第17話 きれいなネズミは燃えてるネズミ
さっきまでの和やかな談笑の空気を振り払って、三人で警戒を強める。私たちの手には、柵や劇場のフレームとして使われていた鉄を加工して武器にしたものが握られている。長い持ち手ととがった先端。ある程度切り裂くことも想定して研がれているそれは、槍というのが一番近い表現だ。これも私が寝ている間に加工して配られたものらしい。本物の武器と比べると粗雑でもあの日のあり合わせに比べれば聖なる槍にも思える。しかも、ここにはポーションで強化を施した人間が三人いる。
頷きあって、一斉にゴーレムめがけて走り出す。
「打合せ通りにいくよ!」
ゴーレムが徘徊しているのは想定通り。連携の相談は済んでいた。フリーダとケンジーが先行して、ぞれぞれ足と腕を薙ぐ。ゴーレムは右足と左腕を同時に失って、バランスが取れずに転倒した。私はゴーレムが転んで動きを止めたのを確認し、そのコアの位置を慎重に見定める。そのまま再生が始まるよりも早く、貫いた。わずか10秒程度。完璧な対策と連携は、あれだけ苦労したゴーレムを危なげなく圧倒した。
「ナイス!」
「これなら安定して探索ができそうだな。しばらくすればこの力にも慣れるはずだ。」
ケンジーは確かめるように自分の手を開いたり閉じたりしている。
「ありがとう。一人じゃもうちょっとしんどかったと思う。」
「まだ安心するのは早いがね。未知の幻生生物を探しに行くのが我々の目的だ。」
私たちは探索を続けた。なるべくゴーレムを迂回して、それ以外の生物がいないかを探す。しばらく歩いていると、ふと視界の端をちらつく赤い炎が見えた。
何でもない街中。ゴーレムなど敵対してくる幻生生物に不用意に見つからないように広い道の端、建物に沿って歩いていた私たちだったが、同じようにそれは建物の隙間を縫うように走っていた。こんなところに燃料になるものは転がっていないはず。考えられるとしたら――。
「いた。」
私の声に二人が振り向く。何がいた?というケンジーの問いに、私は端的に答えた。
「ファイヤーラット。」
ネズミはすでに建物の角を曲がり、向こうに姿を消している。だけど私たちはそれを追いかけようとはしなかった。なぜなら、
「戻ってくるよね。」
フリーダの声に私とケンジーが頷く。
ゲームには主に三種類のモンスターが存在する。温厚な性格でこちらから襲っても反撃せずそのまま逃げていく逃走型。こちらから襲ったら反撃を仕掛けてくる中立型。そして何もせずとも見つかった時点で襲撃してくる敵対型。ファイヤラットは三つ目に該当する。
後ろから炎がほとばしった。建物を一周して回り込んだファイヤーラットが、私たちの後ろから突撃してきたのだ。だけどもちろんそれくらいは警戒している一番後ろにいた私がその突進に合わせて槍を振るうが、それはファイヤーラットの纏う炎を揺らしただけ。
「的が小さすぎるッ」
そのまま突撃をくらってのけぞる。相手は30センチ程度の大きなネズミ。だけど動き回るそれに攻撃を当てるにはあまりに小さい。そこそこの衝撃とともに、押し当てられた高温の体によってやけどを負う。ゲームでは大した敵ではないが、現実になるとあまりにも厄介だ。
だけど致命傷には程遠い。ぶつかられた右肩もまだ動かせる。ぎゅっと槍を握りなおして、炎の影を追う。旋回と追撃。ひらめいた炎の軌跡をなぞる。その先にいたのは、ケンジーだ。彼は冷静に槍を構えて、――ただ、前に差し出した。
「振りかぶって当たらないのならば、向こうからやってくる場所に置いておくのが一番いいだろう。」
その槍に串刺しになったファイヤーラットが、しばらく痙攣して燃え尽きた。
「そんな簡単そうに言わないでよ……。」
フリーダがひゅうと口笛を吹いて称賛を送る。
「これを解体するのは気が向かないな。都会のネズミは病気を媒介する。シアンも怪我をしていたら消毒を――」
そう言いかけてケンジーが私のやけどを見る。
「……もう熱消毒が済んでいると思っていいのか?それは。」
たしかに。もちろん全部の菌が熱で死ぬわけじゃないのは知っているが、裏を返せばたいていの菌は熱で死ぬ。このネズミは外側が燃えてるだけだが、ちゃんと熱かった。もしかしてそういう意味でめっちゃ安全なネズミなのかもしれない。体当たりしてくるけど。
「でも、魔石は持ってるはず。解体してみる……?」
「みんなが嫌なら私やるよー?」
フリーダつよ。一人に任せてしまうのは気が引けるが、それ以上に解体への忌避感が強い。ゴーレムはまだ無機物感があるから片付けるのに抵抗はないだろうが、このネズミはまんま生物である。結局お言葉に甘えることにした。
フリーダは躊躇なく自分のナイフをネズミに突き立てて切っていく。彼女も抵抗がないだけで解体の知識があるわけではないみたいで、時間をかけてばらばらにしてようやく小さな魔石を取り出した。ぶち、と繊維の切れる音がして、フリーダがその手に魔石を掲げた。血だらけである。
「やった!とれたよ!みてー」
嬉しそうダナー。私もケンジーも、自分のやりたくない仕事を押し付けた自覚がある。顔が引きつるのを何とか制御して、ありがとう、と笑って見せた。
「さて、これで目的は達成したな。いったん帰還しよう。」
賛成だ。誰だって危険地帯でわざわざ長居したいとは思わない。魔法の実験は公園に戻ってからやることにしてきた道を引き返そうと立ち上がった、その時だった。
――目の前に、炎がある。それも一つや二つではない。数えるのが億劫なほどの炎がひらめいて、列をなし、こちらをにらみつけている。ゆっくりと後ろを振り向けば、同じような景色が続いているのが分かった。
「そういえばそんな設定があったな。」
ケンジーのあきらめたようなつぶやき。
そうだ。ファイヤーラットは決して強い生物ではないが、群れをつくる。そして獲物を焼き殺して、死体に食らいつくのだ。
「どーすんのッ!どーすんのこれ!」
考える時間なんかない。次の瞬間、ネズミが殺到した。




