誕生日前日
【アレン成長メモ】
Lv.2 → Lv.5(内包:320)
亜竜(変異個体)との死闘を経て、レベルが大きく上昇。
年齢:十歳前後(亜竜襲来事件当時)
封印状況:
・AGIの封印が、事故時(第8話)と同種の“突発的な部分解放”として再発動
→ 速度のみ一時的に解放、STR・ATKなど他ステータスは変化なし
→ 事件後は再び封印状態に戻る(恒常的な解放ではない)
・既存の解放スキル(起死回生/集気功/獅子奮迅)に変動なし
息が白く染まるほどの、冷えた朝だった。
目を覚ました瞬間、鼻先に触れる空気の冷たさで、今日の気温がはっきりと分かった。布団から出るのが、少しだけ億劫になるくらいの寒さだ。まぶたの裏に残る眠気を振り払うように、俺は大きく伸びをした。
それでも体を起こし、身支度を整えて外に出ると、庭にはうっすらと霜が降りていた。踏みしめるたびに、しゃりっという小さな音が足元で鳴る。吐いた息が、目の前で白く形を作っては、すぐに空気に溶けて消えていった。
冬のこの時期、村は一年の中でも一番静かな顔を見せる。畑仕事も一段落し、行商人の出入りも落ち着く。雪こそ積もらない土地柄だが、凍えるような朝の空気だけは、しっかりとこの季節を主張していた。遠くの木立の梢に、霜がうっすらと白く縁取られているのが見えた。
庭の隅、いつもの木の柱に手をかけ、体を軽く解す。冷えた体に、じんわりと熱が入っていくのが分かった。息を吐くたびに、白い塊が視界を過っていく。何百回、何千回と繰り返してきたはずの、いつもの型。だが、この寒さの中でこそ、体の隅々まで神経が行き渡るような、独特の張り詰めた感覚があった。
(……明日で、十六になるのかぁ)
白い息を吐きながら、俺はぼんやりとそんなことを考えた。
この世界では、十六歳が成人の節目とされている。明日、俺は正式に「大人」として扱われることになる。
だが、実感は、まだ驚くほど薄かった。
いつも通り体を動かし、いつも通り汗を拭う。そこに、特別な感慨が入り込む余地は、意外なほど少なかった。
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朝食の席は、いつも通りだった。
湯気の立つスープと、焼きたてのパン。バターの香ばしい匂いが、食卓いっぱいに広がっている。食卓を囲む家族の顔ぶれも、いつもと変わらない。
「アレン、今日は洗濯物を干すの、手伝ってくれる?」
「ん、分かった」
エレーナに頼まれるまま、朝食を終えた俺は、洗濯物を抱えて庭へと向かう。リオンとリオナは、もう五歳になっていた。二人揃って、俺の後をちょこちょこと追いかけてくる。
「お兄ちゃん、あたしも手伝う!」
リオナが、まだ小さな手で洗濯物の端を掴もうとする。冷たい水に触れたのか、その手はすっかり赤くなっていた。ふっくらとした頬も、寒さでほんのり赤らんでいる。
「危ないから、そこは俺がやるよ。リオナは、その籠を持っててくれるか?」
「うん!」
嬉しそうに頷くリオナの隣で、リオンは黙々と、地面に落ちた木の実を集めている。時折り、真剣な顔で木の実を選り分けているところを見ると、彼なりのこだわりがあるらしい。二人とも、この数年ですっかり手のかからない子供に育っていた。マジで天使。
物干し竿に、一枚ずつ洗濯物を掛けていく。冷たい布地の感触と、風に揺れる衣類の音。単純な作業だが、悪くない時間だった。
「お兄ちゃん、これは、どこにかける?」
リオンが、小さなシャツを持ち上げて聞いてくる。
「そこの、低いところでいいよ」
二人の天使の頭を軽く撫でながら、俺はふと思う。この光景も、明日からは、少しだけ違って見えるのだろうか。
そんなことを考えながらも、目の前の作業は、いつも通りの手つきで進んでいく。
全ての洗濯物を干し終える頃には、太陽もすっかり高く昇っていた。
