後
お待たせ致しました。
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その後、自治会の人達がユリカを連れて行ったから詳しい処遇は知らないけれど、おそらくわたしはもう一度彼女と会うことはないだろう。そして今はユリカのことよりも重要なことが目の前に立っている。
「さて、サシャ。聞きたいことがあったら何でも答えてあげるよ。何かある?」
エリカはそう言ってまたわたしの頭を撫でる。目の前の男性が本当にエリカなのだということは理解できているけれど、なんだか一枚薄い膜を通しているかのように思考がおぼつかない。
「……エリリエカって女性名だけど、本当の名前は別にあるの?」
本当に聞きたいことがまとまらなくて、そうでもいいことを尋ねるわたしに、エリカは微笑みながら答えてくれる。
「陛下と宰相には事情を伝えてあるとはいえ、書類上は女性だからね。ない、と言いたいところだけれど、母上としては一応『エリオット』って名前を考えていたらしいよ。問題も片付いたし、今後はエリオットってことになるかもね」
「それじゃあもう『エリカ』って、呼べないね」
『エリカ』はわたしの中で特別な名前だ。初めて呼んだ人の名前であるし、今までの人生で一番多く呼んだ名前でもある。初めてできた、世界で一番大切な人の、名前。それが呼べなくなるのは少し寂しい。そして、『エリカ』が『エリオット』になる。それはただ呼び名が変わるというだけではないのだろう。今まで多少のやっかみを受けつつも彼の傍にいて、彼の名前を呼べていたのは、彼が女性として振る舞っていたからだ。本来の姿を取り戻した彼の隣は、もう。
俯いてしまったわたしを覗き込むように片膝を着いたエリカ……エリオットがそっとわたしの手を取って微笑みかけてくる。顔立ちだけなら冷たくさえ見えるのに浮かべる表情が柔らかくて、わたしはこの人のそんなアンバランスさも好きだったことに気付かされた。
「ねえサシャ。本当はね、叔父上の問題を片付けるだけならもっと早く戻ってこられた。でもどうしても片付けなければならないことがあったから」
「……?」
「少し長いけど、聞いてサシャ。私はこれから正式にリングラート家嫡男として生きていく。侯爵家を継ぐということで様々な柵がでてくるだろう。今までより自由は制限されるし、果たすべき義務、負うべき責任が多くある。だけど私は、それを一人で抱えたくないんだ」
わたしの知っているエリカは、いつだって自分で道を切り開いて行く人だった。背筋をピンと伸ばし、下を向かず、颯爽と歩いていた彼女、いや彼は、今は少し頼りなげで、困ったように眉尻を下げていて。
「……サシャは私のこと聖人君子のように扱うけれど、全然違う。君を助けたのだって本当にただの気まぐれだった。初め警戒した子猫のようだった小さな君が、親の後ろを着いてまわる雛鳥のように私を慕ってくるのが段々心地よくなって、どんどん抜け出せなくなっていった。君にとって絶対の存在であること、君に必要とされることで、私は自分の存在を確認することができた。偽りだらけの私を真っ直ぐ見つめてありのまま好いてくれた真っさらな君に、私は救われていたんだ」
とても幸せそうな、それでいて苦しそうな顔でわたしを見つめるその目に、熱が点る。……怖くて、今まで見て見ぬ振りをしてきたその熱に、捕われる。
「サシャ。サリーシャ。好きだ。愛している。まだ十五年しか生きていない若輩者の愛の言葉なんて信じられないかもしれない。信じなくてもいい。それでも私はもう、君を手放せない。私と共に、私の隣で、生きて欲しい。残りの人生全て私に預けてくれないか」
ああ、なんてことだろう。わたしはエリオットが好きだ。大好きだ。わたしの中にある『愛』は、全て彼に向かっていて、それは親愛であり友愛で、そして恋愛でもある。わたしはエリオットが好きだ。彼になら何をしたって、何をされたっていい。刷り込みだって、一目惚れだって、なんだっていいのだ。その関係が家族だろうと友人だろうと恋人だろうと、なんだっていいのだ。
「エリカ、いえ、エリオット。……貴方は馬鹿だね」
不安そうに、それでも逸らされることのない潤んだ紫の瞳が無性に愛しくて、そっと瞼に唇を落とす。
「わたしの体も心も命も全部全部、とっくの昔に貴方に捧げているんだよ。貴方が捨てないでいてくれる限り、わたしは貴方のもの。貴方がわたしの名を呼んで、手を引っ張ってくれたあの時からずっと、貴方のサシャなんだよ」
言葉が切れた瞬間、わたしの体はエリオットの腕の中に引き込まれていた。微かに震える彼の腕に気付かない振りをして、そっと胸に頬を寄せる。きっとこの場所に留まるためなら、わたしはなんだってできる気がした。
「ソルヴィエラ家には話を付けて来た。もう今後一切君に干渉しないと約束させた。君はこの後、箔付けの為に一度ダズリア家の養子になる。会長の家は公爵だし、本来なら無茶苦茶なお願いなんだけどね、今回の騒動を上手く処理することを条件で許可して貰った」
「会長の義妹になるのね」
「私より先にアリエラ会長とサシャが家族になるなんて、少し嫉妬してしまいそうだ」
