6 剣術大会で初演奏
「おおっ。アメリ、よく似合ってるじゃないか」
「ええっ。本当に僕より高い!」
「凄いなー。全然女の子に見えないな」
「へえ。見事平らだなー。これ、どうやって隠してるんだ?」
「元から無いんだよ」
こら。最後の二人。人のどこ見て何て事言ってくれてる
の。特に最後のテオ、その台詞似た調子で二回目だから。
年頃の女性である私の胸が、元から平らな訳ないでしょう。今日は試着に備えて、ちゃんと分からないように胸帯を巻いて来たのよ。きちんとそれ専用に作ってもらったんだから。シャーロットに。
ブーツは、外から見た分には、ぱっと見普通のブーツに見える。しかし、中が厚底になっていて、履けば身長が伸びるという、私専用の特注品だ。
これ、純粋に膝下が伸びるから、脚が長くなってスタイルもよく見える。
「ブーツ履くと、脚の長さだけならテオに勝てるのにな。演奏も頑張ろう」
「は? そんな訳ないだろ。足も演奏も、お前が俺を追い越すなんて、片腹痛いわ」
片腹痛いって。そんな大笑いするテオなんて、想像つかないわ。ちょっと見てみたい気もするけど、抱腹絶倒のテオ。
しかし格好良いな、音楽団の衣装。
髪は、髪留めでは帽子を被るのに引っ掛かるから、しっかり多めに髪をすくって、ハーフアップにして縛った。これなら、演奏中も髪が邪魔にならなくていい。
あ、でも日頃は今まで通り、髪留めで留めておこう。この前、シャーロットと買い物に行って、可愛いのをいくつか買ってきたところだし。
「おい。そのまま一回合わせてみるぞ」
テオに呼ばれて振り返ると、今年入った私以外の三人も、試着を終えたところだった。皆一様に嬉しそうだ。分かる分かるよ、その気持ち。
課題の一つだった低音。辛うじて音にはなるけど、その前の音から下げきれなくて、音程が上擦ってしまっていた。
「その前の音と高低差があるから出し辛いんだろ。取り敢えず、その前のソは軽めに当てて、次の音に意識を持っていってろ」
と言われた事に気をつけてみると、ぴったりはまりやすくなった。
お手本にと吹いて聴かせてくれたテオの音は、軽く当てたというソの音もよく鳴っていて、とても同じようには吹けなかった。難しいな。
どうだろう。私なりにやれることはやってきたつもりだ。
一か月前のテオの、「死ぬ気でやれ」と「何とかしろ」には、どこまで応えることができているのだろう。うーん。腹筋百回がまだ出来ていないからなぁ。
* * *
剣術大会は、学園内の一角にある円形闘技場で行われる。
生徒会主催だが、騎士団からも見物に来る人がいたり、客席は観客で埋まってしまう。
主催者席には、生徒会長でもあるこの国の第二王子、ウィリアム殿下が見える。ここでお目にかかれるとは。さすが、ハリーの従兄だけあって、容姿端麗なお方だ。ハリーが時々アレな時が……もとい、妙に親しみやすい時があるので、第二王子の方が強く堂々として見える。
「あらあら? アメリも殿下みたいなタイプが良いんだ」
「えー、誰でも見ちゃいますよ。眼福ですもの」
「まあね。違いない」
隣のユージンに小声で話し掛けられ、同じく小声で雑談をしていると、
「きょろきょろするなよ。始まるぞ」
と、久々に魔王の視線を浴びた。最近やっと、あの射抜くような眼光が和らいだと思っていたのに。例えるなら、ブリザードが並の吹雪になったくらいには。
私達、管楽部の演奏場所は、生徒会役員の席とそう遠くない位置に設置された雛壇になる。……雛壇なら、私達座っても支障ないのでは、という疑問は、ぐっと飲み込む。来年くらいになったら聞いてみよう。
ちなみに、一脚だけ椅子が用意されている。チューバ用だ。まあ、立ちっぱなしなんて到底無理だよね。
定刻になった。
ロバートがウィリアムと、無言で合図を送り合い、演奏開始の指示を出す。
観客は、時間に気付き一気にその声を潜め、私達トランペットが楽器を構えると、完全に静まる。
そうだ。これが憧れだった。
晴天の下、会場全体を見渡しながら、聴こえるのは、パーンと澄み渡ったトランペットの音だけ。
地元の式典でもこの音を聞くと、身が引き締まって、気持ちが改まるような気がしていた。
同じ旋律を三回繰り返すこの曲は、最初の一回をトランペット三人だけで吹く。そこに、二回目からトロンボーン、ホルン、チューバの金管と打楽器が加わり、三回目に木管が加わり華々しく終わる。
私にとって、最初の出だしが今日の最重要課題だと思っている。あ、まずい。緊張する。
指揮棒が上がる。
そして、最初の一音。
あ。しまったー。中途半端な吹き始めになった。最初のアクセントがほとんど効いていない。
どうしよう……。最初なんてもう、どうしようもないんだけど……。
はっ。この冷気。五月の風に乗って私を刺す、氷の視線。
まずい。頭とベルを下げちゃ駄目だ。ちゃんとこの後を吹き切らなくては!
