第二十五話 アッシュ王子、困惑する
客間へ通されたヒルデ一向はアッシュへ要件を説明した。
サンダーホロウ渓谷へ行く為に、ギルドへ通行書の申請をしたいこと。
そして、魔王城へ潜入して魔封剣ネメシスを手に入れたいこと。
結果、場の空気はずーんと張り詰めている。
「つまり、目的は一つ。魔封剣ネメシスを探しに“魔王城”を目指す。それが私たちの計画よ」
レイナが要件を締めた。
「…………」
アッシュ王子は顔から血の気が引いている。
唇を引きつらせ、無理やり作った笑顔はどこか頼りない。
「そ、それは……へぇ。すごいな……ま、まさか……ま、魔王城へ……」
明らかに声が上ずり、視線が泳ぐ。
「えっとね、アッシュ王子……」
ヒルデが慌てて助け舟を出す。
「魔王城が無理なら……ギルドで一緒に申請してくれればそれでいい! あたしたちは許可がもらえればいいし、魔王城まで来なくても大丈夫だから!」
「…………」
アッシュは黙り込んだまま。
指先を組み合わせ、額に汗を浮かべ、どう答えればいいのか分からないといった様子で俯く。
沈黙を切り裂くように、レイナがぽつりと呟いた。
「……まぁ、これが普通の反応なのよ。魔王城へ行くなんて、正気の沙汰じゃないもの」
ヒルデは不安げにアッシュを見つめた。
王子はうつむいたまま拳を握りしめ、声を発することすらできなかった。
その時、ヒルデの隣に置かれていた魔剣ヴェルサレスがふわりと宙へ浮かび上がった。
【ふん。一国の王子たるものが、震えて口も開けぬとは情けない……】
低く鋭い声が、部屋の空気を一変させる。
「……っ」
アッシュは顔を上げた。思わず背筋が伸びる。
「魔剣よ、君の声を聞くのは久しぶりだな。だが、僕はこの国を守る使命があるんだ。魔王城へ行くなど……」
【国を守りたいのであれば、危険をも恐れぬ“器”を国民へ示すべきではないか】
「ぐっ……器……」
アッシュの瞳が揺らぐ。
【目の前の少女ひとりも助けられぬ者が国を守るだと? ……片腹痛いわ】
ヴェルサレスの声は厳しく、熱を帯びていた。
ヒルデもレイナも思わず言葉を失い、じっと王子を見つめる。
アッシュの拳がわなわなと震える。
「確かに……僕は、アルデリタ王国の王子だ! 弱き者を守る者だ! ここで背を向けては──」
「王子! 一体何を言おうとしているんですか!」
ガダン大臣がすかさず割って入った。額には汗が滲み、声は必死だった。
「魔王城など……そんな場所へ同行など、絶対に許されませんぞ! あなたは国民の希望です! この国を見捨てるおつもりか!」
その声音には、王子を止めようとする強い意志が滲んでいた。
「いや、しかし……その……」
アッシュは再びごにょごにょと口ごもる。
「もうやめよう。ね? アッシュ王子が可哀想」
ヒルデが一同をキョロキョロと見渡す。
【フハハハ! 少女に同情されるとは、滑稽であるな! 】
「ちょっとヴェルちゃん、あなた性格悪いよ! 」
アッシュは「ふぅ……」と一息を漏らす。
直後、表情が引き締まった。
それはある種、決意を固めた様にも見える。
「……君も一緒に行くのか? 魔王城に」
アッシュの問いかけは、正面に座るレイナへ向けられていた。
「私? 当たり前でしょ。だからヒルデと一緒にいるのよ」
レイナは淡々と返す。
「……恐くは、ないのか?」
「そりゃ怖いわよ」
レイナは即答する。
「でもね、私の人生に“後悔”という烙印が刻まれる方がもっと怖いわ。一生つきまとうもの、その烙印は」
──ドォンッ!
アッシュは雷に打たれたかのように固まる。目を見開き、息を呑む。
「……は? なに? 聞いておいて黙らないで」
レイナが苛立たしげに眉をひそめる。
その直後、アッシュが唐突に身を乗り出した。
「聞かせてくれ……レイナ殿!」
「な、なによ?」
「好きな男性のタイプは!?」
「……………………」
その瞬間、部屋は時が止まったかのように静まり返った。




