4 春の性格
「...おい、桑田」
オリエンテーションや自己紹介などが終わり、休憩時間となった瞬間、僕の席の周りに男子の壁ができた。
入学初日早々、美少女と密会をしていた僕への嫉妬と疑念の目が向けられていた
「さっきの子、誰だよ。めっちゃ可愛かったんだけど」
「お前、新入生代表挨拶をして注目された上にあんな美少女と知り合いアピールしてんのか?」
とてもめんどくさい。ここで変に隠せば怪しまれるし、だからといって付き合う約束をしてましたなんて言えたものではない。
「あー...いや実はさ。あいつ小学校の時の同級生で」
「あ?同級生だって?」
「昔からふざけてばかりだったから、生徒会長やってたのが信じられなかったらしくて聞きに来ただけだよ。失礼だよな!」
「...本当にそれだけか?」
「ホントダヨ!」
男子たちが少し安堵の息を漏らした。
ちょろい奴らだ。
「でもお前、口塞いでただろ? あれは何だよ」
痛いところをついてきた。だがこれも考え済みだ。
「あいつ、昔からちょっと突飛なところがあってさ。『久しぶりー!』って大声で騒ぎそうになったから、初日から目立ちたくなくて思わず止めちゃったんだよ。ほら、女子クラスの生徒とトラブルになったらマズいって先生も言ってたし!」
勝った。
「なるほどな、確かに女子クラス絡みはやばいもんな。お前も災難だったな。」
肩を叩きながら、哀れみの目で見てきた。
やめろ、そんな目で見るな。
なんとかこの設定で押し通し、初日のオリエンテーションを終えて下校時間となった。
カバンを肩にかけて校舎を出る。
この橘花学園は遠方からの入学者も多いため、学校のすぐ近くにいくつかの生徒寮が用意されている。僕は自宅から通っているが、通学路の途中まではその寮へ向かう道と同じだ。
何はともあれ、これで春が大人しく勉強に励んでくれれば、僕の望む平穏な高校生活はしばらく安泰なはずだ。校則という高い壁がある以上、学校で接触してくることもないだろう。
そう安心しながら前方に目を向けた時、僕は思わず立ち止まってしまった。
少し先を歩く生徒の波の中に、ひときわ目立つ、焦げ茶色の長い髪が見えた。
春だ。
彼女の周りには、すでに同じクラスのものらしき女子生徒が数人、楽しそうに群がっている。さすがは『学校一の美少女』、初日から早くも友達ができているらしい。
ふと、何かの気配を察したのか、春がこちらを横目で見た。
僕とバッチリ目が合う。
僕の知っている7年前の春なら、間違いなく笑顔でこちらに走ってくる。
だが、今の春は違った。
僕と目が合ったにもかかわらず、彼女は少しも動揺しなかった。それどころか、冷ややかな視線を一瞬だけ僕に向けると、すぐに再び前を向いて、周りの女子たちと何事もなかったかのように楽しげに話し始めたのだ。
(……へえ)
僕は歩きながら、内心で小さく感心した。
『廊下で会っても他人のフリ』。僕が言った言葉を、彼女は完璧すぎるほどに実行してみせた。あの隙のない美少女としての行動は美しくみえた。
そのまま歩いていると、少し前を歩いている春の声が聞こえた。
「ごめんなさい! 私、ちょっと近くのスーパーに寄ってから寮に帰りますね!」
「えー? 一緒に帰らないの?」
「はい、ちょっと買いたいものがありますので、 また明日よろしくお願いします。」
上品に微笑みながら、一人で別のルートの路地へと外れていく春。
あのオンオフの切り替えなら、学校で僕たちの関係がバレる心配はなさそうだ。これでいい。お互いこうして距離を保てば、何の問題も起きない。でも少し悲しいのは何故だろう。
そう思いながら通学路を歩いていた。
初めての帰り道、これから毎日通ると考えると感慨深いが、まあ慣れるだろう。静かな住宅街の角を曲がろうとした、その時だった。後ろから、息を切らした人が走ってきた。
「うあっ!」
それに気づき後ろを振り返った瞬間、何かが飛び込んできて、その勢いで倒されてしまった。仰向けに倒れた僕は痛む頭を抑えながら目を開ける。すると、目の前には僕の太ももあたりに馬乗りになっている天性の美少女春がいた。制服のスカートが、僕のズボンの上に小さくシワを作っている。色んな意味で危ない。
「...っ、はぁっ...はぁっ...。れいる!良かった、追いついた!」
「春!言いたいことはたくさんあるが、この状況はいろいろとまずいから早くどいてくれ、頼む...。」
「なんでダメなの?」
「誰かが見てたら、退学だぞ、退学!」
「まあ...確かに..。」
そう言って春は僕の体から退いて、立ち上がり制服に着いた汚れを払った。
「...で、春がなんでここに?」
「れいるを追いかけてきたに決まってるじゃん! 友達と別れたあと、れいるを追ってきて、ようやく周りに人が居なくなって、れいるの所に走って向かって、れいるの後ろで止まろうとしたら、足がもつれちゃって…、ごめんごめん。」
こいつ本当に反省してるんか...
