第九話 茶番劇はやめたまえ
──ここは、『白羽の湖』
ヒルデは大きな木の影で、背中に装備した『魔剣ヴェルサレス』にひそひそと話しかける。
「ねぇ……ヴェルちゃん、見て。あの湖の近くのところ……」
数メートル先の湖のほとりで、ペリカンの様なモンスターが大きく口を開けて「グエー!」と鳴いた。
【ほう……ペリカンではないか。それがどうしたのだ 】
「あれはね。ただのペリカンじゃないんだよ。ペリカンとドラゴンが融合したモンスター、『ペリゴン』なの」
【ペリゴン? どう見ても、ごく普通のペリカンだが……】
「よく見てよ。口元にヒゲがあるでしょ!」
魔剣は『ペリゴン』をよく観察した。
確かに口元には竜の様な長いヒゲが生えている。
【うむ、確かに長いヒゲがあるな】
「でしょ! だから『ペリゴン』ってわけ!」
【待て。ドラゴンの要素が少な過ぎるだろう……融合とは……? 】
魔剣は困惑した。
「いいの! とにかく、ペリゴンを倒すとね、レアアイテム『忘れられし伝書』を落とす事があるの。これは大チャンスだよ!」
【ほう……ヒルデよ。分かっているとは思うが……】
「『ザコは斬らない』でしょ、知ってる! 私が倒すからいいもん」
【分かれば良いのだ……】
ヒルデは、後に停めていた行商車の荷台を漁る。
「えへへ、これこれ。じゃーん!」
ヒルデは長いゴム状の道具を掲げた。
「荷締め用ゴ〜ム〜!」
【何だそれは……】
「これはね、荷台に巻き付ける用のゴムだよ! すっごい硬くて丈夫なんだから!」
ヒルデが両手で強くゴムを引っ張ると『パン!』と良い音が鳴った。
【……ふむ、そんな物でどうするのだ? 】
「まぁ見ててよ!」
ヒルデはおもむろに『ペリゴン』に近寄ると、クチバシの間にゴム紐の端っこをねじ込んだ。
そして、ゴムの反対側を持って駆け足で遠ざかる。
伸びたゴムがギシギシと音を立てながら突っ張った。
「えへへー。これぞ必殺ゴムパンチ」
そう言いながらヒルデは、更にじりじりと後ろに後退する。
ゴムが先程よりも強く突っ張っていく。
【ヒルデよ。忠告してくが、今あのペリカンが鳴いたら悲惨な事になるぞ】
「えへへ! 残念でしたー! 『ペリゴン』はね、滅多に鳴かない鳥で有名なの。アタシだってその辺はちゃんと考えて──
「グエー!」
バチーン!
ゴムはヒルデの顔面に直撃した。
ヒルデは顔をおさえてうずくまる。
【はぁ……何なのだ、この茶番劇は】
「痛たたー……よりによって、こんな時に鳴かなくてもいいのに。運が悪かったなぁ」
【運ではない。奴はこの短時間で二度も鳴いている】
「うるさいな! わかったよ、作戦変更するもん」
──「えへへー! これでよし!」
2本の大きな木の間にゴムを張ると、ヒルデは満足そうに言う。
「即席カタパルト〜!」
【また訳の解らぬことを……】
「あー、ヴェルちゃん、分かってないなぁ! アタシはパチンコの腕は良かったんだからね。見てなさいよー」
ヒルデは、大きな鉛玉をゴムに装填すると
じりじりと後退する。
「いっけー!」
手を離した瞬間、勢いよくゴムが縮んで鉛玉を射出した!
鉛玉はぐんぐんと『ペリゴン』を目指して進む!
そして通り過ぎる……
結局、弾は大きく逸れて遥か後方の湖へ着水した。
「あー、惜っしいなぁ!」
【何をもって惜しいと言っているのだ……】
──それから、ヒルデは何度も鉛玉を放った。
荷台に積まれた鉛玉が次々と減少していく。
しかし、弾は一向に当たる気配がない。
【もう近づいて殴った方が早いのでは? 】
魔剣は呆れている。
「だめ! 近づいたら逃げちゃうでしょ!」
ヒルデは、先程ペリゴンのクチバシにゴム紐をねじ込んだ事をすっかり忘れている様だ。
「ちょっと黙っててねヴェルちゃん! 今すっごい集中してるから!」
ヒルデはしっかりとペリゴンを凝視し、次の一発に全神経を集中させた。
ゆっくりと後退してゴムを目一杯まで伸ばしていく。
集中しすぎて気付いていない様だが、今ヒルデがゴムに装填しているのは、先日苦労して手に入れたレアアイテムの『トロルの魂珠』である。
【おい、ヒルデよ……】
「静かに!」
【いや、違くてだな……】
「お願い、黙ってて!」
【手元をよく見ろ……】
「なによ、手元って…………ああっ!」
咄嗟にヒルデは手を離してしまった。
『トロルの魂珠』は勢いよく飛び出し、空の彼方へと飛んでいく。
「ま、待って!」
慌てて前方へと走るヒルデ。
しかし、反動で戻ってきたゴムがヒルデの腹に直撃する。
「ぐふぅ……!」
後方にゴロンと転がるヒルデ。
「…………………」
【…………………】
流石の魔剣でも、今のヒルデに掛けてやれる言葉は見つからない様だ。
──俯きながら、行商車を押すヒルデ。
いつもの軽快な鼻歌は無い。
「ルールールルルー……」と切なげなメロディを蚊の鳴くような声で、囁く様に歌っている。
【また探せば良いではないか……】
魔剣の慰めも、もはや聞こえていない様だ。
ヒルデの切ないメロディがサビに差し掛かろうとした時、突然目の前に『ペリゴン』が舞い降りた。
クチバシには『トロルの魂珠』を咥えている。
「え!? それどうしたの!?」
ヒルデは驚愕する。
ペリゴンは魂珠をそっと地面に置くと、『グエー!』と鳴いて飛び去っていった。
「え!? 届けに来てくれたの!?」
ヒルデは涙目でペリゴンに手を振った。
「おーい! ペリゴン! ありがとねー!」
ヒルデは『トロルの魂珠』を拾って頬擦りする。
「あーん、おかえりー! 優しい鳥さんで良かったねー!」
魔剣は思った。
【モンスターにまで同情されるとは……実に情けない……】




