7 噂の新入団員は結構人気
剣術大会翌日の休日は、一日中寮でゆっくり過ごした。
今日、練習に行ったら、テオに説教されるのだろうか、と思えば少し気が滅入る。いや、二日も前の事をいつまでもねちねちと言い続ける彼ではない。だって彼には、毎日、アメリに指導すべきことがいくつもあるのだから……。
結局、怒られるのか……、と、授業中も放課後を思うと気も漫ろだ。で、ぼんやりしていたらしい。今度は科目の先生に叱られた。
昼食は、中庭でお話しながら食べましょう、というシャーロットの誘いで、パンとミルクティーを買って、中庭に出た。お日様の下のシャーロットは、歩く度に金色の髪の毛がふわふわ揺れて、今日も花の妖精のようだ。
その妖精が言う。
「ね、アメリ。剣術大会の楽団の演奏に、新入団員らしい素敵な方がいらしたって噂は聞いた?」
「え? 何その話」
家から出てないから、そんな噂も知らないし、当日だって何か変わった様子はあったかな。見慣れた顔だから、あまりピンと来ないのかな?
「うーん。トロンボーンのエリオット辺り……?」
エリオットは、大きな目と八重歯が印象的な男爵令息だ。まあ、そんなに悪くないよね。背も高いし。
「何を言っているの。アメリ、貴女のことよ!」
「ええ? 私!?」
「だって、アメリは綺麗だもの。私、髪を切った時に、絶対格好良くなるって確信したの」
「えー……?」
綺麗ってあんまり言われた事がないな。
幼少期からどっぷりピアノにはまって、あんまりピアノから離れないから姉が全然練習できなくなって、ヴァイオリンも始めた。そんな音楽に熱中した日々で、外に出ていくことも少なかったし、基本的には、姉が割と美人だったせいか、私自身については「別に悪くはないけど」程度の評価しか聞いた事がない。
そんな自分が、「素敵」と言われていると聞かされても、俄には信じ難い。
シャーロットが説明してくれるには、楽団には一定のファンがいるらしい。音楽が好きで応援してくれる人もいるが、女子生徒には、ハリーやテオといった容姿の良い面々を好んで応援し、見に来る人も多いらしい。
テオか。顔の良さは否定しないが。演奏するテオがお好きなお嬢様方、ぜひ一度、練習中のテオもご覧になっていただきたい……。
「近くでご覧になった方が仰るには、そのお方は、中性的なお顔で、男性にしては小柄で線も細くいらっしゃって、大会が終わられる頃には貧血で倒れそうなところを、健気にも必死で堪えていたんですって」
あの、テオに馬鹿みたいって説教された酸欠ね。ご令嬢方の色眼鏡にかかると、そんなふうに映っていたのね。
「しかも、それをテオ様が心配そうに支えていらっしゃったとか。そのお瞳が、いつにもまして優しげで」
肩をぽん、って叩かれた奴かしら。支えられてない。自分の足で立っていました。ていうか、「いつにもまして」優しげ……? いつになく、の間違いではなく?
「そして、差し入れをされたご令嬢に、そのお方もお体が辛いでしょうに、笑顔でお礼をされて。しかも、その笑顔が儚げでまた良い、というお話よ」
ああ。あの頬筋が最後に頑張ったお仕事だ。あの不自然な笑顔を儚げととったか。まあ、私で間違いなさそう。
それより、あの差し入れくれたの、シャーロットだった? ってくらい詳しいんだけど。
「うーん……。でもそれ、大丈夫かしら。だって、髪も目もそのままだったし、すぐに私って分かってしまうわ」
「あら。皆様、男子生徒だと思ってらっしゃるわよ」
「ええー……」
別に、入団自体は違反でも禁忌でもないけど、こんな噂になってしまったら、今更女です、なんて言い出しにくい。
全校生徒を探して回ったって、そんな男子生徒もいないのだし、あっという間に私に辿り着きそうだ。こんな事になるなんて、予想しなかった。
いや、その前に、全員が黙ってくれている保証もないし、団員が尋ねられてぽろっと漏れるのが最速っぽい。
* * *
こうして見ると、普通の女子生徒なんだがな。
中庭の丁度、教室の窓から見下ろし易いベンチで、二人の女子生徒が、何やら話しながら昼食を摂っている。
それ自体は珍しい光景ではないが、そのうちの一人が、楽団の団員で、俺のパートの後輩だった。
「何見てるんだ?」
「いや。大したもんじゃない。アメリがそこで昼食食べてる」
振り向かなくても分かる。ロバートだ。わざわざ高学年の棟からここまでご苦労だ。
「管楽部の王子の座を奪われた気分はどうだ」
「何だそれ。王子って柄じゃないだろ」
魔王らしいしな、俺。王子なんて渾名は、ハリーだけで十分だ。
「どうするんだ?」
「それをお前に相談に来たんだろ、パートリーダー」
「別に、ほっとけばいいんじゃないか」
アメリが入団した事は、団員は全員知っているが、団の外では話さないよう、団員全員に箝口令を敷いてある。もちろん、最低限報告すべきところへは報告している。
ん? アメリ本人に言ったっけ?
