(26)
午前6時過ぎに目が覚めた。
泊まらせて貰っている身だ。朝御飯を作ろう。
隣の仏間で着替えてきて布団の中にいる風見君を見ると、まだすやすやと寝息を立てている。
音をたてないように枕元まで行き、乱れている掛け布団をそっと直してあげた。
(少しだけ…)
興味とイタズラ心がわく。
おそるおそる手を伸ばして、風見君のサラサラストレートの黒髪をなでてみた。艶やかで触ると気持ちいい。
次にほっぺを軽く、ツンツンとつついてみる。張りのある綺麗な肌だ。
今度は鼻の先をツンツンする。沢木君ほどではないけれど高くて、整った鼻立ちだと思う。
次に唇…
(………どうしよう…)
無防備に寝ている姿に罪悪感がわいて手が止まる。寝顔を見つめながらしばらく迷った挙句、一度だけ触らせて貰うことにした。
(ごめんね…風見君……一度だけだから)
人差し指で、風見君の下唇を軽く、軽く触れてみる。風見君の息がかすかに指にかかる。
ほんの一秒にも満たない時間だったけれど、体験したことのない喜びが全身から湧き上った。
ふわふわしていて想像していた感触とは全く違う。唇ってこんなに柔らかかったんだと、初めて知った。
自分の唇も触ってみる。確かに柔らかい。
(私のもこんな柔らかかったんだ。…えへへ。これって関節キスだよね)
上機嫌になった私は欲張りになり、
(もう一回……もう一回だけ…)
と手を伸ばした。すると…
ぱくっ
──────!!!!????
「ひゃあああああああ」
突然指に食いつかれるような変な感触があり、あわてて指を引き抜くと後ろに飛び下がり尻餅をつく。
寝ていたはずの風見君が、上半身を起こすとお腹を抱えて笑い出した。
「あははははっ」
「ゆ…指食べた……! お、起きてたの?」
「あれだけ触られたら目も覚める」
ごもっともだ…。
「ご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい! な、なんていうか寝てる風見君が子犬みたいで、つい触りたくなったの…」
とにかく弁明して謝るしかない。
「いやぁ、危なかった。俺の純潔が奪われるところだった…!」
風見君が両腕で自分の体を抱きかかえ頭を震わせて、悲劇のヒロインのように振る舞う。何ともわざとらしい。
「じゅ…純潔って…大げさな! そんなわけないでしょ」
「唇も触られた気がする」
「そっ それは誤って当たってしまっただけだよ!」
「へー」
疑いの目から顔をそらし、また謝る。悪いのは私なので謝るしかなかった。
「じゃあ俺も触らせてもらおうかな」
「?」
ビックリして顔を上げる。
「それでおあいこでチャラ。ok?」
「うぅ…」
イタズラ心を満面に浮かべて笑う風見君の前で私は深くうなだれた。
簡単な朝食の用意をした後、居間でコタツに入った私は風見君の触るがままにされていた。
「………」
風見君は無言で触り続けている。
「あの…も、もういいよね?」
「まだ」
「ううぅ…」
「何やっとるんじゃ?」
襖が開き、起きてきた祖父が怪訝な顔をする。
「う…お爺ちゃん…」
「一度触ってみたかったですよ」
「仲いいんじゃのう。ええことや」
そう言ってニヤニヤと笑いながら居間を出て洗面所に向かう。
「もういい…?」
「まだ」
「あうぅ…」
私の後ろで風見君が私のポニーテールをしきりに触っていた。