第二十話 よだれをかけるのはやめたまえ
ヒルデの行きつけの骨董品屋。
その店の扉を勢いよく開け、ヒルデが手紙を掲げながら駆け込んできた。
「マスター! ねぇねぇ! これ読んで!」
「ん? なんじゃヒルデ? 騒々しいのぅ……」
カウンターの奥から、マスターが顔を上げる。
ヒルデの手には、一通の封筒。病院の名前が記されている。
難しい字が読めないヒルデは、いつもこうしてマスターに読んでもらっていた。
「ねぇ! ねぇ! なんて書いてある? ママに会える?」
マスターは黙って封を切り、手紙を黙読する。──そして、わずかに眉を寄せると、深いため息をついた。
「……ヒルデ、今から病院へ行くよ」
「えっ?」
曇った表情を見て、ヒルデの胸に不安が広がる。
「どうしたの? マスター? ママに……何かあったの?」
少し躊躇いながらも、マスターは言った。
「ヒルデ、君のママの容態が悪化した様じゃ……」
「……妖怪がハッカー?」
聞き慣れない言葉に首を傾げるヒルデ。
だが、マスターには笑って返してやる余裕すらなかった。
「行こう。私の車に乗りなさい」
ヒルデは戸惑いながら、背中の魔剣ヴェルサレスに問い掛ける。
「ヴェルちゃん、妖怪がハッカーって何?」
【容態が悪化だ。それより、急いだ方が良いのでは無いか? 】
◇◇◇
ブリキ仕掛けの自動車が、町外れの舗装路を走っていく。
後部座席では、ヒルデが緊張した面持ちでうつむいていた。
急な展開に困惑する魔剣ヴェルサレス。
【ヒルデよ……貴様の母親の話は初耳だ。なぜ言わなかった? 】
背中の声に、ヒルデはぽつりと呟いた。
「……ごめんね」
◇◇◇
病院に到着すると、ヒルデは一目散に母の病室へと向かった。
病室に駆け込んだヒルデを見送り、マスターは静かに待合室の椅子に腰を下ろす。
隣には、ソードベルトごと着脱された魔剣ヴェルサレスがたたずむ。
「魔剣よ……聞こえておるか?」
ふいにマスターが口を開いた。
【ああ、聞こえているが……何なのだ? この状況は】
「ヒルデの母親はな、もう何年も病と闘っておるんじゃよ」
【……なんだと? 】
「病気は、謂わゆる“呪い”の類いでな。毎月毎月、処置をせんと徐々に衰弱していくんじゃ」
【呪いか……素材集めと商売は、その費用を稼ぐ為と言う事か】
「そうじゃ。覚えているかの? ヒルデが君を店に突き返した時があったろう?」
【ああ……初日にな。しかし、ヒルデはすぐに戻ってきた】
「うむ、ヒルデはな。知ってるんじゃよ。一人にされる寂しさを。置いていかれる恐さを。だから、すぐにお前さんを取りに戻ってきたんじゃろう」
魔剣ヴェルサレスは、言葉を失った。
「あの子は強い子じゃよ。……こんな状況でも、いつも明るく振る舞っておる……」
──しばらくして、病室からヒルデが出てきた。
「どうじゃった?」
マスターが駆け寄る。
「……ママね、ずっと具合悪いんだって。少しだけお話しできたけど……すぐに苦しそうに咳き込んじゃって、先生が慌てて入ってきた」
「……そんなに、悪いか」
マスターは深く項垂れた。
◇◇◇
帰りの車の中でも、ヒルデはずっと無言だった。
【ヒルデよ、いつものお喋りはどうした? 鼻歌も出んか? 貴様らしくもない】
魔剣が問いかけても、ヒルデはかすかに笑うだけ。
──夜。
家に戻り、布団に入ったヒルデは、魔剣に語りかける。
「ママの治療ね、これからもっとお金かかるみたい。……だから、もっと素材集め頑張らなきゃ」
その言葉とともに、ぽろぽろと涙がこぼれる。
【……貴様の母親の病気は、一体なんなのだ? 】
魔剣がそっと問いかける。
【言いたくなければ言わんでいい。呪いの類とは聞いたが】
ヒルデはしばらく沈黙し──そして、静かに口を開いた。
「……5年くらい前にね、私の故郷の村が、魔導士たちに襲われたの。ママはね……そのとき呪いを受けちゃって」
【魔王軍の魔導士に呪いを掛けられたのか? 】
「うん」
しばしの沈黙のあと、魔剣が言った。
【……不確かではあるが、救える可能性はある】
「えっ!?」
【……以前話した“魔封剣ネメシス”、あれなら呪いを解除できる可能性はあるかもしれん】
「うそ……ほんと?」
ヒルデがパッと飛び起きる。
その目には小さな希望の光が宿っている。
【あぁ……どんな魔法も封じるというのなら、呪いも例外ではあるまい、多分な】
ヒルデの顔に、ほんの少しだけ笑みが戻った。
「すごい……それすごいね! それ見つけられるかな? レイナさんと協力してでも!」
【ふむ……その意気だ】
ヒルデは目を潤ませながら、壁に掛けられている魔剣をぎゅっと抱きしめた。
【な、なにをする? 】
「ヴェルちゃん、今日は一緒に寝よう」
ヒルデは布団に魔剣を突っ込んで、ぎゅうっと抱きついた。
【抱き枕にもならんぞ】
「ふふっ、いーの」
ヒルデは静かに微笑んで、やがて眠りについた。
ヒルデの寝息とぬくもりを感じながら、魔剣ヴェルサレスはその夜を共にした。
【ぐぬぬ……よだれをかけるのはやめたまえ】




