変わりゆく村と成長
気がつけば、俺は十歳になっていた。
鏡に映る自分の顔つきは、以前よりも一層、前世でやっていたMMORPGティムラルトオンラインで俺が作ったキャラクター『アレン』に近づいている。身長も伸び、稽古で鍛えた体には、しなやかさと芯のようなものが備わり始めていた。腕を軽く振るだけで、以前とは違う、詰まった重みのようなものを感じる。相変わらず封印されたゲーム時代のステータスには手が届かないままだが、日々の積み重ねは、確かに形になっていた。
だが、この数年で変わったのは、俺自身だけではなかった。
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朝、家を出て少し歩くだけで、その変化は嫌でも目に入ってくる。
以前は、土を踏み固めただけの道が、村の中心部までしか続いていなかった。今では、その道が村の外れまで延び、荷馬車の轍で表面が滑らかにすり減っている。
道の両脇には、見覚えのない店先が並んでいた。武具の手入れ道具を並べた露店。干し肉や保存食を山積みにした行商人の荷台。串焼きの匂いを漂わせる屋台からは、香ばしい煙が立ち上っている。
人通りも、以前とは比較にならない。革鎧を纏った冒険者らしき集団が、談笑しながら通り過ぎていく。旅装束の商人が、荷馬車の荷を確認しながら、大声で誰かと値段交渉をしている。子供の頃、静かだったはずのこの道が、今では絶えず誰かの話し声で満ちていた。
「――村が、変わっていくな」
稽古の合間、井戸端で水を飲みながら、トマスがそう漏らした。その視線の先には、以前は畑だった土地に、真新しい宿屋の看板が掲げられているのが見えた。
あのダンジョン攻略の一件から、村には少しずつ、外の人間が訪れるようになっていた。冒険者ギルドから派遣された調査員が、ダンジョンの残存状況を確認しに来たのを皮切りに、腕試しを兼ねてやってくる冒険者たち。彼らを目当てに、道具や食料を売りに来る行商人たち。
最初は数えるほどだった訪問者も、年を追うごとにその数を増やしていった。
木で組まれただけだった村の柵は、いつの間にか、大人の背丈をゆうに超える、頑丈な石垣へと姿を変えていた。切り出された石の表面は、まだ真新しい灰色をしている。門のあたりには、以前はいなかった見張りの人員も増え、出入りする者たちを整然と捌いている。
「このままいけば……そう遠くないうちに、村じゃなく町って呼ばれるようになるかもしれないな」
トマスは、そう言いながらも、どこか楽しそうだった。
「門番の仕事も、随分と忙しくなった。出入りする人間の数が、比べ物にならん。身元の怪しい奴に目を光らせたり、揉め事の仲裁に入ったり……正直、体がいくつあっても足りん」
言葉とは裏腹に、その表情には、忙しさへの疲労よりも、充実感の方が色濃く滲んでいた。汗を拭う仕草にも、以前より張りのある力強さがある。
「……だが、悪くないもんだな。活気があるっていうのは」
その一言に、俺は密かに頷いた。人の出入りが増えるということは、それだけ守るべきものが増えるということでもある。門番という仕事の意味を、以前よりも実感しているのかもしれなかった。
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ケイトの家も、似たような状況らしい。
ある日の午後、顔を出してみると、店先には、薬草の匂いが以前よりも濃く漂っていた。棚には、見覚えのない瓶や乾燥薬草が、隙間なく並べられている。
「うちのお店、この頃すごく忙しいんです。冒険者さんたち、怪我や毒消しのお薬をよく買いに来るから……」
カウンターの向こうで、ケイトの母親が忙しなく調合をしている。その横で、ケイトが小さな手で薬草の選別を手伝っていた。
「お兄さま、見ててください。これくらいの太さの茎は、もう使えないんです」
真剣な顔で、乾いた薬草を選り分けていく手つきには、迷いがなかった。両親の仕事が立て込む中、ケイトも時々手伝いに駆り出されているのだという。店を手伝う分だけ、合成術の腕も、着実に鍛えられているようだった。
人口が増え、店が増え、村全体が、目に見える速さで発展していく。
その渦中にいながら、俺自身の生活は、驚くほど変わらなかった。
(世界がどう変わってこうと、俺は俺らしく好きに生きていくさ)
周りが変化していく様を、どこか他人事のように眺めながら、俺は変わらず、修行と日常を行き来する毎日を送っていた。
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そんな中、村に新しく建ったものの一つに、簡易の冒険者ギルドがあった。
丸太を組んだだけの、決して大きくはない建物だ。だが、扉を開けば、中には依頼の張り紙がされた掲示板、簡単な物資を並べた棚、そして奥には、酒とつまみを出す小さな飲み場まで備わっている。昼間から、酒精と汗、それに鉄と革の匂いが入り混じった、独特の空気が漂っていた。
俺は暇を見つけては、そこに顔を出すようになっていた。
「よお、坊主。また来たのか」
テーブルの席で、顔馴染みになった中年冒険者が、気安く声をかけてくる。日に焼けた肌と、大剣を背負ったいかつい体格に反して、声は妙に人懐っこかった。
「暇してたからね。何か面白い話、ないのー?」
俺は空いた椅子に腰掛けながら、そう返した。
「面白い話ねぇ……。そういや、北の方から流れてきたヤツが言ってたけどよ、あっちの国境沿いじゃ、まだ小競り合いが続いてるらしいぜ」
男は干し肉を齧りながら、気だるげに続ける。
「あとは……そうだな、南の方の宗教国家じゃ、また何やら物騒な噂が流れてるとか、東の魔法の国が魔力不足で頭抱えてるとか、まあ色々あるみたいだが……坊主、そういう話、興味あんのか?」
「別に~。ただの暇つぶしかな」
俺は肩をすくめて答えた。
村を訪れる各地方の冒険者たちから、大陸各地の噂話を聞くのが、最近のちょっとした楽しみになっていた。誰かに深く関わるでもなく、ただ聞き流す程度の距離感で、色々な話に耳を傾ける。それくらいの気楽さが、今の俺にはちょうど良かった。
(急いで外に出る必要もないしなぁ。今はまだ、ここで情報だけ集めておけば十分だよね)
いずれ、この村を出る日が来るのだろう、という漠然とした予感はあった。だが、それを急ぐ気にはなれない。
窓から差し込む昼下がりの日差しに目を細めながら、俺はテーブルに頬杖をつく。遠くで、鍛冶屋の槌の音が規則正しく響き、その合間に、行商人の呼び込みの声が混じる。誰かの笑い声、皿の触れ合う音、酒場の喧騒。
村は変わっていく。だが、俺のペースは、変わらない。
そんな緩やかな均衡を保ったまま、日々はこれからも、静かに積み重なっていくのだろう。




