第二十八話 再び!火山の麓の街モルトレン
──ここは火山の麓にある街、モルトレン。
溶岩流に鍛えられた黒い岩で築かれた街並みに、冒険者たちが各地から集まってくる。
街の中央には『冒険者ギルド』がそびえ、昼夜を問わず賑わいを見せていた。
ヒルデ一行を乗せた馬車は、赤茶けた岩壁に囲まれた街の入り口付近へと差し掛かっていた。
「わー、また来たねぇ。モルトレン!」
ヒルデが嬉しそうに声を弾ませる。
「何? あなた前に来たことあるの?」
レイナは流れ込んでくる熱風を鬱陶しそうに扇子であおぎながら尋ねた。
火山帯の熱気と独特な硫黄の香りが鼻につく。
「うん! 溶岩魔神をやっつけに来たことがあるの!」
「え? 溶岩魔神? 超ボス級モンスターじゃないの。無謀なことするわね……」
レイナは呆れたように眉をひそめる。
「えへへ! 怖かったけど大丈夫だったよ! 最後は一緒に温泉に入ったの!」
「えぇ……? 温泉? 何言ってるの……」
レイナがぽかんと口を開けた。
「はははははっ! それは傑作だな、ヒルデ!」
アッシュ王子が豪快に高笑いを上げる。
レイナはため息を吐き、胸元をばさばさと仰いだ。
「はぁ……それにしても、ほんと暑苦しいわね」
「暑い? アッシュ王子が?」
ヒルデが首をかしげる。
「な、何を言うか! この街のことだろう! 火山帯の熱風が吹き下ろしているんだ!」
アッシュが慌てて否定する。
「まぁ……両方よね」
レイナはアッシュをも一瞥もせず、ぼやくように吐き捨てる。
「な、なにぃ……!」
アッシュは肩を落とし、ズーンと沈んだ。
「あはは! アッシュ王子、可哀想!」
ヒルデが小さな手で、よしよしと王子の頭を撫でてやる。
「くっ……! 少女に同情されるとは……」
アッシュは顔を上げたが、その表情はどこか涙目だ。
ヒルデの無垢な優しさは、かえって王子のプライドに余計な傷を刻んだ。
── 【ところでレイナよ。呪剣を持っていない様だが、どうしたのだ? 】
魔剣ヴェルサレスがふいに尋ねる。
「ああ、ソウルイーターちゃんね。ちょっとお留守番よ」
レイナは軽く肩をすくめて答えた。
【くっくっく……ついに呪剣の呪いが、手に負えなくなったか? 】
鼻で笑うように嫌味を言うヴェルサレス。
「違うわよ!」
レイナが即座に噛みつく。
「あなた、武器破壊魔法を使うんでしょう? 危なっかしくて持って来られるわけないじゃない!」
【ほう……なるほど、我の力を恐れたか】
ヴェルサレスの声はどこか誇らしげだった。
◇◇◇
そうこう話しているうちに、馬車は街の門をくぐった。
街に入るとすぐ、手綱を握るガダン大臣が眉をひそめた。
「……アッシュ王子、これは妙ですな」
「ん? どうした、ガダン」
アッシュは荷台から身を乗り出して尋ねる。
ガダンはキョロキョロと周囲を見回しながら言う。
「冒険者が集う街と聞いていたのですが……」
その言葉通り、モルトレンの様子はヒルデが訪れた時とはまるで違っていた。
街の入り口には、異様なまでにずらりと並んだ土産屋。
路地は観光客であふれ返り、熱気と喧騒に包まれている。
「な、なんと……これが冒険者の街? 噂とは大違いではないか」
アッシュは呆気に取られた表情で目を瞬いた。
そのとき、威勢のいい呼び込みの声が響く。
「はいはい! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 溶岩温泉名物の“火山まんじゅう”だよぉ!」
「お土産にどうだい!? 熱々ホカホカ! 舌を火傷しても知らないぜ!」
「わぁぁ……観光地になっちゃってる……」
ヒルデは両手で頬を押さえて目を丸くする。
「なによ。早々に拍子抜けしたわ」
レイナは気怠そうだ。
「ねぇ! ねぇ! お土産屋さん、見てきていい!?」
ヒルデは嬉しそうに目を輝かせ、ぴょんぴょん跳ねている。
まるで本能で惹かれるかのように、商人の血が騒いでいるのだ。
「ふふ、良いわよ。私たちは先にギルドへ行っておくから」
レイナは苦笑しつつ、片手をひらひら振った。
「わーい! ヴェルちゃん行こ! 火山まんじゅう食べよっ!」
ヒルデは魔剣を抱えたまま、勢いよく馬車から飛び降りる。
【こ、こら! 貴様、雑に扱うな! 】
ヴェルサレスの抗議もヒルデの耳には届いていない様だ。
「気をつけるのだぞ、ヒルデ!」
アッシュは心配そうに声をかける。
「はーーーー……」
“い”が聞こえないほどの駆け足で、ヒルデは雑踏へと消えていった。
「……もういないわよ」
レイナが扇子で頬を仰ぎながら呆れ声を漏らす。
「ははは! なんとも騒々しい!」
アッシュは高笑い。
「……ったく。無邪気なんだから」
レイナも呆れるように笑った。