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昼前、稽古のために庭に出ると、木戸の向こうから、聞き慣れた声が響いてきた。
「お兄さま、おはようございます」
薬草の入った籠を提げたケイトが、いつも通りの澄ました顔で立っていた。金色のポニーテールが、冬の弱い日差しを受けて、淡く輝いている。
「おう、ケイトか。今日も採取か?」
「はい。この時期にしか採れない薬草があるので。……それより、お兄さま」
ケイトは、そこで一旦言葉を切り、こちらをまっすぐに見つめた。
「明日で、十六歳になられるんですよね」
「ん、まあ、そうだな」
「おめでとうございます。私も、同じ年に成人できて、嬉しいです」
丁寧な口調でそう言われると、こちらが妙にむず痒くなる。
「大した話じゃないだろ、こんなの」
「そんなことありません。大事な節目です」
珍しく食い下がるケイトに、俺は思わず苦笑した。
「じゃあ、明日は薬草採取、休みにするのか?」
「いえ、それとこれとは話が別です。仕事はきちんとします」
真面目くさった顔でそう言い切るケイトに、俺はますます笑ってしまった。彼女らしい、というべきだろう。
「まあ、そのうち店にも顔出すよ。母さんが、盛大に祝う気満々だからさ」
「楽しみにしています」
小さく微笑んで、ケイトは籠を抱え直すと、村の外れの採取場へと向かっていった。その後ろ姿を見送りながら、俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
(……ケイトももうすぐ十六だよなぁ)
ゲームの時代から数えれば、随分と長い付き合いになると言えるだろう。だが、こうして自分がメイキングしたキャラクターと同じ時間を積み重ねてきたことに、今更ながら、不思議な感慨を覚えるのだった。
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昼過ぎ、稽古を終えた俺は、いつものように簡易ギルドへと足を運んでいた。
扉を開けると、いつもの喧騒と、酒精と汗の混じった独特の空気が出迎えてくれる。冬場は特に、暖を取りに来る者が多いのか、店内はいつもより賑わっていた。暖炉の薪が爆ぜる音が、絶えずぱちぱちと響いている。
「よお、門番の倅。今日も来たんか」
顔馴染みの冒険者が、いつも通りの席で、いつも通りに声をかけてくる。手にした木製のジョッキから、湯気が立ち上っていた。
「暇だったからね~」
空いた椅子に腰を下ろしながら、俺はそう返す。
「おっと。そういや、明日で成人だったか。早いもんだな、お前がここに顔を出し始めた頃は、まだ随分ちんちくりんだったのに」
「うるさいなぁ~、そういうの」
軽口を叩き合いながら、俺は肩をすくめた。
「明日から一丁前の大人扱いってわけか。まあ、坊主なら心配いらんだろうが」
「別に、何が変わるわけでもないと思うけどね~」
「はは、そういうところも変わらなそうだな、お前は」
窓の外では、冬の澄んだ空気の中、村の日常が変わらず流れていた。鍛冶屋の槌の音、行商人の呼び込み、子供たちの笑い声。何一つ、特別なことはない。
しばらく他愛のない話を交わした後、俺はいつも通り、窓際の席で、暖かい果実酒を片手にぼんやりと過ごした。冬の弱い日差しが、窓ガラス越しに柔らかく差し込んでくる。カップの縁から立ち上る湯気が、日差しの中でゆらゆらと揺れていた。
(……本当に、いつも通りだな)
人生の節目と呼ばれる日の前日にしては、あまりにも呆気ない一日だった。だが、それが、どこか俺らしいとも思えた。
日が傾き始めた頃合いを見計らって、俺はギルドを後にした。
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家路につく道すがら、村の風景を、なんとなく目に焼き付けるように歩いた。
石垣に囲まれた通り。すっかり定着した宿屋の明かり。夕暮れ時の忙しない人通り。十年以上前、ここがまだ木の柵に囲まれた小さな村だった頃を思うと、改めてその変化の大きさを実感する。