ファンファーレの後に、生徒会長である第二王子による開会宣言。
そして、選手入場の行進曲、前回優勝者から盾の返還、と演奏も続き、試合が開始すれば、各選手入場の度に短い曲を吹く。確かに。吹きっぱなしだ。
徐々に集中力が欠けていく。何となく頭が痛い。
気持ちを落ち着けるために、軽めの深呼吸をする。
つい視線を落としてしまう。頭の位置と向きだけは下げないように、必死で守る。
もしかして、テオが私を案じてくれていたかも知れない。微かだけど、こちらを見ていたような気がする。間にユージンがいるから、確信はないけど。
今年の優勝は、騎士を目指しているという三年生だった。
正直、その頃にはその人の名前も頭に入ってこないくらい、頭がぼーっとしていた。
表彰式は閉会式中に行われる。そこでまた一曲。これが意外と長い。最後に、この国の式典や大きな行事でよく演奏される終曲をもって、今日の演奏は終了だ。
「アメリ、大丈夫か?」
観客の退場とともに、私達も片付けを始める。
終わると同時に、テオが肩をぽん、と叩いて声を掛けてくれた。正直、疲れた。顔中の筋肉が疲労困憊で、声を出して返事をするのも億劫だ。
頷いて、テオの顔を見上げてみれば、どうしたというのか、えらく心配そうに私の顔を覗き込んでいる。えっ、と声にならない声が出る。
こんな顔もできるのか……。
「楽団の皆様、お疲れ様です!」
複数の黄色い声が聞こえたかと思うと、どこから来たのか、女子生徒が団員達に差し入れと言って、お菓子を配って回っていた。
「お疲れ様でした!」
と、私とテオのところにも。
「ああ。ありがとうございます」
と、照れているのか、いつもの勢いを殺しまくった、小さな声で礼を告げる。ふと何となくだけど、女性に詰め寄られるのが苦手なのかも、と思った。
声を出すのが億劫な私は、頬筋の最後の力を振り絞り、彼女達ににこりと笑い掛け、会釈をする。
きゃー、と浮かれた声を上げながら、立ち去っていく彼女等の背中を見て、やっぱりテオって人気なんだな、とか思ったりする。部室では、部員を凍らせる氷の魔王なのにな。
「よし、楽器が軽い奴は、打楽器手伝って。撤収するぞ」
ロバートの号令に続いて、皆で音楽棟に戻った。
「それは、多分力み過ぎだ。馬鹿みたいに張り切って、大きい音出してやろうとか考えてたんだろ」
音楽棟の部室に戻って、頭が痛い、とソファーに横にならせてもらった私に、眉間に皺を寄せたテオの容赦ない視線が浴びせられる。さっきまでのテオは、どこに行ったのよ。
「結果、酸欠じゃないか。途中やたら辛そうに深呼吸してるから、そんな事だろうと思ったよ」
そうか。だからあんなに深呼吸したくなったのか……。
「外でも練習しただろ。いつもよりお前だけ大きい音出してどうするつもりだったんだよ。まあ、出てなかったけどな」
もう……、分かったから勘弁して下さい。頭に響くー。
「まあまあ、アメリは緊張したんだよね。テオも心配してたんだよ。大会中、ずっと心配そうにアメリを横目に……」
「黙ってろ、ユージン」
「そんなぁ」
ううう。お説教とか、明日以降聞くから、もう今日は休ませて……。
私は返答を拒否して、そのまま目を閉じている。テオの一際大きく長い溜息が聞こえる。さすがテオさん。溜息にもその肺活量の大きさを感じるわ。
そこに、ロバートが生徒会への挨拶を終えて帰ってくる。
「皆、お疲れ様。生徒会から、アイスティーとゼリーの差し入れをいただいたから、冷たいうちに食べようか」
えっ。そんな役得があるの!?
ゆっくりながらソファーから起き上がると、「起きてるんじゃないか……」とテオが舌打ちをした。生徒会のってことは、ウィリアム殿下のご厚意だからね。国民として、とても無下には出来ないよね。
「アメリもお疲れ様。緊張しただろう。よく頑張ったな」
部長……。今はこの優しい笑顔と言葉が何より嬉しいわ。やっぱりお兄ちゃんだ。
部長はやっぱり包容力がある優しい人がいい。ぜひ、来年の部長はユージンでお願いします!