「わたしがなりたいのは義妹ではなくて、ずっと貴方の隣にいられるような関係だよ。だから、早く迎えに来てね?」
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ユリカが魔力封じの処置をされた上で退学処分になってから、学園は元に戻った、と言いたい所だけれど、少し変わった所もある。
まず、エリオットが男だということが公表された。本人の『お願い』や『脅し』でそこまでひどい騒ぎにはならなかったが、廊下を歩く彼は注目の的だ。
そして、わたしが学園自治会庶務に就任した。長い間欠けていたその地位にわたしを据えるという話は教員内では前からあったらしいのだが、わたしの生まれやエリオット関係でそれなりに権力のある家の生徒の反感を多く買っているということで、一悶着あることを恐れてなかなか踏み切れなかったらしい。この度めでたく会長の義妹に収まりエリオットの婚約者として発表されたことで、表立って喧嘩を売るような者たちもいなくなったので、安心して能力的に申し分無いわたしが就任した。
わたしとしてはより長くエリオットといられるので万々歳だ。
「サリーシャ、明後日の会議の資料まとめ終わったか?」
「はいお義兄様。どうぞ」
「やっとサリーシャちゃんが会長のこと『お義兄様』って呼ぶのに慣れて来たよ〜」
「エリオットの顔が恐いのにも慣れました」
そして今は自治会室で仕事中だ。アリエラお義兄様ともなかなか上手くやっていると、思う。ユリカの魅了魔法にかかってさえいなければ、お義兄様は出来た人なのだ。……そういえば、気になっていたことがあった。
「ねえエリオット。ユリカが先輩方に魅了魔法を掛けていたとき、わたしが傍にいると少しだけ効果が弱まっていた気がするのだけれど、どうしてかわかる?」
アリエラお義兄様と無言で睨み合っていたエリオットに前から疑問だったことをぶつけてみる。すると、とても良い笑顔で教えてくれた。
「それはたぶん私があげたお守りのおかげだと思うよ」
「お守り?」
そう言われて、服の下から綺麗な紫色の石の付いた首飾りを取り出す。わたしとエリオットが出会って一年程過ぎた頃、彼からお守りといってこの首飾りを渡されたことを思い出した。
「それにはこれでもかと自己防衛機能のある防御魔法を掛けてあるから。サシャの周囲の害意ある魔法は無効化するようになっているんだよね」
「……それ、お前の魔石だろ……?一応学園上位の俺達でさえかかった魔法に対抗するとか、どれだけ強力なの込めてるんだよ……」
魔石とは、本人の魔力を具現化、凝縮して固めたものだ。造るのにはそれなりの時間と技術と根気がいる、らしい。
「それだけサシャが大事だってことだから」
そういって微笑んでくれるエリオットはもう女性には見えない。成長期を迎えて伸び始めた身長はまだまだ大きくなるだろう。
わたしは、この人の隣で生きていくのだ。伯爵家で下女のように扱われ、学園でも異端児だったわたし。それを、エリカが救ってくれた。これからもずっとエリオットと共に過ごせれば、それでいい。ずっと、近くで、貴方と。
あっさりと完結です。以下、少し人物紹介。
サリーシャ=ソルヴィエラ(→ダズリア→リングラート)
それなりに恵まれなくて、それなりに救われた子。かわいい系。エリカ好き好きなのは刷り込みと実は一目惚れも少し。女性の姿だったから無意識に思いをすり替えていた。エリカのことを若干神聖視しているけれど、これからどんどん俗物的なエリオットにその認識は覆されて行くことでしょう。でも結局はどんなエリオットだって大好き。
エリリエカ(→エリオット)=リングラート
女性として生活させられ、鬱屈としていたところで気まぐれに拾った子猫に夢中になってしまい、自分の境遇とかどうでもよくなった。美人。ヤンデレの気質アリ。割と普通の男の子。貴族の義務はしっかり果たします。何年も一緒にいて、だんだん骨格も変わってきているのに自分の性別に気付かないサシャかわいい。
アリエラ=ダズリア
本来は真面目で少し俺様だけれど周りの意見はきちんと聞くいい人。学園でもトップクラスの実力なのに一点特化とはいえユリカの魅了魔法に負けたの実はすごく悔しい。サリーシャのことはなんだかんだきちんと可愛がる。サシャがエリオットと結婚するときは泣いちゃいそう。自分より自分の妹の方が義妹と仲良くなって少し複雑な兄心。
ユリカ=コールトン(リンギート)
本名、大橋優里花。異世界トリップだけどあんまりそういうのに興味なかったから何がなんだかって感じに戸惑っていたけど、お約束として美形が多いこの世界最高って思って好き勝手をして報いを受けた人。もともとかなり尻軽な女子高生。清楚系ビッチ。
このあとは路頭に迷ってお腹空かせている所でお人好しで穏やかで暖かくて、ときにきちんと叱ってくれる平凡な容姿の花屋さんとくっついたとかくっつかないとか。
シーレアス=ヒューリー
もはやモブ。礼儀正しい敬語キャラ。
ライリール=ジェノシズ
もはやモブその二。弟系素直キャラ。
勢いで書き上げたので拙い部分が満載ですが、お読み頂きありがとうございました。




