↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/49

ダンジョン

「今日は、ケイトと村の周りを散歩してくるよ~」


 朝食の席でそう切り出すと、エレーナとトマスは、顔を見合わせた。


「……最近、稽古を頑張ってるものね。まあ、いいでしょう。しっかりしてるケイトちゃんもいるしね。」


「日が暮れる前には、必ず戻ってこい。それだけは約束だ」


 トマスの言葉に、迷いはなかった。稽古を通して、俺の実力をある程度は把握してくれている。過保護になりすぎず、かといって無関心でもない、ちょうどいい距離感だった。


(俺もこの数年、伊達に鍛えてきたわけじゃないからな)


 集気功に、拳法の型。基礎ステータスも、着実に積み上がっている。多少の魔物が出たところで、後れを取る気はしなかった。


「お兄さま、準備できました」


 薬草採取用の小さな籠を提げたケイトが、玄関先で待っていた。二つ返事で誘いに乗ってくれたのは、彼女なりに、外の世界への興味があったからだろう。


---


 村を出て、しばらく歩いた頃だった。


 茂みの向こうから、ぬるりとした緑色の肌をした小柄な人型の魔物が姿を現した。


「……ゴブリン、か」


 初めて目にする、前世での漫画やアニメ、ゲームなどでもお馴染みの魔物。だが、感慨に浸る間もなく、相手は粗末な棍棒を振りかざして襲いかかってきた。


 半歩踏み込みながら、攻撃線を外す。がら空きになった脇腹に、集気功を乗せた拳を叩き込んだ。


 それだけで、決着はついた。


「……あっけないな」


 拍子抜けするほどの弱さだった。稽古で培った動きの前では、児戯にも等しい相手だったらしい。


 だが――問題は、その後だった。


 一体、また一体と、ゴブリンが次々に現れる。片っ端から沈めていくが、いつまで経っても、その数が減る気配がない。


「お兄さま……。これ、ちょっと変じゃないですか?」


 ケイトが、不安げに声を漏らした。


(確かに、おかしいな。まるで、湧いて出てくるみたいだ)


 不審に思いながら茂みをかき分けて進むと、やがて岩肌にぽっかりと口を開けた、洞窟の入り口が見えてきた。中からは、ゴブリンの声らしき喧騒が、絶え間なく響いてくる。


「洞窟……。ここが、発生源か」


 脳裏に浮かんだのは、以前、村の大人たちの立ち話で聞きかじった単語だった。


(確か……ダンジョン、だったか)


 この世界における、魔物が自然発生する特殊な空間。狩っても狩っても数が減らない場合、近くにこうしたダンジョンが存在し、そこから魔物が「漏れ出している」可能性が高いのだと、以前、村の男衆がそんな話をしていたのを思い出す。


 そして、漏れ出しという現象そのものが、ある種の前触れだとも。


(……ダンジョンブレイク、だったよな)


 ダンジョンの容量を超えた魔物が、一気に外部へと放出される現象。数万という群れが解き放たれ、周辺の村や町を呑み込む厄災になることもあるという。


 だからこそ、発見されたダンジョンは、大抵の場合、冒険者ギルドの管理下に置かれるか、あるいは徹底的に攻略されて崩壊させられる。だが、この世界は広い。まだ誰にも見つかっていないダンジョンが、あちこちに眠っていてもおかしくはなかった。


「お兄さま、これ……村の人に報告した方が」


 ケイトの言う通りだった。本来なら、それが正しい対応なのだろう。


 だが――


(村のすぐ近くに、ダンジョンブレイクの前触れがある。それを放置して帰るのは、さすがに気が引くな)


 報告して、大人たちが対処するまでの間にも、状況が悪化しないとは限らない。それに、正直なところ――


(俺の実力、ここらで一度試してみたい気持ちもあるしな)


 スナフキン気質の奥底に、ゲーマーとしての探究心が、むくりと頭をもたげていた。


「ケイト。ちょっとだけ、様子を見てみないか。危なそうなら、すぐ引き返す」


 ケイトは少しの逡巡の後、こくりと頷いた。


「お兄さまが行くなら、わたしも」


 その言葉に背中を押されるようにして、俺たちは洞窟の中へと足を踏み入れた。


---


 中は、思ったより広かった。


 道すがら襲いかかってくるゴブリンを、次々と片付けながら奥へと進む。ケイトも、時折り薬品を使った援護を挟みながら、危なげなくついてきた。


 そして――最奥に辿り着いた瞬間、空気が変わった。


 開けた空間の中央に、それはいた。


 通常のオーガよりも一回り大きな体躯。その肌は、見慣れた緑ではなく、どす黒い赤色に染まっている。


「……色違い、か」


 嫌な予感が、背筋を這い上がった。ゲームでよく見た、通常種よりも数段格上に設定された、変異個体特有の禍々しさ。


 オーガが咆哮を上げ、丸太のような棍棒を振りかぶって突進してきた。


 地響きにも似た足音が近づいてくる。俺は半身になって初撃を見切り、棍棒の軌道の外側へと体を滑り込ませた。すれ違いざま、集気功を乗せた拳を脇腹に叩き込む。


 手応えは、確かにあった。だが――


(――重い……!)


