第拾漆話 Copy & Paste
「理恵だと?理恵は3年前に死んだはずだ。」
陣が応じる。
「そのお猿さんが理恵さん?」
小杖が尋ねる。頷く翔太。
「なるほどな。死んだ恋人の名前を猿に付けて可愛がってたというわけか。しかし、そいつは妖獣の類だろう。見逃すわけにはいかない。」
陣が答える。
「違う!こいつは、あの理恵なんだ。理恵の魂は生きている。こいつの中で!」
「銃で撃ったのはなぜだ?」
俺が問う。
「念礫を補充するためだ。理恵の魂をボスザルに留め続けるには、陰の気が必要だ。だから、定期的に陰の気を込めた念礫の銃弾を打ち込む必要がある。」
「それで、陰の気を俺が打ち消した時に、無理に出てきて撃ったんだな。」
「そうだ。あのまま放って置けば、陰の気が足りなくなり、理恵の意識が消滅してしまうところだった。」
なるほどな。辻褄は合っている。だが、腑に落ちない点もある。
「では、なぜ、俺が理恵さんの方に向かうように仕向けたんだ?俺は誘い込まれたはずなんだが。」
「・・・・・・・・」
翔太が言い淀む。
という事は、翔太は好き好んでこんな事をやっているわけではないな。
「さて、本題だ。なぜ遍路狩りをやっている?理恵さんを守るのが目的なら関係ないだろ。」
「・・・・・・・・」
答えはない。やっぱりな。
「つまり、理恵さんの魂を猿に留めている術は、あんたではない別の奴の力で、その力を使ってもらうために取引をした。そして、そいつの目的が遍路を殺すことだった。そんなところだろ。」
「その能力者が浩二って事か?あいつにそんな力があるのか・・・・」
陣が口を挟む。多分それは違うのだが黙っておいた。なにしろ本人が現れたのだから。
「さすが坊ちゃん。ご明察です。しかし、少し誤解がありますね。」
浩二が木の陰から姿を現す。この状況で随分と強気だな。
「私が理恵を生き返らせてあげたのですよ。なにしろ、私は『死』を操る能力者ですから。」
さっきも、そんなことを言っていたな。多分、嘘なんだが。
「理恵さんの体は損傷が酷かったので、そのまま魂を戻してもすぐに死んでしまう状態だったんです。なにしろ、妖獣に食い殺されたんですから。脳はかろうじて頭蓋骨に守られていましたが、ほとんど骨だけの状態で、内臓もほぼ・」
「やめろ!!! ・・・いえ、やめて下さい。」
翔太が叫ぶが、すぐにトーンを落とす。
浩二は翔太を一睨みし、
「まあいいでしょう。人間の意識は、所詮、脳内の微弱電流の集合に過ぎません。それを別の体にコピペして再起動してやれば簡単に復活できます。ただし、死体を再起動できるのは、私だけです。」
「それで、代理の体としてサルを使ったというわけか。」
陣が相槌を打つ。ここは陣に任せよう。
「そのとおりですよ。ただ、体の選択は翔太君に任せました。適当に好みの女でも攫って来れば簡単だったのですが、彼には出来なかったようです。それで、この群れで最も大きな猿を殺してきたのです。いや、そのはずだったのです。」
「はず?」
「そう、心優しい翔太君は猿すら殺せなかったんです。それで、意識を失っている猿に理恵さんの意識をペーストすることになってしまったんです。死体の脳に意識の残骸が残っている時間も限られていますのでね。」
「じゃあ、今あのサルの意識は・・・」
「猿と理恵さんの意識が混在しているのです。普通の猿より大きいとは言え、あの猿の脳容量は人間の5分の1程度でしょう。全部使っても人間の意識の全てを移すには小さいのです。」
まあ、そうだな。
「そこで、生命の維持に必要な部分の意識は猿と共有して貰いました。なので、生活は猿そのものです。餌も住処も、」
そして、翔太を見て
「交尾もです。」
翔太は視線をそらす。
「それで『理恵』と言えるのか?」
陣がもっともな事を言う。
