第二十四話 その刺繍はやめたまえ
──アルデリタ王国の堂々たる城門前。
槍を持った門兵が二人、直立不動で立っている。
ヒルデは躊躇なく門兵に駆け寄る。
「すいませーん! アッシュ王子に会いたいんですけど!」
ヒルデが門兵二人を交互に見上げる。
「……ああん?」
門兵が片眉を上げる。
「あたし、ヒルデ! アッシュ王子の知り合いなんだよ!」
「はいはい、お嬢ちゃんはお家にお帰りー」
門兵が手で追い払う仕草をする。
「えぇー!? 何で!? 信じてくれないの!?」
レイナが横から口を挟む。
「ねえアンタたち、子供相手だからってなめてるでしょ。さっさと王子を呼びなさいよ」
「お嬢ちゃん達、ここはお城なんだよ? 駄菓子屋じゃないの。王子様はお忙しいんだ。そんな“遊びに来ました”みたいに気軽には会えないの」
「遊びじゃないもん! 大事な相談なんだから!」
「はいはい、みんなね、そう言うの。王子に会いたくてね」
門兵はわざとらしく肩をすくめる。
「ほんとだもん!」
ヒルデが地団駄を踏む。
◇◇◇
門兵がヒルデ一向を足止めする最中、城門から本城へ続く緑の大路から慌ただしい声が聞こえてきた。
「アッシュ王子! お待ちくだされ!」
側近のガダン大臣が必死に叫ぶ。
「はははっ! 遅いぞガダン!」
王子の朗々とした声が響く。
次の瞬間、白馬に跨ったアッシュ王子が参道の白いアーチから颯爽と現れる。
「見よ! この馬を! 気高く白き毛並み、堂々たる姿! まさに私の相棒に相応しいではないか!」
……と胸を張った瞬間。
「むしゃむしゃ」
白馬が門の脇に生えた草を食み、ぴたっと足を止めた。
「お、おお!? 待て──」
ドンッ!!
白馬が急停止した拍子に、アッシュ王子は見事に前方へ吹っ飛んだ。
砂埃を上げて地面を転がるアッシュ王子の元へ門兵たちが慌てて駆け寄る。
「お、王子ーー!!!」
砂埃が立ちこめる中、王子がむくりと立ち上がる。
「案ずるな! こんなもの、想定の範囲内だ!」
堂々と胸を張って宣言する王子。
……が、その膝はガクガクと小刻みに震えていた。
「お、王子! 膝が震えておりますぞ!」
ガダン大臣が蒼白な顔で叫ぶ。
「ふん! 膝など震えてはおらん!」
必死に膝に手を当て、強がるアッシュ。
その瞬間──
白馬が「ヒヒーン!」と嘶き、別の方角へ勝手に走り出した。
王子の足に絡まった手綱がビンと引っ張られる。
「な、なんと!? 手綱が絡まっ……ぐはぁっ!」
王子は再び地面に倒れ、そのままズルズルと引きずられていく。
「うわぁっ! 引きずられてます王子!」
門兵たちが悲鳴を上げる。
「ほげぇーーー! あ、、案ずるな! 引きずられてなどおらんッ!!」
砂煙にまみれながらも、なぜか誇らしげに叫ぶアッシュ。
◇◇◇
門の前でポカンと眺めるヒルデ。
「……またほげぇって言ったね」
【やはり、奴は“ほげぇの王子”であるな】
「……おい、本当に頼って良いのか? “アレ”を」
レイナは呆れたように眉間にシワを寄せる。
「だ、大丈夫だよ! アッシュ王子は……た、多分!」
ヒルデだけが必死にフォローしようとしていた。
「とにかく……見てられないわ」
どさくさに紛れて敷地内へ潜入したレイナは腰の短剣を抜き、ひらりと投げ放つ。
鋭く刃は走り、王子と馬を繋ぐ手綱を正確に断ち切った。
ゴロゴロと転がったアッシュがようやく解放される。
「ふぅ……なかなか……楽しい余興であったな。ぜぇぜぇ」
立ち上がるも、服は土まみれ、髪はボサボサ。
「アッシュ王子! お久しぶりです!」
ヒルデが駆け寄る。
「おお、君は……魔剣を操る少女。ヒルデ、ヒルデではないか!」
歯がキラリと光るほどのとびきりスマイル。
「……よくそんな状況で格好つけれるわね」
レイナがぼそりと呟く。
ヒルデは意を決して口を開いた。
「あの……ちょっと相談したいことがあるの」
「うむ! 以前、洞窟で救われた身だ。君の頼みなら喜んで聞こう!」
そして、ガダンへ一喝。
「ガダンよ! この客人達をもてなすのだ! 客間へ案内せよ!」
「は、はぁ……」
ガダン大臣は一瞬呆気にとられたが、すぐに肩を落として溜息をついた。
「……まぁ、外に飛び出されるよりは良いでしょうな」
颯爽と踵を返したアッシュ王子は、声を張り上げる。
「ようこそ! アルデリタ城へ!」
自信満々に歩みを進めた、その瞬間――。
ブチッ。
一連の騒動で劣化したベルトが切れ、王子のズボンがするりと腰からずり落ちた。
「ぬわぁあああっ!!」
慌てて両手でズボンを引き上げるアッシュ。だが、その一瞬だけ、白地の下着があらわになった。
そこには大きく「ASH」と文字が刺繍されていた。
「ぶははははっ!! ア、アッシュ王子、それ何ぃ!? おもしろすぎるよぉ!」
ヒルデは腹を抱えて転げ回る。
「な、なによこれ……な、何なのよ、この人……!」
レイナは顔を赤らめ、呆れ半分、羞恥半分の声を漏らす。
【こやつ、間抜けさが突き抜け過ぎて……あだ名が追いつかぬわ……】
ヴェルサレスは深々とため息をついた。




