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第4話 世界創傷3/3

 それは破裂音、だったように思う。ばちんと何かがはじけるような、壊れるようなそんな音。あとから聞いてみても誰もそんな音は聞いていないというが、私は確かにその時そんな音を聞いたような気がしたのだ。

 その直後だった。赤い風が吹いたのは。


 視界のすべてが赤く染まる。まるで単語帳の赤いシートで目の前を覆われたような、そんな視界。すべてが一律に、例外なく赤に覆われて、その光景は一瞬で元に戻った。だけど、元の色味に戻った視界がとらえた世界は、その直前とは異なっていて。端的に言えば、壊れていた。舞台が、スピーカーが、照明が、観客席が、座っている椅子が!直後響き渡る轟音とともに砕けてははじけ、その残骸をあたりに散らしてはぶつかり合っていた。それら破片が陽光を反射する景色を、仰向けに姿勢が崩れた視線がとらえて。遠くから連鎖的に響く轟音を聞きながら、私の意識は暗転した。


 ・ ・ ・


「おい、大丈夫か!?」

「何が起きたんだ!?」

「とにかく動ける奴は救助に回ってくれ!」


 声が聞こえる。英語でしゃべっているので何を話しているのかはわからないが、それでも彼らが焦り、戸惑っている様子は伝わってくる。薄く目を開けて、手を握りこむ。じゃり、と砂をつかむ音がして自分が倒れていることを自覚する。体が重い。頭にじくじくとした痛みがある。それでも何とか周囲を把握しようとして、私は上体をおこした。


 まず、自分自身。けがをしていないか、しているとしたらどの程度か。恐る恐る痛みの先を目で確認すれば、幸いなことに軽傷のようだった。うでと頬に破片によるものであろう切り傷があるだけ。転んだ拍子に腰も打ち付けたみたいで打撲している。だけどそれだけ。逆に椅子が壊れただけで気を失っていたことに疑問をいだくべきかもしれない。


 見渡してみれば、そこにはボロボロになった野外劇場。原型をとどめてはいるものの、あらゆる機材とそこら中の設備がばらばらになっている。と、視線が回って、後ろを振り向いた時。私は絶句した。それは崩壊だった。舞台からだんだんと後方に行くにつれて高くなるようにつくられている客席、それが崩壊してすべて平らに均されていた。最前席にいた私はしりもちをつく程度で済んだが、後ろの人はそうはいかない。半ば生き埋めになってうめいている人がいれば、赤い液体が瓦礫からしみだしてくるような場所もあった。


 ――何が起きた?いったい何が起きたら、こんな大規模な破壊が起きる?客席が壊れたことによる衝撃は感じたが、その直前に地震があったわけでもないし、ましてや何かが爆発した様子もない。心当たりがあるのはあの赤い視界だけで、それがただただ物を破壊して過ぎ去っていった、みたいな。それがどれだけ非現実的なことか、自分で考えていて嫌になってくる。それなのにそれ以外の説明がつかない。くらりと、平衡感覚が失われるような不安感に支配されて、しかし世界は、それを待ってはくれない。私の思考をかき消したのは、誰かの焦った声だった。それは英語で、普通のリスニングも満足にできない私がその切羽詰まった声を聞き取れるはずもなくて。だけれどその声の主が何が言いたいのかは、すぐに分かった。なぜならその声を挙げた人も含めて何人もの人が同じ方向を向いて、耳を澄ませていたから。私にも同じように、その音が聞こえたから。断続的に響き渡る破壊音。地響きのような振動。それが何を意味するのか、ここにいる誰もが現状の悲惨な破壊跡を前例として、察してしまっていた。


「ふざけんなよ。」


 英語だとしても聞き覚えのある暴言を耳がとらえる。それを皮切りにして、皆が一斉にスマートフォンを取り出した。後から考えたら、私も同じようにすればよかった。遠い地球の裏側だったとしても、家族がこの異変に巻き込まれている可能性は0ではなかったし、この一瞬までなら、電子機器を使うことができたかもしれないのだから。


「何が起きてるんだ!?充電が切れてるなんて、今朝満タンにしてきたはずなのに!」

「俺もだ!スマホが機能しない。」


 広がる困惑の声に、一つの静かな声がやけに響いた。


「ちがう。これ、壊れてる。」


 それは、文明が壊れたことを私たちに否応なく知らせるための、一つ目の出来事だった。


 一連の出来事に混乱をきたしながら、集まった人々のとった行動はそれぞれ違っていた。かなりの人数が舞台のある公園から走り去り、そのうちの半分は轟音の発生源を確かめることが目的で、もう半分は自分たちの家族や友人の安否を確かめるつもりだった。残った人は呆然として何もできなくなっている人もいれば、積極的に瓦礫の中の人を救助しようとする人もいた。私は一度救助活動に参加しようとしたが、体格のいい外国人たちが動き回る中で私は邪魔にしかならなかった。看護の人手も足りていそうだ。


 どうせこの場でやることがないのなら、周囲の状況把握に努めるべくして公園の外を目指すことに。先行する人たちに一拍遅れて、私は野外劇場を後にした。とはいえ、彼らとの合流は案外あっけなく果たすことができる。なぜなら彼らは遠くのほうを見つめては、立ちすくんでいたから。木々の合間、かろうじて見えるそれは、ただの鉄の棒だった。ただの鉄の棒が、遥か向こうに高くそびえたって、陽光を反射している。


「なんだよこれ。」


 呆然としたつぶやきが聞こえてきて、私はようやくその鉄の棒が何なのかを理解した。


 ――あれは鉄筋だ。ビルの柱を支えていたコンクリートの中の鉄筋が、その役目を失って呆然と空を見上げているのだ。

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