第十九話 貧相な胸を晒すのはやめたまえ
とある日の昼下がり。
ヒルデの自宅の台所では、湯気を立てる大きな鍋がことことと音を立てていた。
ヒルデは真剣な表情で鍋をかき混ぜながら、手に入れた素材をひとつひとつ丁寧に投入していく。
「うん、次に引火粘液の投入ね。分量を間違えないで」
ヒルデの横で腕組みしたコッペが指示を飛ばす。爆弾作りの指南役として、ヒルデの家に来ているのだ。
そして、棚の上では──
【ふん。所詮は無駄なこと……】
魔剣ヴェルサレスが傍観者のように呟く。
数時間後──
「よーし! あとは型に流し込んで……」
ヒルデは金属の丸型に、粘土状の素材を詰めていく。そして最後に導火線を埋め込み、慎重に蓋を閉じた。
「えへへー! 完成!」
ヒルデは両手で掲げるようにそれを見せる。
「名付けて、『ヒルデ式爆弾1号』!」
「やったね! ヒルデちゃん!」
コッペが小さく拍手する。
「あとは……これがヴェルちゃんの武器破壊の対象になるかどうかってところだよね」
「そうね、カテゴリーとしては"道具"だし、物理攻撃する物でもない。魔剣さんの武器破壊のギリギリのラインを調べるのに丁度良いと思う」
ヒルデはテーブルの上に『ヒルデ式爆弾1号』を置いて魔剣を挑発。
「さぁヴェルちゃん、試してみなさい! あのいつもの、ジャッジメントなんとかを!」
【小癪な。ヒルデよ……後悔するなよ】
ヴェルサレスが紫色の光を放出する。
ヒルデとコッペに緊張が走った。
【ジャッジメント・ウェポン! 】
魔剣から放たれた波動が爆弾を直撃した──
が──
爆弾は原型をとどめたまま、机の上に鎮座していた。
【な、なにい!? 無傷だと……! 】
魔剣が狼狽える。
「へへへ! やったー! コッペさんの言う通り、ヴェルちゃん爆弾は壊せないんだ!」
「ふふっ、予想的中ね」
コッペがニヤリと笑う。
【ぐぬぬ……認めぬ……爆破などという姑息な手段……】
悔しげにうめく魔剣ヴェルサレス。
◇◇◇
──その頃。
ヒルデの家の裏手、物陰からそっと顔を覗かせる怪しい影があった。
女盗賊のレイナだ。
長い銀髪を陽光に揺らしながら、不敵に微笑む。
(ふふふ……見つけたわよ、魔剣ちゃん)
狙いはもちろん──あの魔剣。
自慢の剣コレクションに加えることを、まだ企んでいた。
中の様子を窓の隙間から覗き見るレイナ。そこには、爆弾を手にしたヒルデが、満面の笑みで魔剣に向かって挑発している姿があった。
「ほーれ! ヴェルちゃん! 見て見てー! ヴェルちゃんでも壊せないんだよー!」
【貴様……やめろ、その小賢しい道具と得意げな顔をこちらに向けるな……】
ヴェルサレスが項垂れる中、ヒルデは爆弾を手に、くるくると嬉しそうに回して見せる。
──そのとき。
爆弾の導火線が鍋の火に接触した。
「……っ!! ヒルデちゃん、ストップ!! 導火線!! 火ついてるわ!!」
「……え?」
チリッ……チリチリチリ……
小さな火花が、まっすぐに爆弾本体へと迫っていく。
「う、うわぁぁあーっ!? ど、どうしよう!? これって爆発する?」
「間もなくね! 外っ! 外に投げてっ!」
「わ、わかったーっ!!」
パニックのまま、ヒルデは爆弾を窓の外へと放り投げた!
──そして、爆弾は空をくるくる回りながら、裏庭へと落下。
コロン……ゴロゴロ……
見事な弧を描いて地面に着地し、転がったその先に──
「──ん?」
レイナが、足元の爆弾を見下ろす。
「あれ? ……ちょ、ちょっと待って、これって──」
ボンッ!!!
瞬間、閃光とともに爆風が炸裂!
地響きが鳴り響き、庭の茂みが火花を散らして吹き飛ぶ。
煙の中から立ち上がる影がひとつ。
全身真っ黒、髪も肌もススまみれ。服も一部焦げて穴が空き、プスプスと音を立てる。
「えっ!? ──レイナさん!?」
裏口から駆け出したヒルデが叫ぶ。
「大丈夫!? 生きてる!?」
「……なんとか、ね……」
口から白い煙をぷしゅうっと吐きながら、レイナが答えた。
「とりあえずお風呂、入ってく?」
「……借りるわ」
◇◇◇
ヒルデの家。木造の浴室から、ぽこぽこと湯の音が響く。
「ふぅ……まったく……」
浴槽に浸かるレイナは、頭にタオルを乗せたまま、ため息をついた。体中のススや焦げが湯に溶けて、湯面がうっすら黒ずんでいる。
「レイナさーん、湯加減どう〜?」
脱衣所からヒルデの声がかかる。
「悪くないわね……」
そう答えたレイナの元に──
フワー……
魔剣が宙に浮きながら、忍び寄る。
「きゃあっ!? なんで堂々と覗きに来てんのよアンタ!?」
レイナはとっさに洗面桶でお湯をぶっかけた。
しかし、魔剣ヴェルサレスは動じることなく、宙に静止したまま動じない。
【レイナよ……以前の約束、忘れたわけではあるまいな】
ヴェルサレスの声が、湯気の中に低く響いた。
「約束? ……ああ、そうだったわね」
レイナは眉をひそめ、湯に肘をついて渋々と呟いた。
「“魔封剣ネメシス”の所在……についてでしょ。噂では、魔王城の地下に眠ってるって話よ」
【……妙だな】
ヴェルサレスの声が、わずかに鋭さを帯びた。
【我が封印されていたのも魔王城の地下……だが、近くにそのような剣の気配はなかったはずだ】
「知らないわよ。私の知ってる情報はそれだけ」
肩をすくめるレイナ。
【なにぃ……! 情報はそれだけだと? 役に立たん奴め! 】
「勝手に入ってきて何様よ! このエロ剣!」
【エロ剣だと!? 笑止千万! 貴様の貧相な裸体など、誰が興味あるか! 】
「はぁ!? どこが貧相ですって!」
浴槽の中で立ち上がりそうになるレイナ。
脱衣所の外から、ヒルデがくすくすと笑いながら声をかけた。
「あははっ! レイナさん胸ちっさいの?」
「あんたは黙ってな! あと、ちっさくないから!」
ヒルデの余計な茶々に場はさらにヒートアップ。
【とにかく……魔封剣ネメシスが魔王城にあるという話は、信用できん! 】
「それなら……実際に忍び込んで確かめようじゃないの、魔王城に!」
【ふんっ! 望むところだッ! 】
「え、えええ〜〜〜〜っ!?」
脱衣所の外からヒルデが叫ぶ。
「まって、落ち着いてよ二人とも! 魔王城はやめておこっ! ねっ!」
部屋の片隅──椅子に逆さに腰掛け、片肘つきながら様子を聞いていたコッペが、ひとこと。
「ふふっ、なんだかんだ仲良さそうじゃない……」
ヒルデの家には、賑やかな声が響いていた。
魔剣ヴェルサレスの野望である「魔封剣ネメシス」の破壊は、果たして成し遂げられるのか。
それは、まだ誰にもわからない。