春に迷惑そうな顔をしながらも、さっきまでの完璧美少女モードからのギャップに、心臓がうるさいくらいにはねている。
「...で、何しに来たんだ?」
「...その、連絡先交換してなかったなって思って...。いい?」
「そうだったね、いいよ。はいこれQRコード。」
春が読み込むと(れいる)と書いてあるプロフィールが出てきた。
「やった!これでいつでも連絡できるー!」
こいつ校則の事忘れてるだろ
「...学校の人とかに見られないようにしろよ、約束だからな」
「うん!わかった。」
さっきの春からの切り替えを見ればそれ以上念押しは出来なかった。それについて少し聞いてみたくなった。
「...春さっきとだいぶ印象変わったな。意識して変えてるのか?」
「うん。そうだね。そのままこのキャラで通してたら、またいじめられるって中学に入ってから気づいたんだよ。だから、あえて口調とか振る舞いを『完璧な美少女』にして、周りに接するようにした。そうやって演技してると、見た目と中身が乖離しないから、変に嫉妬して攻撃してくる人が減ったんだよね。」
春はかつて自分をいじめてきた人たちをどこか見下すような、それでいて、少しだけ過去を惜しむような悲しそうな表情を浮かべた。
「...だからこうやって!本当の私を知ってくれてるれいるや家族にしか、この素の性格は出さないって決めてるんだ。」
「...そっか。」
彼女の言葉の裏にある悲しさや悔しさ、そして想像しきれないような努力を想像しようとして、胸の奥が締め付けられた。その『天性のヒロイン』は春自身で作り上げた生き抜くための武器であった。そしてその武装を解除できる場所が僕なんだ。その事実から目を背けることは違うと思った。
「...今までよく頑張ったな。ここまで来てくれてありがとう。」
春は一瞬驚いた顔をしたが、何かが込み上げてくるように笑顔になった
「...今日、礼琉からそんなこと言ってくれるなんて、思ってもいなかったよ。ありがとう。救われるよ。」
「それで救われるなら、いくらでも言うよ。」
「たまにでいいよ。その方が特別感あるから。
「...そうだな。...じゃあ、見られたらまずいからそろそろ帰ろうか。それじゃまた」
「うん!またね!」
春が反対方向に少し歩いたあと、手提げカバンを後ろで両手に持ちこちらを振り返りながら
「れいる!また連絡するね?」
「ああ!わかった!」
大声で返事した。
じゃあね! と大きく手を振りながら、今度こそ本当に嬉しそうに小走りで去っていく春。
馬乗りになられた時の、春の体温と柔らかい感触が、まだ微かに残っている気がして落ち着かない。
春は意外と繊細な性格なんだと実感した。
もしまた、春に対していじめが起きたら僕が粛清しよう。
そう思うくらい既に春に対して好感を持っていた。
読んでくれてありがとうこざいました。
もう少し更新頻度あげた方がいいですよね笑




