第拾玖話 Vanish
イチイは果肉こそ食べられるが、それ以外は有毒だ。恐らく、飲み込んだのは5~6個。致死量だ。
「すぐに吐き出せ!死ぬぞ!!」
「死んでも構わない!発芽して!!」
「構わないわけがあるか!俺がなんとかするから!!」
「あなたでは、『彼ら』は救えないの。これは、私にしかできない。そして、あなたなら『私』を救えるわ!」
こんな時に何を言い出すんだ。胃の中で発芽させるなんて危険極まりないが、このまま胃が種を消化してしまっても、小杖は助からない。しかし、俺は浩二を倒せても、理恵さんや翔太を助けることはできない。小杖の言う通りなのだ。小杖には確固たる考えと意思がある。信じられる。
俺はボスを回避して、小杖に接近する。今の俺の力で発芽させるにはかなり接近する必要があるのだ。タネが小杖の体内にあるのなら、体に触れないと無理だろう。
しかし、ボスもすんなりとこちらの思う通りにはさせてくれない。俺が小杖に近付けないように攻撃を振り回してくる。動きも素早く距離を詰めさせてくれない。
「うわわわわわわわーーーーーっ。なんなの、君達ーーーーーー!」
この状況でのんきな声が広場の外の森から響いてきた。福子の声だ。陰の気に取り囲まれている。
ボスの注意が少しだけ福子に向いた瞬間、傍を駆け抜けようと試みるが、さすがに、そこまで甘くない。引っ掻き攻撃が飛んできた。
直撃を覚悟した瞬間、視界からボスが消えた。ボスを確認する暇は無い。全速力で駆け抜け小杖の腹に手を当てる。
「発芽!!」
残っていた陽の気を全て込めた。
小杖から凄まじい量の陽の気があふれ出し、非常に強い結界が展開される。さっき見た小杖の力を大きく超えているようだった。イチイのタネの力もあるが、もしかすると、これが本来の小杖の力なのかもしれない。
ボスは仰向けに転がっていた。陣がジャストのタイミングで足払いでも食らわせたのだろう。
立ち上がったが、小杖を見て逃げ出そうとする。しかし、足が動かない。翔太と理恵さんが足止めしているのだろう。
小杖はボスに駆け寄ると、ジャンプしながらボスの頭部に諸手突きを入れる。
その刹那、幻影のような光景が俺の前に広がる。どこかで見たような、でも、一度も実際には行った事が無い町が現れ、そこに一人の小男が突き飛ばされていったのだ。
同時に、小杖の体が漆黒の闇の中に消えようとしている。ブラックホールに落ちていくように。ほぼ無意識のうちに、俺は小杖の手首を掴んだ。距離は離れていたはずなのに、なぜか手が届く。すると、信じられないほど強い力で、俺も闇の中に引っ張られるのを感じた。
『絶対にこの手を離さない!!』
さっきの小杖の言葉は、毒の事なんかじゃない。この事だったのだ。ならば、俺が救えるはずだ。
俺は自分と体を入れ替えるように小杖を引き戻した。小杖の体が地面に落ちるのが見えた。俺の体は宙に浮いたようだったが、ほんの一瞬で地面に叩き付けられた。
気付くと、幻影の町もブラックホールも消えていた。




