第弐肆話 Pilgrim
二名の町外れで44番の札所は簡単に見つけることができた。
札所といっても、何も無いところに陽の気が満ちているスポットがあるだけだ。その気に守護石をかざすと、札所の番号が石に浮き上がる。これを『納経』と呼び、88箇所全ての札所で納経を行うのが第1の目標だ。
札所で探知結界を研ぎ澄ます事で、前後の札所の方角がぼんやりとわかる。俺たちは順打ちをするつもりなので、2つの反応のうち北にある方を目指せばいいはずだが、反応は南と東にあった。
巡礼が始まってすぐに、俺と福子は40番札所を目指し、福子の結界を起動した後、41番で俺のを起動。その後は二名に直行した。従って、43番札所の場所を知らない。だから、南と東のどっちが45番か分からないのだが、41番は南だったので、東を目指す事にした。
東は四十万の中心方向なのだが、この島の中心部は険しい山岳地帯になっており、札所はほとんどない。人里もほとんど無く、野宿を覚悟していたのだが、なぜか道はしっかりと続いていた。その理由は日が傾き始めた頃に分かった。
道の左手に、細い円錐状の岩山がいくつも聳え立っていたのだ。その麓には1軒の宿屋があり、どうやら、観光や信仰の地として人々が訪れる場所だったのだ。
一旦、宿へ向かい、荷を解いてから札所を目指すことにする。小杖なら、はっきりと位置が分かるほど、近くまで来ているらしいのだが、その場所は完全に山の上の方らしい。
宿には先客がいた。まあまあの団体さんらしく、6部屋ある客室のうち5部屋は押えられてしまっていたので、仕方なく3人で1部屋に泊まることになった。
通された部屋の広さは特に問題ないのだが、なぜか福子は、俺だけ庭で野宿しろとか言ってくる。小杖が取り成してくれなかったら、本当に部屋から閉め出されそうだった。それでも、福子は自分が真ん中で寝ることだけは譲れないそうだ。こんなに端っこが嫌いな奴だとは、今の今まで知らなかった事だ。
さて、あまり腰を落ち着けると動けなくなるので、早々に宿を離れ札所を探す。山の上の方なので苦労するかと思ったのだが、かなり歩き固められた山道があり、簡単に登れそうだった。
登りはじめてしばらく経つと、道の左右に像が置かれているのが見えてきた。そこから先は、延々と無数の石像が並んでいる。どうやら五百羅漢像らしい。かつてはお寺の山道だったのだろうか。
かつて、88の札所には全て寺が建てられており、実際にお札を納める納経所などが併設されていたそうだ。1200年以上前の高僧の足跡を辿り、その弟子達が修行を行ったのが遍路の始まりとされるが、88の寺を巡る形が完成したのは400~500年ほど前らしい。
その後、交通機関の発達に伴い、一時は一般人が観光で遍路を行うまでに普及するのだが、88の寺は一つも現存していない。世界経済の行き詰まりが限界に達した頃に、寺社廃止法が制定され、取り壊されてしまったのだ。これにより遍路は途絶えてしまった。
年間20万人とも言われた遍路を失った事は、四十万の経済へ深刻な影を落とし、元島からの独立を推進する大きな理由となったらしい。
ただ、当時の札所と、今の俺たちが巡っている札所は、かなり、位置が異なっている。大結界が構築されたのは今から600年ほど前だとされているのだが、寺とは関係なく大結界が構築されたのがわかる。
「なんだか不気味なところだねえ。急に動いたりしないよね?」
福子が大量の像を気味悪がっている。あれだけの力を持っているのに、ただの石像を怖がるなんて、なんだか不思議だ。サル達がヘビを本能的に避けるように、人間も『お化け』の類に酷い目に遭わされてきた経験があり、その恐怖がDNAに刻み込まれているのかも知れない。
「ねえ、早く行こうよ!暗くなってからここ通るなんて絶対嫌だからね!」
言うなり、福子は走って登り出した。俺たちは遍路になる前から、山道を走り回ってトレーニングを積んできた。いくら急坂でもこんな歩きやすい道なら、普通に走り回れる体力はある。しかし、札所の近くは他の遍路に出くわす可能性が高い。単独行動は避けるべきだ。
「おい、待てって!しゃあない。行こう!」
と小杖に声をかけるが、浮かない顔をしているのが見えた。
「厄介な連中が来てるみたいね。」




