第3話 世界創傷2/3
そうして、ファンが長く心待ちにしていたイベントが幕を開ける。座れなかった人が周囲にあふれかえるような熱狂の中、舞台の左右の茂みから大きな怪物の模型が躍り出た。
野外劇場ならではの演出で、茂みをがさがさとかき分けて出てくるのはゲーム内で幻生生物と呼ばれる敵キャラ。敵といってもモンスターから取れる素材がないとゲームが成立しないのでみんな大好きな実質宝物庫である。今、目の前にやってきたのはその中でも飛び切りのラスボスたち。
左から出てきた模型はエリクシアⅡのボスである精霊王。豪奢な衣装と性別のわからない整った顔、そこから繰り出される圧倒的で無慈悲な即死魔法の数々が何人ものプレイヤーをいろんな意味で圧倒してきた曰くつきである。
右から出てきたのはⅢのボスである龍鯨。水中というプレイヤーからしたら身動きのとりずらいステージでその巨体を高速で躍らせ物理攻撃と魔法攻撃を絶え間なく繰り出してくる。名前の通り鯨に大きく湾曲した角が生えた見た目で、大口をあけて捕食攻撃を仕掛けてきたときは私も怖かった。
そして中央の垂れ幕にでかでかとその姿を映すのは初代のボス、破壊龍タラスクである。カメに似た甲羅を持つ龍で、海の向こうからタラスクが渡ってきてすべてを蹂躙していく様が当時の子供たちのトラウマになってるとかなってないとか。こいつに関しては高すぎる防御力を生かしてフィジカルですべてをなぎ倒してくる。魔法は使わないがとにかく物理全体攻撃がやばい。一人で戦うようなゲームで全体攻撃におびえるとは何事かと思うかもしれないが、自分が戦ってるうちに村とか町が雑草抜くみたいなテンションでポンポン滅んでいくのだ。うん。トラウマにもなる。
やがてラスボスたちの集結した舞台に、一人の人間が入ってくる。彼は深く一礼を済ませると、高らかな声で宣言した。
「皆様大変お待たせいたしました!!これよりエリクシアシリーズ特別イベントおよび、新作――エリクシア・ラストピースの発表を只今より行いたいと思いますッ!!」
その瞬間爆発するように会場が声援で包まれる。
「Ⅳじゃなくてラストピース!?最後ってことかな」
「いや、それはわかんないだろ」
「すげえ、楽しみ!!」
ざわざわと会場に動揺と歓喜があふれかえる中、ぶぶ、とバイブレーションがポケットで揺れる。一瞬慌てるが、この舞台は別に電子機器の使用を制限していない。それになんなら写真撮ってもいいとか言われてる。なんでこんなに緩いのかはよくわからないが、通知に気を取られたまま観劇というのも嫌なのでスマホを取り出す。どうでもいい通知なら電源を落としてしまおうかと思ってその画面を見れば、ホーム画面に一通メールの着信があった。
件名は、「世界の姿を変えるか」
差出人は、エリクシア運営だった。確認してみれば、このイベントへの招待が来た時と同じメールアドレスで間違いない。何かしらのイベントを盛り上げる演出かな?と思って、それをタップする。顔認証を経て南京錠のアイコンが開く。表示された画面には簡潔な文面と、大きくエリクシアのシンボルがあった。曰く、
「世界を変えたくば、己の力を示せ。その一歩を踏み出すならしかるべき時に以下のシンボルをタップせよ。」
舞台では以前司会者がしゃべり続けている。
「新作が気になるところですが、まずは今回のイベントのために準備された舞台劇をご覧ください!」
しかるべき時とはいつだろう。このイベント中にその時が訪れるのだろうか。見れば、舞台上の幕が上がり向こう側にあったセットが、背景としてその姿を現す。それと同時に瞬くようなライティングが主人公を明確に指し示した。
最初は鍛冶師がタラスクに立ち向かってその鱗を持ち帰る。次に開拓者が道を切り開き、秘境の奥底に眠る世界樹を見つける。そして大工が水中に宮殿を造り、海の宝を目指して龍鯨と相対する。
どれもエリクシアシリーズの展開を踏襲しながら、主人公の職業を固定してわかりやすく順番に演出していくものだった。そして、最後に錬金術師が舞台に上がる。サンゴとあぶくの描かれた背景が撤収していき、新しいセットが運び込まれる。この昼間の野外劇場で黒子が行き来したら目立ってしょうがないと思ったが、うまくセットの後ろに隠れて目立たないようにしているようだ。そこは王宮の謁見室だった。豪華絢爛な大広間にて錬金術師は王に宣言する。
「私が必ずや、かの霊薬の製法を明らかにして見せましょう。」
カシャン、と音がして照明が消える。ここからの物語は誰も知らない。なぜなら原作の展開を先ほどすべてたどり終えたから。炎のような赤い照明が下から支えるように玉座を照らし、野心にまみれた王がセリフを続ける。
「今でなければならない。今こそあの霊薬をこの世に復活させ、不滅の王国を築くのだ。この私が支配者として君臨する私のための世界が、今始まる。」
王が立ち上がる。
「さあ諸君、己の力を示すがいい。」
――ここだ。きっとあのメールは、このタイミングのことを言っていたのだ。スマホを取り出して開けば、先ほどのメールとエリクシアシリーズのシンボルが映し出される。そのシンボルはあからさまに虹色に光り、今すぐ押せと言わんばかりにエフェクトをまき散らしている。私はそれに親指を近づけて、タップした。
――今でも考えるのだ。あの時違う選択をしていたのなら、また未来は変わっていたのだろうか、と。そうやって意味のない思考を巡らせては、結局は自己嫌悪の渦に飲み込まれていく。私の罪は何だったか。そんなことはわかりきっている。しかるべき時にしかるべき決断が、できなかったことだ。
世界を、赤が撫でていく。




