第三十話 いざ冒険者ギルドへ!
茶屋の湯気がふわりと立ちのぼる。
ヒルデは湯呑みを両手で包みながら、小さな声で話し始めた。
「……ねぇ、ミカ。今回モルトレンに来たのは──魔王城へ行くためなんだ」
「ま、魔王城?」
ミカが目を丸くする。
「そう。そのために、まず“アンダースロウ渓谷”を抜けて行きたいの!」
【なんだその下投げの様な名前は。“サンダーホロウ渓谷”だ】
ヴェルサレスが即座に訂正する。
「あ、そうそう、それ!」
ヒルデは笑って誤魔化す。
「それでね。その先に“魔封剣ネメシス”があるって聞いたの。
もしそれが本当なら……ママの“呪い”を、解けるかもしれないから」
その声には、少し震えが混じっていた。
ミカは息を呑み、目を細める。
「ママの……呪い?」
「うん。ママはね、昔、魔王軍に呪いをかけられて……それからずっと体が悪くて。
今も王都の病院で寝たきりなんだ」
ヒルデは湯呑みを見つめながら、ぽつりと続けた。
「でも、“魔封剣ネメシス”は“すべての魔の力を打ち消す”って言われてるの。
もしその力が本当なら、ママの呪いを消せるかもしれないって……」
ヒルデは言葉を詰まらせ、目を伏せたままミカの顔を見れずにいた。
ミカの額を、一筋の汗が伝う。
「……待てよ、ヒルデ。気持ちは分かるよ。
けどさ──一人で魔王城なんて、無茶すぎるだろ?」
「一人じゃないよ!」
ヒルデは顔を上げ、ぱっと笑った。
「一緒に来てくれる仲間ができたんだ!」
「仲間? 何人?」
「えーっと、二人! それにヴェルちゃんもいるし!」
【ふふん。我がいれば千人の兵より頼もしい】
ヴェルサレスが得意げに言う。
「……三人パーティかよ」
ミカがため息をつく。
【貴様、今我を人数に数えなかったな? 】
ムッとする魔剣を無視して、ミカは話を続けた。
「とにかく、そんな少人数じゃギルドの申請は通らねぇよ。
“渓谷”は、たぶんS級レベルの危険地帯だし」
「えっ……そんなに難しいの? じゃあ、どうすれば……」
「まずはクエストを受けて実績を作れ。パーティのランクを上げて、信頼を積むんだ」
ヒルデは目をぱちくりとさせる。
「……クエストかぁ」
「ま、言われても分かんねぇよな。──仕方ねぇ、手伝ってやるよ」
「えっ!? ミカ、協力してくれるの!?」
「ああ。ここで引き下がったら、勇者の名が廃るだろ」
「えへへ、やった! ありがとー!」
ヒルデは席を立ち、ミカの両手を掴んでぶんぶん振る。
「ちょ、ちょっと! やめろって!」
ミカの顔が、みるみる真っ赤になった。
【ほう、貴様まで火山の真似か? 】
「うるせぇっ! 魔剣!!」
◇◇◇
そのころ──。
レイナとアッシュは、一足先に“冒険者ギルド”へと到着した。
大理石のような壁と、鉄と革の匂い。
昼下がりのギルド内は、掲示板の確認やクエストの受注を待つ冒険者たちで賑わっている。
そんな中、重い扉が勢いよく開かれる。
バァンッ!
「たのもーっ!!」
場の空気が一瞬で凍りついた。
全員の視線が、一斉に入口へと向けられる。
背筋をピンと伸ばして立つ──アッシュ王子。
「ちょっ……! 道場破りじゃないんだから!」
レイナが顔を赤らめて制止する。
「ふふ、レイナ殿。こういう場では堂々と立ち振る舞うものだ。恐縮していては、通る申請も通らんぞ!」
アッシュは意気揚々とカウンターへ向かっていく。
レイナはその後ろをコソコソとついていった。
「僕達は“サンダーホロウ渓谷”への通行許可証を申請したいのだが、用意して頂けるかな?」
飛び切りのスマイル。
王子スマイルである。
「……え、えっと、サンダーホロウ……ですか?」
受付嬢は引きつった笑顔で返した。
「あの……失礼ですが、本気でおっしゃっているんですか?」
「当たり前だ! 冗談でそんなこと口にせん!」
胸を張って即答する。
その瞬間、背後から失笑が漏れた。
「ふふ、サンダーホロウだとよ……」
「死にたがり? 世間知らず?」
「どうせ女の前で格好つけたいだけだろ」
嘲りの声が次々と飛ぶ。
レイナはため息をついた。
「笑われてるわ、王子……」
「ふん、笑わせておけ。どうせ何も成せぬ“冒険者崩れ”だろう!」
アッシュは鼻で笑う。
その一言に、ギルドの空気がピシッと固まった。
ドスッ──と、重い足音。
ひときわ大柄な男が椅子を蹴って立ち上がる。
肩幅が広く、腕は岩のように太い。
腰には戦斧。見るからにベテランの冒険者だった。
「よう、兄ちゃん……今のセリフ、聞き捨てならねぇな」
男はアッシュを見下ろし、ギロリと睨む。
「なんだ? 君は審査員か何かかな?」
余裕の笑みで返す。
「ちげぇ。俺はこのギルドのBランク冒険者、ドランだ。
お前……ランクは?」
「ランク?」
アッシュは小首を傾げた。
「ランクなど知らん」
その言葉に、ギルド中から笑いが爆発した。
「ぶははははっ! ランク外じゃねぇか!」
「まさかのノーライセンス!」「まだ観光客のほうがマシだぜ!」
アッシュは不思議そうに首をかしげる。
「なぜ笑う? “王子ランク”では不服か?」
「はぁ? 何がプリンスだ? 圏外野郎、あんまりふざけた事を抜かすな!」
ドランがアッシュの胸ぐらを鷲づかみにした、その瞬間だった。
「──無礼者」
ドランの手首は高々と天へ捻り上げられていた。
ドランの唸り声がギルドの中に響く。
「ぐっ……な、何だ、この力……!」
「我が国であれば、それは重罪行為であるぞ」
アッシュは微笑を崩さず、手首をぐいっと円を描くように回した。
その瞬間、ドランの巨体が浮かび上がり──。
ドガァッ!!
鈍い音とともに、男の体が後方の木箱へと叩きつけられた。
箱が砕け、木片が宙を舞う。
冒険者たちは誰一人として声を出せなかった。
静寂が、ギルドを包み込む。
アッシュは裾の埃を払いながら微笑んだ。
「ふふ、理解したか? これが王子ランクだ」
レイナは額を押さえ、深くため息を吐く。
「まずいわ……申請許可どころか、出禁になりそう」