「もちろんです。ちゃんと理恵さんの意識はあるんですから。理恵さんとしての自我を保ちつつ、猿としての本能で生活しているわけです。しかし、猿は死んでいないわけですから、理恵さんの意識は異物として排除されようとします。そこで、陰の気で定着させているんです。」
ここからは俺が問う。
「翔太が撃っていた猟銃の弾だな。」
「そうです。翔太君は運よく『地属性』の能力者だったので、へっころ玉を簡単に集められたのです。それに、私の術で気を込め銃弾を作りました。と言っても、無尽蔵と思われたへっころ玉も、彼の能力で大量に掻き集めてしまったので、現在はあまり採れなくなってきました。もう、銃弾もあまり残っていないはずです。」
「陰の気の補充が出来なくなったらどうなるんだ?」
こともなげに浩二が答える。
「猿も理恵さんも死にます。実は猿の肉体の方も、そろそろ限界なんですよ。翔太君の能力で、銃撃によるダメージは極限まで軽減しているとは言え、回数が多いですし、体内に水晶の欠片が大量に残りますから、様々な面で問題が生じてくるわけです。かと言って、陰の気が弱まれば、理恵さんの意識も弱まり、徐々にただの猿になっていくというわけです。ただの死にかけの猿を延命してやる義理はありませんからね。」
核心を突いてみる。
「それで、新しい体を調達しようとしたんだな。」
浩二は少し困惑したような素振りを見せる。
「私には元々関係ない話だったんですよ。よそから来た巡礼中の遍路が一人いなくなったところで、この辺の連中は気にもしませんし。丁度、そちらのお嬢さんが近くにいたので、翔太が先走ったと言うわけです。後始末に付き合わされて、私は迷惑しているんです。その猿も巻き込まれて気の毒なもんですよ。」
心にも無い事を言ってのけた。
「翔太の後始末をしただけというなら、お前の目的はなんだ。まさか、何の見返りもなくこんな事をやったとは言わないだろ?」
「実験ですよ。」
「実験?」
「そうです。私も能力の全てを理解しているわけではありませんからね。今後、いろいろと役立てる為に、経験を積む必要があるんです。翔太君の望みも適い、私もスキルアップできる。今後、他の人々にも役立つ能力なのです。素晴らしいと思いませんか?」
そろそろ胸糞悪くなってきたので、矛盾を突く事にした。
「見返りなんか必要ないよな。最初から、翔太を利用するのがお前の目的だった。なぜなら、お前のターゲットは陣だったからだ。」
「陣?ああ、いましたね。そんな愚鈍な馬鹿息子が。私の能力なら、あんな力任せの馬鹿を始末するのは簡単なので、泳がしていただけですよ。」
「なら、なぜ今日、命を狙う必要があったんだ?陣の強力な守護結界に手を焼いていたんじゃないのか?そもそも、お前に陣を殺す力なんかないんだろう。だから、翔太に始末させようとした。結界の力を失った今がチャンスだと思ったんじゃないか。」
「私に力が無い!?」
「賭けてもいいが、お前に『死』の能力なんかそもそも無い。『人を殺せるから生き返らせることも出来る』なんて、よほどの馬鹿じゃなかったら口にしない。人を殺す事はどんな能力でも可能だが、生き返らせる事ができる能力なんて聞いた事が無い。あっても激レアだろ。植物を枯らして見せて『俺の能力は死』とか言い出したときはアホかと思ったぞ。あんな恥を晒して、それがハッタリになると思っている時点で、お里が知れてるんだよ!」
浩二の薄ら笑いが消え、口元が引きつっている。化けの皮が薄すぎだ。
「『賭ける』と言いましたね。では、命を賭けていただきましょう。私も以前から自由に実験できる人間が欲しいと思っていたんです。どんな拷問よりも私の実験は苛烈ですから、普通の人間はすぐに壊れてしまうんですよ。遍路のあなたなら頑丈そうだ。
それに何度でも言いましょう。私の能力は死です。人を殺すのは確かに簡単ですが、どんな人間でも殺せるから『死の能力』なんです。それを証明してあげましょう!」
そういうと、自分の首に注射器を突き刺す。
「あなたを殺してね!!!」




