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殿下の距離感がわかりません


 それから一ヶ月、私はベットに腰掛け本を読んでいました。殿下は私の足元で真剣な顔でチェスのルール本を眺めています。


 殿下を私のものにしたいと思ったあの時、私は殿下に少しでも心を開いてもらいたいと考えていました。一時的に私に感情を向けさせても人の心とは移り変わりが早いもの、すぐに他の人間へと殿下の心を注ぐことになるでしょうと思ったのです。

 故に殿下と少しずつ仲を深め、少しずつ殿下の生活に入り込むことで離れていても頭の片隅で思い出す程度からゆっくりと殿下の思考や精神に侵食していこうと考えていたのですが。


 私の足元で眉を顰めながらチェスのルール本とにらめっこする殿下を眺めます。


 ここまで早く殿下が私に懐くとは思いませんでしたね。確かにいずれ殿下が私以外を想わないよう殿下の心を掌握できればと考えてはいましたが、寂しいからまた来てほしいって言っただけで私の部屋に何回も通ってくださるとはチョロすぎやしませんか。


しかもお互い婚約者はいないとはいえ年頃の男女なのにずっと同じ部屋って、初めて会ったときはツッコんでいた癖に一度心を開いた相手には距離感気にしないタイプなんでしょうか。


暫く本に目を通しながら殿下の様子を見ていましたが何となく殿下にこちらを見て欲しくて思わず呼びかけてしまいます。


「殿下」


呼びかけた途端ぐりんと顔を上に向けて夜空のような瞳でこちらを一点に見つめる殿下。


「…何だよ」


本の邪魔をされたからか少し不機嫌そうに殿下は眉間に皺を寄せて返事をしました。


殿下から流れる艷やかな黒に目を奪われ、そっとその髪に指を通すと引っかかることなく毛先まで到達します。


「ただ、呼んでみただけです。」

「そうか」


私が言うと一言だけ返して殿下はまた本に目線を移してしまいました。


こうしてのんびりとした時間を過ごしていると世界には殿下と私の2人しかいないように感じられて酷く心地よいです。

もう、殿下を手に入れるなんてしなくても私の傍に居てくれるだけで良いのではなんて穏やかな思考に私の脳内を書き換えてしまう。


 でも、殿下がこちらを見ず私は殿下の背中ばかり見ていると、いずれ私のことを置いて笑顔で他の人の元へ行くかもしれない。私の為だけに向けられていたあの美しい笑顔や涙がもう無くなるかもしれない。今は3日に1度程の頻度で私の部屋に来てくださっているけれどいずれ私を忘れるかもしれない。そんな嫌なふうにどんどん何かが頭をグルグルと回っていく感覚だけが感じ取れました。


やっぱり殿下は私のものにしなければ。殿下が私だけの為に涙を流し、笑みを見せるように。いずれ私がいないと生きていけないくらいに殿下の心の一部に入り込みたい。殿下が離れていかないように服の裾をぎゅっと握りしめて目を閉じました。


「私は所詮誰かに連れ出してもらわないと外の世界に出ることすらできない生き物なんです。」

「だから、殿下から離れないでくださいね。私は追いかけることはできないんです。」


ポツリと私が言うと殿下は私の頭をぐしゃぐしゃ撫でました。

 これは慰められているのでしょうか。

でも、人間は泣いている者を撫でて慰めたりすると知識として知っていますが私は泣いていないのに撫でるのでしょうか。


私が泣いているように見えたのですか、殿下。


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