第20話 ヒルを解体しよう
結局縄を編み終えるのに、私たちは二日とすこしかかった。下手したら私が英語を習得するよりもこちらの方が大変だということになってしまう。
「やあーっとおわったー!」
作業を私に任せて近くで本を読んでいたフリーダが背伸びをする。……それはどういう感情なの?怒りより疑問の方が勝つんですけど。
「次は塔の本体になる木材の調達かなー!」
「それと滑車と引き金も。」
「そうだった。滑車作んないといけないのか!ケンジー何とかしてくれないかな。」
ケンジーは治療のかいあって、ほとんど回復している。やはりやけどの跡は残ってしまったみたいだが、もう活動を再開してもいいと医者に言われていた。私たちは早速相談しに行くことに。退院?から顔をあわせていなかったのでちょうどいい。
「私はパーティーを抜けさせてもらおうと思っている。」
それが、ケンジーの第一声だった。
「もちろんシアンを責めるつもりなどない。それをわかって聞いてほしいのだがね。やはり筆頭パーティーはリスクが高すぎる。あれだけ格好つけておいて今さらだが、……家族に止められてしまったのだ。」
ケンジーは彼にあてがわれた家のソファーの上で、居住まいを正す。目の前に座っている私たちに、申し訳なさそうな目で向き合っている。
「ポーションと、それを飲んだシアンの活躍をみて、私は確かに希望を見た。それで何でもできると思い込んだ。だがこの世界はそれ以上の脅威であふれている。私はこの二つしかない腕で、自分と、家族を守るので精一杯なのだ。」
私は何も言えなかった。かばってもらって大けがを負わせて、何もできなかった私に、引き留める言葉の持ち合わせなどない。今回ばかりは、フリーダもかける言葉を探している。私たちが返す言葉を探し終える前に、ケンジーは話を終わらせるようにパチンと手を叩いた。
「とはいえ、先に言ったとおり中途半端に抜ける気はない。私に相談があって訪ねてきたのだろう。そのくらいの義務は果たそう。」
「そう、だね。いま、私たちは杖塔を建てようとしてるんだ。良かったら滑車を作るのに協力してほしい。」
「わかった、手を貸そう。」
簡潔な返事だった。
ケンジーはまず、炉をつくろうといった。自分が使わないとしても、のちに続くものの助けになる。それに知識を伝え、経験を蓄積することの意義は大きいと。
「最終目標はベアリングの作成だ。それさえできれば滑車や、それ以外にも簡単な乗り物をつくるのに使えるかもしれない。精度はおざなりになるだろうが人の手でできる限りを尽くそう。」
ベアリングというのは少ない摩擦で回転する部品のこと。二つの同心円状のリングの間にボールが入ったような構造をしていて、ボールが転がることでリングの回転するときの摩擦を減らす構造をしている。……なんで私がこんなことを知っているかって?それはインターネット社会の洗礼を受けたからとしか。
ケンジーはさすがある程度造詣があるみたいで、なるべく真球に近いものを作ろうと張り切っている。プレス加工などはできないので、鋳造で試してみる方針。
炉の素材には、ゴーレムの体を構成していた土が粘土質で使いやすいことが判明。これならいくらでも素材が転がっている。ゲームみたいに時間経過で消滅するなんてこともないので安心。そもそもゴーレム1、2体で十分炉を作るだけの土が賄えるのだ。煉瓦は街中の放置された建設現場から集めてきた。
もちろん私も一緒に手伝っていたのだが、ちょうどそのタイミングでジャクリーンに呼ばれてヨロイビルの解体に手を貸すことになる。ゴーレム土に水を混ぜてこねこねしていたら、伝令役にされた島崎さんに呼ばれてしまったのだ。フリーダはフリーダで杖塔の本体である塔を建設するために材木を求めて別行動。何か使えるものがあればいいが、最悪木を伐採することも考えているらしい。
「呼び出してごめんね。結局うまく解体できなかった。ゲームではある程度描写があったけど全部覚えてはいないし、あのポリゴン数だからね。グロいからと言ってⅡ以降はヨロイビルの解体はやらなくて済むようになってるし。」
新しく捕まえてきたらしいヨロイビルが、箱の中にいる。見た目の細かい様子は言わないでおく。一匹だけじゃない、とだけ。その箱は前と同じ劇場の近くのレストランの厨房にあって、私はそのテーブルをはさんでジャクリーンと向き合っている。
私は完全に解体の画面を覚えているし、攻略本には具体的に解体の手順が乗っていた。ファンブックの絵と合わせて考えればある程度は太刀打ちできるはず。問題はこれに触らなきゃいけないことへの嫌悪感だけど、今さらそんなことを言って生き残れる世界じゃない。
息を吸って、覚悟を決めて手でつかむ。堅い殻がぶよぶよとした軟体に沈むような感触がした。まずは、殻を外してきれいにするところからだ。テーブルにあるのは包丁だけ。解体用のメスがあったらもうちょっと楽ができるのかもしれないが、贅沢は言えない。
皮膚ごと傷つけながら、何とか殻を外す。血の殻が失われて白い本体があらわになる。殻が付いていなかった方が腹。そこから包丁を入れて、切り開いていく。包丁の先をうまく使って表皮だけを裂くのに、三匹は無駄にしてしまった。四匹目でようやく中身を傷つけないことに成功する。中には、いろんな臓器と小さな魔石。それに加えて、エビの腸のような黒いひも状の器官がある。ほかの臓器と見分けるのが難しいが、たぶんこれが凝固線だ。慎重に引き抜いてみれば、ずるりときれいに取り出すことができた。
ヨロイビル解体成功だ。ゲームでは何度もやった作業だけに、最初の忌避感さえ乗り越えればあとは集中できた。最後にこの凝固線を乾燥させる。難易度の高い素材は他にないので、これで止血薬が完成したも同然だ。
「さすがだね。大体見ててわかったから、これからは私にもできると思うよ。ありがとう。」
「何とかうまくいきましたね。」
とはいえここまで関わったのだから調合もやっておきたい。ジャクリーンもそのつもりらしく、凝固線の乾燥を待ってからもう一度集合することになった。
[ヨロイビル]
血液を体表面で固めて自身を守るヒル。凝固線と呼ばれる通常のヒルにはない器官をもっており、それによって一度凝固阻害した血をもう一度固めてる忙しいヤツ。なお血の鎧には大した強度はなく、鳥にさらわれたときにそれがはがれることで九死に一生を得ることがあるとかないとか。生息地は基本的に普通のヒルと同じで山間部。なぜ公園にいたのかは不明。