途中、薬屋の前を通りかかると、明かりの灯った店先で、ケイトが忙しなく立ち働いているのが見えた。窓越しに目が合うと、彼女は小さく手を振ってくれた。俺も、軽く手を上げて応える。
家に近づくにつれ、鼻先に、いつもより少しだけ豪華な匂いが漂ってきた。
扉を開けると、台所からは、香ばしい肉の焼ける匂いと、甘い煮込み料理の匂いが入り混じって漂ってきていた。
「明日は、お祝いだもの。今日から仕込んでおかないとね」
エレーナが、鼻歌交じりに大きな鍋をかき混ぜている。
「そんなに気合い入れなくても……」
「駄目よ。息子の成人祝いなんだから」
有無を言わせぬ調子で言い切られ、俺は苦笑するしかなかった。
台所を覗き込むと、いつもより品数の多い下ごしらえが、所狭しと並んでいる。リオンとリオナも、興味津々といった様子で、椅子によじ登って鍋の中を覗き込もうとしていた。
「これ、明日食べるやつ?」
「そうよ。楽しみにしてなさい」
エレーナの言葉に、二人は顔を見合わせて歓声を上げた。
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夕食の席、トマスが、いつになく穏やかな顔で口を開いた。
「明日から、お前も正式に大人だ。……とはいえ、俺たちにとっては、いつまで経っても、お前はお前だがな」
「うん。それは、こっちも同じだよ」
軽く返すと、トマスは満足そうに頷いた。
食卓には、いつもより少しだけ豪華な料理が並んでいた。とはいえ、本番は明日らしく、今日のところは、あくまで前触れ程度のものだ。
リオンとリオナが、寝る間際まで、明日の祝い事について、興奮気味に話し続けていた。
「明日、お祝いなんだよね? お兄ちゃん、大人になるの?」
「まあ、そういうことになるかな」
「大人になったら、何が変わるの?」
無邪気な問いに、俺は少し考えてから答えた。
「さあな。多分、あんまり変わらないと思うぞ」
その答えに、二人は少し不満そうな顔をしたが、やがて眠気には勝てなかったのか、順番に船を漕ぎ始めた。
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リオンとリオナを寝かしつけた後、俺は自室の窓から、夜空を見上げていた。
凍てついた空気の中、星々が、いつもより鮮明に輝いて見える。吐く息の白さも、昼間よりずっと濃かった。窓ガラスの縁には、うっすらと霜の結晶が広がり始めていた。
(十六年、いや……前世を含めれば、四十八年、か)
長いようで、短いような、不思議な感覚だった。赤ん坊として目覚めたあの日から、数えきれないほどの出来事があった。だが、こうして迎える節目の前夜は、驚くほど静かで、穏やかだった。
昼間のケイトの顔が、ふと脳裏をよぎる。彼女もまた転生し、この村で生まれ、この十六年を積み重ねてきた一人だ。
明日、何が変わるわけでもない。多分、これまでと同じように、のらりくらりと生きていくのだろう。
それでも――何かが、一区切りを迎えるのだという予感だけは、確かにあった。
俺は静かに目を閉じ、いつもより少しだけ長く、その日の眠りについた。
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そして、日付が変わった、ちょうどその瞬間。
眠りに落ちたアレンの体を、誰にも気づかれることなく、淡い光が、ふわりと包み込んでいた。
その光は、まるで何かを確かめるように、ゆっくりと体の輪郭をなぞり、そして――やがて、何事もなかったかのように、静かに消えていった。
「……すぅ……」
その光景の真っ只中で、当のアレンは、実に気持ちよさそうな寝息を立てていた。
窓の外では、変わらず星々が瞬いている。
それが何を意味するのか、この部屋の中で知る者は、誰一人としていなかった。




