第弐陸話 Imaginary Time-Space
「ようやく目覚めたか。」
男の声がする。俺は意識を失っていたらしい。頭がぼーっとしている。
「先に言っておくが、この空間では能力の類は使えないからな。」
徐々に頭が醒めてきた。『この空間』ってことはどこかに連れ出されたのだろうか。それにしては景色がさっきと変わらない。ただ、福子と小杖の姿は無い。
「なあ、不思議だと思わないか?」
「?」
「人を殺してはいけませんって言う法律はどこの国にもあるんだが、世界を滅ぼしてはいけませんっていう法律はないんだよな。」
「・・・・」
「そんなことできるはずないとか、世界が滅びるわけがないとか思ってるんだろうなあ。つい30年前に滅びかけたくせにだ。人間って思い上がってると思わないか?」
そろそろ、思考の焦点が合ってきた。俺が答える。
「人間の尺度でいう世界なら滅ぼせるかもな。『人間にとって都合のよい範囲』を『俺たちの世界』だと思ってるのが人間だろ。でも、生命の存在しない星だって世界の一部なんじゃないか?なら、世界を滅ぼすって言うのは、宇宙を消滅させるって事だろ。それは不可能なことだと思う。」
男はアハハと声を上げて笑う。
「論点をずらされたな。まあ、『そっち』の話も嫌いじゃないぞ。確かに人間が一般的に口にする『世界』っていうのは、人間が生存できる領域っていう意味だな。そんなの滅ぼすのは実に簡単だ。ただ、宇宙を消滅させる事が不可能とは思わない。」
「エントロピーの話か?宇宙のエネルギーを使いきって、何も運動するもののない宇宙にしてしまう事は、理論上可能なんだろ。」
「『滅ぼす』の定義をし直さないと行けないが、まあ理屈の上なら可能だな。だが、そんな机上の空論ではなく現実の話としてだ。」
「俺たちが生きている間に可能って事か?」
「そうだ。かつて、人間は地球を唯一絶対の存在だと思っていた。しかし、無数にある星の一つに過ぎない事が分かった。その星々の集まりである銀河も無数に存在することが分かった。なら、宇宙が無数にあっても不思議はないだろ?」
「宇宙同士が衝突すれば滅びるかもしれないと?」
「お前、面白いな。衝突はいい線行ってる。だが、ぶつかっただけなら崩壊はするが、崩壊した世界が残る事になる。それに宇宙同士をぶつけるなんてどう実行する?」
「ワームホールとか・・・」
「それで送れるのは物質だけだ。空間は残る。それに、それも机上の空論だ。」
机上の空論でない、宇宙を消滅させる方法なんてあるのだろうか?と考えていて、ふと辿り着いた結論がある。まさかとは思うが・・・。
「もしかして宇宙って、放っておけば勝手に消滅する、不安定な存在なんじゃないか?」
「おーーーーーー!!鋭いねえ。正解だ。だが、何が起こったらそんな事になると思う?」
さすがに俺の頭ではこれ以上はわからん。
「思いつかない。ただ、大結界がそれを阻止しているって事だろう?」
「そこまでわかれば合格だ。お前、学派に来い。」
学派か。関わりたくない。
「俺はただの遍路だ。学派と関わる気は無い。大結界が宇宙の消滅を阻止しているのなら、なおさら巡礼を完遂しなければならない。」
「連れのお嬢さんが消滅を引き起こす存在だとしてもか?」
「!!!!!」
言い返せない。
「やはりお前も気付いているんだろ。あの能力の異常さに。俺が出張ってきたのも44番札所付近で『虚数時空間』の出現を検知したためだ。こう見えても、俺はそこそこ偉いからな。陣なんとかが少々ズルをしたぐらいで動いたりはしない。」
虚数時空間?偽浩二のいた、あの世界のことか!?
「お前と錫杖のお嬢さんは40番と41番だろ。巡礼開始からまもなくの内に、44番付近にいても不思議はない。82番の陣なんとかは部下を使うような奴だから、82番で結界を起動後に大急ぎで本拠地に戻ったのだろう。だが、あのクールなお嬢さんがあんな場所にいたのはなぜだ?」
いったい番外はどこまで掴んでいるのだろう。恐ろしい情報収集力だ。もしかして、88人全ての遍路の行動を監視しているのだろうか。
「もう一つ。44番札所付近にあった『楔の木』が倒されている。しかし、楔の木が倒れる際に発生する莫大な量の陰の気が観測されていない。『倒れた瞬間』が存在しないのだ。これは、倒れたのが虚数時空間だった為ではないかと推測されている。なぜ、虚数時空間で起きた事象が、この時空間に影響を与えたのかは、すでに学派でも議論がはじまっている。」
「『楔の木』とは何だ?」
「大結界をこの場所に留めるためのもので、四十万全体で6本あるとされている。1本が倒れただけなら直ちに問題は発生しないが、他の楔の負担が重くなり、楔としての寿命が縮む。万が一、他の楔も狙われているなら大問題だ。今、ほとんどの番外は楔の防衛任務に就いている。」
「それで、あんたが調査にやってきたというわけか。」
「そうだ。虚数時空間の発生に、あのお嬢さんが関わっているのは確実だ。そして、お前も現場を見たのだろう。お前は『学派』で証言し議論に加われ。」
「あの2人はどうなる?」
「協力していただく。」
随分と冷たい目だ。
「『実験』だな。」
「世界を守るためだ。」
「それはお前の意見か?学派の意見か?」
男は少し間をおいて答える。
「両方だ。」
男が言い終わるとほぼ同時に、俺は右ストレートを打ち込んだ。
バン!!
こぶしが叩き落とされた。しかし、僅かに男の頬をかする。その瞬間、世界が元に戻った。




