力加減
壊れた扉をどうにか応急処置で誤魔化した後、俺は自室にこもり、極力物に触れないよう息を潜めていた。
両親には、当たり障りのない言い訳で乗り切るしかないし、いつまでも部屋に閉じこもっているわけにもいかず、悶々と考え込んでいたところに、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
親から話でも聞いたのか、ノックの後、返事を待たずに、見慣れた顔がひょいと顔を覗かせる。
「お兄さま、大丈夫ですか? 急な成長痛みたいなものだって伺いましたけど……」
幼馴染の特権とばかりに、ケイトは遠慮なく部屋の中へと入ってきた。彼女にだけは、下手な誤魔化しをする必要がなかった。
「ああ、実は……」
俺は、経緯を包み隠さず話した。目覚めた瞬間の爽快感……は関係ないか。うっかり壊してしまった扉と椅子と……水差し(さっき壊した)。そして、確認したステータス画面の中身。
「――ティムラルトの、前世の能力、力が完全解放……ですか」
「ステータスも、封印されてた分と、今まで鍛えてきた分が、単純に足し算されてる感じでさ。とんでもない数字になってた」
「……そう、ですか」
ケイトは顎に手を当て、何かを考え込む素振りを見せる。
「私も、誕生日を迎えたら、同じことになるのかもしれませんね。他人事では、なさそうです」
その一言に、俺ははっとした。
(そうか……ケイトも、もうすぐ成人だったもんな)
「お兄さまは、前世で規格外の存在でしたから……。今回の反動も、きっと相当なものなんでしょうね」
どこか他人事とも思えない口調で、ケイトはそう漏らした。
「わたしの場合は、生産特化なので、お兄さまほど極端な変化にはならないと思いますが……念のため、心構えはしておいた方がよさそうですね」
冷静にそう分析するあたり、いかにもケイトらしかった。
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「それで、これからどうするおつもりですか?」
「そうだなぁ。成人の儀式まで、なるべく人や物に触れないようにして、力の加減を確かめようと思ってるよ。」
「なるほど。でしたら――」
ケイトは少し考えると、懐から小さな布袋を取り出した。
「これ、家から持ってきたんです。ちょうど、良いものがあると思って」
「なんだ、これ?」
「握力測定用に、うちで扱ってる薬草の中でも、特に脆いものを調合したものです。握る力加減の練習に、ちょうどいいかと」
袋の中を覗くと、乾燥した薬草の束が入っていた。心なしか、いかにも壊れやすそうな質感をしている。
「これを、握り潰さないように持てるようになったら、卵くらいは平気で持てるようになると思います」
「……お前、こういう時だけ妙に手際いいよな」
「お兄さまのお役に立てるなら、これくらい当然です」
澄ました顔でそう言い切るケイトに、俺は思わず苦笑した。
彼女なりの気遣いと、彼女なりのペースで、しっかりとサポートしてくれる。こういうところは、ゲーム、ティムラルトオンライン時代から変わらない、彼女の美点といえよう。
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それから数日、俺はケイトからもらった薬草を片手に、すごく意識して、慎重に自室から出て庭に出て、地面にひび割れを作りながらも歩き、庭の隅で地道な特訓をした。
最初は、指を添えただけで、あっさりと粉々に砕けてしまう。
「……くぅっ」
何度も、何度も、失敗を繰り返す。だが、繰り返すたびに、少しずつ、力の抜き方の感覚が掴めてきているような気がした。
三日目の朝、ようやく一本の薬草を、原型を保ったまま持ち上げることに成功した。
「お、できた……!」
地味な成果ではあったが、確かな手応えがあった。
その日の午後、様子を見に来たケイトに、俺は誇らしげにその成果を見せた。
「見ろ、これ。もう潰さずに持てるようになったぞ」
「おめでとうございます。……ちなみに、その薬草、一本いくらだと思ってますか?」
「……あ、うん。ごめん。今度弁償する」
現実的な問いかけに、俺は素直に頭を下げた。
ともあれ、地道な特訓の成果は、少しずつ、確かに形になり始めていた。
(ああああああぁぁぁぁ……っ!シュンとしているお兄さまが可愛いいぃいぃいぃいっ!!!)
と内心で吠えるケイト。
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一方、家の中では、両親への言い訳も、なんとか綻びなく続いていた。
「成長痛だなんて、そんなに大事なのかしら?」
エレーナが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あー。うん、まあ……急に体が変わった感じがしてさ。しばらく大人しくしてるよ」
「……そう、無理はしないでね」
罪悪感がないと言えば嘘になるが、今この状態を正直に話しても、余計な心配をかけるだけだろう。壊れた扉と椅子は、「うっかり手が滑った」ということで、なんとか誤魔化しきっていた……と思う。
成人の儀式まで、残された時間は、もうそう長くはない。
庭の隅で、薬草を片手に、俺は静かに、しかし着実に、自分自身の新しい体と向き合い続けていた。
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特訓を始めてから、数日が経った。
薬草一本を潰さず持てるようになったのを皮切りに、少しずつ、扱える物の重さと繊細さを広げていった。木の食器、薄い硝子細工、そして最後には、生卵。
「はぁ……よし」
卵を割らずに持ち上げられた瞬間、俺は密かに拳を握りしめた。完璧とは言えないまでも、日常生活を送る分には、もう支障がない程度の制御は、身についたはずだった。
もちろん、全力で拳を振るった時にどうなるかまでは、まだ試せていない。だが、それを試す機会は、今はまだ訪れていなかった。
そうして迎えた、成人の儀式の朝。
いつもより早く目を覚ました俺は、身支度を整えながら、鏡に映る自分の顔を見つめていた。
(……今日から、正式に大人、かぁ)
数日前とは違う意味で、実感の薄い言葉だった。年齢のことよりも、この数日間の格闘の方が、よほど「大人になった」という手応えに近い気がする。
「アレン、準備はできた?」
階下から、エレーナの声が飛んでくる。
「うん。母さん、今行くよー」
慎重に、しかし普段通りの足取りで、俺は部屋を出た。
窓の外には、冬の澄んだ青空が広がっている。




