第六話 餌付けするのはやめたまえ
──切り立った山の麓、絶壁の岩肌にぽっかりと大口を開けて佇む洞窟がある。
それは、『イルトロール洞窟』である。
ヒルデは洞窟周辺の草原にある岩の影に身を潜めていた。
「見てヴェルちゃん。あれが『イルトロール洞窟』だよ。あの洞窟にはね、『洞窟の主』が住んでるっていう噂があるんだ」
【ほう……洞窟の主狩りか。やっと冒険らしくなってきたではないか……】
「まっさかー! 洞窟には入らないよ。近くにいるコウモリを狩るだけだから」
【……なんだと。貴様には冒険心という概念が無いのか? 】
「無いよそんなの! アタシはただの行商人だもん!」
【ふんっ……つまらぬ……】
『魔剣ヴェルサレス』は不貞腐れている。
「ほら、見て。入り口のところ、コウモリが何匹も飛んでるでしょ。あれをやっつけるんだよ!」
【言っておくが……我はあの様なザコ共は斬らんぞ……】
「わかってるよ! ヴェルちゃんなんて当てにしてないもんねー!」
ヒルデは魔剣を岩に立てかけると、近くに止めてある行商車へ走った。
【お得意のパチンコでも使うのか? 】
「それはヴェルちゃんが壊しちゃったでしょ! んもう……あれがあれば楽だったのに!」
ヒルデは膨れっ面で荷台を漁る。
しかし、目当ての物を見つけた途端ニヤリと笑った。
「えへへー! アタシね、ヴェルちゃん対策ちゃんと考えてるんだよ。じゃーん!」
ヒルデは棒状の何かを掲げた。
「ご〜ぼ〜う〜!」
【…………ヒルデよ。貴様、血迷ったのか? 】
「え、何で? このごぼう、すっごい固いんだよ!」
そう言いながらヒルデは剣道の様にごぼうを振り回す。
ビュンッ! ビュンッ! と鋭く風を切り裂く音が響いた。
「ね? 強そうでしょ? し・か・も〜、食べ物だからヴェルちゃんの魔法でも壊せませーん!」
【だからと言って……そのような食物を武器にするなど……】
「大丈夫! あとでおいしく頂くから!」
【そう言う問題ではない……】
「まぁ見ててよ! やっつけてくるから!」
ヒルデはごぼうを構えながら、コウモリの集団目掛けて突っ走った!
『魔剣ヴェルサレス』は遠目から眺める。
「おりゃー!」
ビュンッ!
「とぉー!」
ビュンッ!
「わぁ! なかなか当たらないや!」
「えいっ! とおっ!」
ビュンッ! ビュンッ!
「んもう! よけるなー!」
「あっ、こら! ごぼう齧らないで!」
「えーん! ヴェルちゃん、コウモリにごぼう齧られたー!」
【………………】
「あれぇ!? なんかいっぱい集まってきてない!?」
「ちょ、やめてよ! どうしたの? もしかして……みんなごぼう好きなの!?」
──数分後、ヒルデはコウモリの大群に追いかけ回されていた。
「ぎゃあああああーー! ヴェルちゃん助けてー!」
【……貴様は馬鹿なのか? 】
その時、一人の青年が現れ、コウモリの群れに斬撃を繰り出した!
ズバァッ! と大量のコウモリが斬られ、残ったコウモリ達も慌てて逃げていく。
沢山の『コウモリの羽』が空中に舞う中で青年は振り返った。
「少女よ、怪我は無いか?」
「あ、ありがとうございます……あれ!? あなたは──アッシュ王子!?」
ヒルデは驚く。
その青年はアルデリタ王国の王子、アッシュであった。
「いかにも、僕はアッシュである。少女よ、こんなところで何をしているのだ?」
「えっと、コウモリを狩りに……」
「コウモリ狩り? 武器も無しでか?」
「え? いや、武器はこれ……です」
ヒルデはゴボウをアッシュに見せる。
「……え? は? ゴボウ?」
そう言うと、アッシュはしばらく黙り込んでしまった。
あまりにも意味不明なので理解が追いつかない様だ。
「な、なぜゴボウ……いや、それはまぁいいとして、この場所でコウモリを狩るということは、あの洞窟に用があると言うことだな?」
「え? いや、ただコウモリを狩ろうとしただけで──
「良いだろう! その様な意味のわからぬ装備では危険であろう。僕も洞窟へお供しよう!」
アッシュは人の話を聞かないタイプの様だ。
「ええ……? 一緒に行ってくれるの? いいの?」
「ああ、遠慮はするな。ここで会ったのも何かの縁であろう」
「や、やったー! ちょっと待ってて!」
ヒルデは岩に立てかけられた『魔剣ヴェルサレス』に駆け寄る。
「ねぇ、ヴェルちゃん、洞窟行けるよ! やったね! 良い素材拾えるかも!」
【奴は何者なのだ……】
「知らないの? アルデリタ王国の王子様だよ!」
【王子? ふむ……思い出したぞ。あの時の、手汗の王子ではないか……】
「あはは! 手汗の王子? なにそれー」
【くっくっく……なかなか一丁前に育っているではないか。どれ……その実力を見せてもらうとしよう】
「うん! 王子様が一緒なら心強いね!」
ヒルデは魔剣を背中に装備すると、アッシュの元へ走った。