周囲に黙っているのは、そこから楽団のOBに知られるのを、極力避けたいからだ。やはり、古い顔ぶれの中には、女子生徒が加わる事を面白く思わない人間もいる。どうせ、学園内のみの活動なのだ。余計な干渉はないに越したことはない。
あともう一つは、弦楽部の混乱を避けるためだ。ヴァイオリンを習っている女性は結構いる。本気で取り組んでくれる団員となるなら良いが、ハリー目当ての女子生徒が無闇矢鱈に来る事を、弦楽部部長が嫌厭している。
そもそも在校生にとっても、楽団員は男のみ、というイメージが強い。今回、アメリを見た者達が、迷う事なく男子学生だと思い込んだ背景もそこにある。だが、女子だと知れると、中には悪意を持って噂をしたり、中傷する者も現れる可能性がある。
今となっては、俺個人としては、別にいい気もするけど。管楽部だって、フルートとか嗜んでいる女子がいるなら、ぜひ欲しい。
体力面で不安だったアメリも、こうして何とかやりきったんだ。瀕死の形相だったけども。
でも衣装がな。アメリはたまたまあの体型だからいけたけど。と、本番当日のアメリが思い出される。
正直、よく似合っていた。
入部当初は、まあまあ綺麗か、くらいで何とも思わなかった。それが、髪を切ったら思いの外似合って、可愛くなった。そして、衣装を着て男装したら、人目を引くレベルにまでなった。何故だ。それが似合うという事か?
顔付きが変わるんだよな。
髪を切って、どこか吹っ切れたような明るさになった。
衣装を着たら、堂々と自信に満ち、目の輝きも強くなった。色気すら感じる。何故、女のアメリから男の色気が出るのかは知らないが。
そういうところだろうか。まだ、そんなに自信を持つほど、上手くないのに……。
「音楽棟に押しかけて来る子がいなければいいな」
「ああ、そういう……」
毎年、最初の行事である剣術大会後には、大なり小なりこういう騒ぎがある。
気が散るから、と放課後は人の出入りを規制してもらっているが、去年はどうしていたかな。
「規制しても、その中をアメリが通って行ったら説得力ないよな」
「男装させたら? トーマス辺りの服借りて」
「身長がなー」
そうだった。本当のアメリはもっと小さかった。
「そうだなあ……」
* * *
「あっ、ハリーだわ」
「ハリー様も、フレア様の事をご覧になっていらっしゃいますわ」
「さすが、仲がよろしいですわね」
「当然よ。唯一無二の幼馴染ですもの」
御前失礼致します、と用務員らしき男が台車を押して、令嬢方の後ろを通る。台車の中には、処分する書類や本がぎっしり詰まっており、崩れないようにと、襤褸布と紐でしっかり括り付けられている。
「通りませんわね、トランペットのあのお方」
「フレア様、随分気に入っていらっしゃいますわね」
「もちろん、ハリーが一番よ! でも、あの美しく繊細で哀愁あるお姿。もう一度拝見したいわ」
「演奏前の凛々しいお姿も素敵でしたわ」
「本当に。どこにいらっしゃるのかしら……」
台車は、音楽棟の裏で一回停まる。紐を解き、襤褸布を取り、私は背伸びをして台車から降りる。
「何故、私がこうしてごみのように運ばれるの……」
「お前が目立ったせいだろ」
アメリこっちこっち、とユージンが裏口を開けてくれる。
「お前のために、俺らは今日からしばらく用務員として雑用だ」
そう言うテオは、用務員の制服に帽子を目深に被り、眼鏡まで掛けている。
何とかして私を練習に参加させようとして、テオとロバートは、楽団の担当である音楽教官に掛け合い、教官室の書類や新聞などの運搬をする代わりに、台車を借りた。教官に、実際に書類も運ぶことで、怪しさも減るとか言われて。
「ありがとうございます」
「どうも。明日はロバートだ」
本来なら一回で運べる量を、一週間に分けて運ぶ。
「帰りは?」
「門限ぎりぎりまで待って、薄暗くなったら帰る。俺が寮まで送ってやる。それまで自主練でもしてろ」
「はい」
「まあ、一週間くらいで落ち着くだろ」
本当に、色々迷惑を掛けて、申し訳ない。それもこれも、私が美しすぎるせいで……! あ。誰も聞いてくれなさそう。
先程の三人組の声を思い出す。
まさかのここで、フレア・キャンベル嬢だ。
女の私はハリーに集る虫のように邪険にされ、男の私は美しさと繊細さと哀愁を愛され、どっちにしろ彼女に追われている。うわ。身震いしてしまった。
「お前、ずっと酸欠になってれば、モテるんじゃないか?」
「命懸け……! それで嫁の貰い手は見つかりますか?」
「婿入り先だろ……」




