噂と祭り
夕食の席、湯気の立つカボチャスープをすすりながら、トマスとエレーナが、いつものように世間話を交わしていた。
「そういえば、買い物の時に行商の人に聞いたのだけど……東の魔法の国の学院に、南の森からエルフの姫君が留学してきてるとかって話、聞いたかしら? しかも、まだ十かそこらの歳なのに、飛び級の特待生扱いなんですって」
「ああ、聞いたな。何でも恐ろしいほどの魔力量を持っているとかな。」
「それに、南の宗教国家じゃ、久しぶりに新しい聖女様が現れたらしいわよ。まだ幼いのに、傷を治す神聖術がすごいってことも聞いたわ」
俺は黙々とパンをちぎりながら、脳内では、それとは全く別のことを考えていた。
(……最近、スキルの集気功を、もう少ーし効率化できないかな。ゲーム特有のエモーションが若干ロスがある気がするんだよなぁ。)
「あら、そうだったわ……行商の人がそういえば、中央の交易都市の方じゃ、まだ幼いのに『勇者』なんて呼ばれてる少年がいるらしいってことも言ってたわ」
「へえ、リベルタで、か。景気のいい話だな……と言うか、その行商人。中々の情報通だな。」
両親の会話は、その後も途切れることなく続いていたが、俺の意識は、すでに稽古の反省会へと移っていた。
(明日は、あの踏み込みの角度を、もう少し――)
「……アレン? 聞いてるの?」
「え、あ、うん。聞いてる聞いてる」
生返事で誤魔化しながら、パンを口に運ぶ。
両親の噂話が、意外なところで自分に関わってくるかもしれない――などとは、この時は、露ほども思っていなかった。
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「アレンくん、こんにちは!」
ある日の午後、村の広場を歩いていると、同年代の女の子たちが、はにかみながら声をかけてきた。
「今日、うちで焼き菓子を作ったの。よかったら食べない?」
「あ、私の家でも、新しい果実水が入ったのよ。今度、遊びに来ない?」
最近、こういった誘いを受ける機会が、少しずつ増えていた。稽古で鍛えた体つきと、ダンジョンの一件でうっすらと広まった評判のせいだろうか。理由はよく分からないが、悪い気はしなくはない。
「ああ……うん、ありがとう。今度、時間があれば」
当たり障りのない返事をして、俺はその場を後にした。
だが――俺が去った後で、静かな攻防戦が繰り広げられていることに気づくことはなかった。
女の子たちの少し後ろに、ケイトが、いつの間にか立っていた。
「……あなたたち。お兄さまに、何か御用ですか?」
柔らかい声色。だが、その目は、決して笑っていなかった。
「べ、別に……ただの、ご近所付き合いよ」
「そう、ですか」
にこりと微笑むケイトに、女の子たちは、なぜか気圧されたように後ずさる。
「わたし、お兄さまの薬草採取のお手伝いで、今日もこの後、ご一緒する予定なので。あまり、お引き止めしては悪いですし……」
やんわりとした、しかし有無を言わせない口調。女の子たちは、顔を見合わせると、そそくさとその場を離れていった。
「……ふぅ」
小さく息をついたケイトの表情には、外面の落ち着きとは裏腹に、確かな達成感が滲んでいた。
(今日も、一人、また一人と……。この村のメスどもは、お兄さまに近づきすぎです。うん!わたしがしっかり見ておかないと……)
そんな内心の呟きに、当のアレンが気づくことは、当たり前のように、なかった。
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そして、村祭りの夜がやってきた。
年に一度、収穫を祝うこの祭りは、村を挙げての大きな催しだった。広場には篝火が焚かれ、屋台が並び、笛や太鼓の陽気な音色が夜風に乗って響いている。
村がこれだけ賑わうようになった今年は、例年にも増して、屋台の数が多かった。
(せっかくだし、俺も何か出店してみるかなー)
ふと、そんな思いつきが頭をよぎった。
前世の記憶を頼りに、この世界にはまだないかもしれない料理を再現してみる。異世界転生ものの、ちょっとしたお約束ってやつだ。
(となれば……祭りだし、たこ焼き……いけるよな?)
幸い、村には小麦粉も、鶏の卵も、それなりに揃っている。あとは、タコの代わりになりそうな食材――村近くの川で獲れる、コリコリとした食感の川エビを刻んで代用することにした。専用の丸い鉄板こそないが、鍛冶屋に頼み込んで、簡易的な窪みのついた鉄板を用意してもらった。
「よし、いっちょやってみるか」
意気揚々と生地を流し込み、慣れない手つきで、くるくると返していく。
だが――理想と現実は、あっさりと乖離した。
生地の水加減が上手く定まらず、丸く固まる前に、ただの平らな鉄板の上でだらしなく広がってしまう。無理やり形を整えようとするたびに、外側だけが焦げ、中身はどろりとした半生のままだった。
(……あれ、おかしいな。手順は間違ってないはずなんだが)
何度か焼き直しを試みたが、結局、丸いフォルムの「たこ焼き」には、ついぞ辿り着けなかった。
出来上がったのは、試行錯誤で完成したソースと似た香りがする乾燥薬草で作った青のりをまぶした、平たく崩れた生地の塊。もはや原型を留めていない、謎の粉物料理だった。
(……まあ、これはこれで)
諦め半分で、俺は完成品を皿に盛り付けた。焦げた縁と、とろりとした中心部。見た目こそ不格好だが、香ばしいソースの匂いだけは、しっかりと漂っている。
「お兄さま、何を作ってるんですか?」
様子を見に来たケイトが、興味津々に覗き込んでくる。
「イメージ通りに作ったつもりだったんだが……失敗した物だよ。」
「失敗?……これ、食べてもいいですか?」
「まじか……まあ、味は保証するよ。多分」
ケイトは、恐る恐るといった様子で一口すくい、口に運んだ。
「……え、美味しいです! なんですか、これ!」
その反応に釣られたのか、周りにいた子供たちや、屋台を覗きに来た村人たちも、次々と味見を始めた。
「おお、こりゃ美味いな!」
「新しい料理か? もっとくれぇぇ!」
瞬く間に、俺の屋台の前には、小さな行列ができていた。
(……あれ、これ、割と好評なんじゃないか?)
当初の目論見とは、まるで違う結果だった。だが、目の前で美味しそうに頬張る村人たちの顔を見ていると、それはそれで悪くない気がしてきた。
「なあアレン坊、この料理お前さんが考えたんだろ?なんて名前だ?」
常連の冒険者に問われ、俺は少し考えてから、答えた。
「……お好み焼……いや違うかも?もんじゃ焼き、ってことにしとくよ」
たこ焼きになるイメージのはずだった何かは、こうして、村の新しい名物料理もんじゃ焼きとして、静かに、しかし確かな評判を呼び始めることになった。
篝火の明かりに照らされながら、笑い合う村人たちの声が、夜の広場に響いている。
噂話も、女の子たちの水面下の攻防も、そして今日の失敗作も――俺の知らないところで、少しずつ、何かが積み重なっていくのだろう。
そんな予感を、どこか他人事のように感じながら、俺は焦げたヘラを片手に、祭りの夜を眺めていた。




