よし。決めた)


 そして、俺は世界を見るために旅に出ようと思う。


---


 翌日から、俺は冒険者になるための準備を始めた。早速、馴染みのある村のギルドへと足を向ける。各地へ旅をするなら、簡単に身分証明ができる冒険者が一番である。冒険者として登録するには、まずは村にある小さなギルドへの登録が必要だからだ。


「冒険者ギルドへようこそ。冒険者登録ですね? こちらの書類に必要事項をご記入ください」


 顔馴染みの受付のお姉さんが対応してくれた。ちゃんと、業務用の台詞で。


 俺は渡された用紙に名前と特技を書き、命の保証は自己責任と書かれたところにサインして受付嬢に渡した。


「はい、承ります。アレン君……ついに冒険者になるんですね! ここのギルドができて、小さい頃から遊びに来てたアレン君が……感慨深いです」


 しみじみしている受付のお姉さんを見て、なんだか面白く思った俺だった。


 その後、冒険者について色々と説明を受けた。まあ、大概は顔馴染みの冒険者に聞いた内容と同じだが……


 冒険者にはランクがある。


 ランクというのは、冒険者たちの階級を示すもので、F(見習い)、E(新人)、D(駆け出し)、C(ベテラン)、B(精鋭)、A(エリート)、S(伝説)となっている。普通はランクはE級から冒険者としてデビューをするそうだが、成人未満からだとF級から始まるらしい。


「アレン君は冒険者になり立てで新成人なので、ランクはE級からスタートとなります。ギルド加入には実力を測る試験がありますが、子供の頃から活躍してますし、門番のトマスさんの息子さんなら問題ないでしょう」


 Fランクからじゃなくていいのかよ、とちょっと思った。


 ちなみに、Fランクは子供でも冒険者になれるようにするための処置である。孤児など、路頭に迷う子供たちの救済処置なのだそうだ。


---


「私も、冒険者登録、お願いします」


 俺の隣で、そう告げたのはいつの間にかいたケイトだった。


「ん……んん?? え、お前も?」


「当然です。お兄さまが旅に出るのに、私だけ村に残るなんて選択肢、端から考えていません」


 澄ました顔で言い切るケイトに、受付のお姉さんも心得たように頷いた。


「ケイトちゃんも、有名ですからね。薬屋の看板娘が冒険者だなんて、村のみんなも驚くでしょうけど」


「薬品や合成術の心得がありますので、後方支援としてなら、それなりにお役に立てるかと」


 淡々と自己申告するケイトの姿は、既に一端の冒険者のようだった。


 こうして、俺とケイトは、揃ってE級冒険者としての一歩を踏み出すことになった。


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