 これまで倒してきたどの相手とも違う、岩を殴ったような重さと硬さが、拳を通して腕全体に突き抜けた。ゴブリンや野盗の肉とは、まるで質そのものが違う。


 振り返りざま、オーガの丸太のような腕が、横薙ぎに振るわれる。俺は咄嗟に後方へ跳んで距離を取ったが、それでも風圧だけで頬が切れた。


(躱しきれても、掠っただけでこれか……)


 仕切り直す間もなく、オーガは怯む素振りも見せず、間髪入れずに次の一撃を放ってくる。棍棒の先端が地面を叩き、砕けた岩の破片が飛び散った。


 拳法の型を頼りに、俺は攻撃線を読みながら、最小限の動きで凌ぎ続けた。だが、一撃を躱すたびに、確実に体力と集中力が削られていく。攻める隙が、まるで見つからない。


「お兄さま――!」


 背後から飛んできた薬瓶が、オーガの顔面で弾けた。刺激臭を伴う煙が視界を覆い、巨体がわずかに怯む。


 その隙を突いて距離を取ったものの、根本的な状況は変わらない。むしろ、体力の消耗という一点においては、こちらが不利になる一方だった。


(このままじゃ、削り合いにすらならない。何か、決め手が――)


 息を切らしながら、追い詰められた思考が、頭の中の封印リストへと辿り着く。


(……そうだ。あれを、試してみるか)


 封印されたまま、一度も使ったことのないスキル。だが、今この瞬間、体の奥で何かが疼くような感覚があった。


「獅子奮迅――ッ!」


 叫ぶと同時に、体の奥に蓄えていた気が、堰を切ったように解き放たれるのを感じた。


 全身から、獅子を象った紅いオーラが噴き上がる。皮膚の表面が熱を帯び、視界の輪郭が、これまでにないほど鮮明になった。心臓の鼓動が、一段階上のリズムを刻み始める。


(これが……!)


 地を蹴った瞬間、自分でも驚くほどの加速がかかった。これまでの踏み込みとは、明らかに速度の桁が違う。オーガの視界から、一瞬だけ姿が消えたようにすら見えたはずだ。


 振り下ろされる棍棒を、紙一重で潜り抜ける。空を切った風圧が、背中の産毛を逆立てた。


 がら空きになった胴へ、腰の回転を乗せた拳を叩き込む。


 ズン、という鈍い衝撃と共に、オーガの巨体が大きく仰け反った。先ほどまでとは比較にならない手応え。オーラを纏った拳は、まるで別物の武器のように、確かな破壊力を伝えてくる。


 そこから先は、一方的だった。


 右、左、また右。連続して繰り出される拳が、次々とオーガの体を捉えていく。防御に転じる暇すら与えない、畳みかけるような連撃。均衡は、完全に逆転していた。


 オーガが苦し紛れに振るった最後の一撃を、半歩の見切りで躱す。空いた懐へ、渾身の力を込めた一撃を打ち込んだ。


 骨の軋む音と共に、巨体が大きくよろめく。


「――ッ、これで、終わりだ……!」


 最後の踏み込み。全身のオーラを拳の一点に凝縮させるように、渾身の正拳を叩き込んだ。


 轟音と共に、オーガの巨体が地面に崩れ落ちる。土煙が舞い上がり、洞窟内に静寂が戻った。


(……勝った、のか)


 安堵の息を吐いた、次の瞬間。


 全身から、急速に力が抜けていくのが分かった。獅子奮迅の反動なのか、あるいは単純な限界なのか。四肢の感覚が、潮が引くように遠のいていく。視界が急速に暗転していく。


「お兄さ――」


 ケイトの声を最後に、俺の意識は、そこで途切れた。


---


 気がついた時には、見慣れた自室の天井があった。


 体を起こそうとした瞬間、猛烈な倦怠感が全身を襲う。


「お兄さま、目が覚めたんですね……! よかった……」


 傍らで、目を赤くしたケイトが、安堵の表情を浮かべていた。聞けば、意識を失った俺を、村まで引きずるようにして連れ帰ってくれたのだという。


(ケイト……ありがとうな。それにしても、引きずってって……大変だっただろ)


 感謝の言葉を口にしようとした、その時だった。


 部屋の扉が、勢いよく開いた。


「アレン――! 目が覚めたのね……!」


 安堵の表情を浮かべたのも束の間、エレーナの顔つきが、みるみる険しいものへと変わっていく。


「危険なダンジョンに、二人だけで足を踏み入れるなんて……! しかも、そんな怪我をするまで戦うなんて……!」


 その後、俺は丸一日、みっちりと母の説教を受けることになった。


 どれだけ弁明を重ねても、ダンジョンブレイクの危険性を語っても、「だから危ないと分かっていたなら、なおさら大人に任せるべきだった」の一点張りである。


(……ぐうの音も出ない、な)


 正論には、逆らいようがなかった。


 結局その日は、夕食も抜きで、延々と説教を受け続けることになったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。