第拾壱話 Behavior
走り続ける俺の前方で、大きく木の枝が揺れている。キーキーという動物の声も聞こえる。サルが縄張りの侵入者を威嚇しているのだ。恐らく、その先に群れがいるのだろう。
サルは素早い上、立体的に動いてくるので、攻撃をかわすのが難しい。4島にいる野生動物の中でも、最も厄介な相手ではないだろうか。
俺は走る方向を変え、サルの左へ逸れようとした。
「パーン!」
猟銃の乾いた発砲音が森に響く。
翔太の撃った弾は俺ではなく、サルに命中した。
俺は翔太からは木の影になる場所で止まり、サルの安否を確認する。しかし、姿は見えない代わりに、感じたことのある不気味な気配が突然現れた。しかも数十。
翔太はすぐにUターンし、全速力でこの場を離れようとしていた。すぐさま、周辺のツタを操作し、翔太の行く手を阻む。翔太は猟銃を投げ捨て、結界を発動し日本刀で切り払って逃走しようとする。
しかし、周囲にあったのは『ツタウルシ』だった。古来より漆は魔除けに使われてきただけあって、超常の力に対する耐性が非常に強いのだ。
木属性の俺でも、操作できるのは成長の速さと大まかな向きだけ。翔太の周囲にあったツタウルシを高速で成長させているだけだ。今はそれどころじゃないのもあるのだが。
翔太もさすがに近隣の住民だけあって、こいつに触ると大変な事はわかっている。ウルシの仲間の中でも、毒性が最も強いのがツタウルシなのだ。刀で切り払うにしろ、飛び散った汁が僅かに付着するだけで、酷くかぶれてしまう。そうなれば集中をそがれ、射撃などまともにできなくなるだろう。
やがてツタウルシに囲まれて、完全に翔太の姿が見えなくなった。
「クソッ、クソーーーーーーーッ!!」
と罵る声が聞こえるので、中で足掻いているのだろう。
ちなみに、この森にツタウルシがある事には気付いていたので、多い方へ走っていたのだ。なにやら、こっちに追い込もうとしているようだったので、何があるのか見てみたかったのもあったしな。
やつらの狙いは、サルに俺を襲わせる事だったようだ。陣の結界が壊れた途端に、手下たちから妖しい気配が漂いだしたように、サルの群れにも同じ仕掛けを用意していたのだろう。翔太が撃ったのはボスザルだったのではないだろうか。
さて、能力を得たサルたちを相手にするのは厄介だ。特殊な属性攻撃などは出来ないだろうが、強化された身体能力を生かして襲われるだけで、普通の人間なら太刀打ちできないだろう。猟銃など当たるはずも無い。
それに、サルたちを傷つけるのは酷く気が進まない。なんとか元に戻してやることはできないだろうか。
サルを相手にするコツだが、こちらから引かないことだ。距離を取ろうとすると、怖気づいたと判断して飛び掛ってくる。なので、前に出てやる。
しかし、あの妙な気配のせいだろうか、突出してきたサルが飛びついて来た。
咄嗟に両腕に集めた結界で爪攻撃を弾くつもりだったが、ヌルっと爪が結界内部に入り込んできた。ただ、攻撃速度が鈍ったのでギリギリで回避できた感じだ。
サルは少し距離を取る。警戒しているのだろう。今の状態でも、判断能力が無くなるわけではないようだ。となると、サルの学習能力の高さは非常に厄介だ。
先鋒が距離を取った事で、他のサルも距離を置き、遠巻きにして半円形に俺を取り囲んでいる。逃げれば一斉に襲い掛かられるだろうし、このままいても、包囲を縮められて袋叩きにされるだろう。
ただ、さっきの一撃を防いだことで、大体のサルの結界の強さは分かった。遍路で言えば、守護数20を超えることはないだろう。
それと、もっと重要な事が分かった。サルの力は『陰の気』を帯びているという事だ。
俺たちの使う法力や、西洋人が使う魔術。あるいは、先天的に与えられる超能力など、この世界にあるほとんどの超常の力は、電気的にはプラスの電荷を帯びている。これを『陽の気』と言う。しかし、妖獣たちはマイナスの電荷を帯びた『陰の気』を纏っていることが分かっている。
遍路同士の戦いなど、陽の気同士がぶつかった場合、互いに反発するのだが、陽と陰の気がぶつかった場合、互いに引き合って、打ち消しあう。
さっきのサルの攻撃も反発せず、引き込まれるのを感じたので、このサルは妖獣ということになる。だが、ついさっきまでは普通のサルだったのだ。
全てがそうなのかどうかはまだわからないのだが、妖獣は人工的に作る事ができるという事だな。
さらに、この世界は陽の気の方が圧倒的に多いのだが、これは対になるもう一つの世界が存在し、そちらには陰の気が満ちている為だとする説がある。そしてこの『四十万』には2つの世界を繋ぐ『穴』が開いているとされている。なにか関係があるのかもしれない。
まあ、今は考えている暇は無い。妖獣と同じ気を帯びていると言っても、その強さは守護数20の遍路に匹敵するのだ。それほど強い気を帯びた妖獣など聞いた事も無い。しかも、その数は十数匹。普通に戦って勝てる相手ではない。
しかし、陰の気が相手ならこれが使えそうだ。俺は小袋からタネをいくつか取り出した。




