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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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欠けたクラス

 初めて葉月くんと一緒に受ける書道の授業。前日の夜から少し早めに行こうと誘い、書道室に入る。編入してからずっと空いていた一つ前の席が、ようやく埋まった。墨のすり方を私が教えられる。そんな少し浮ついた気分で一日が始まった。

 そして五限目。体育祭の練習という連絡が以前はされていたが、制服のまま教室で待機するよう指示があった。ただし、一部それに従わず、教室に姿の見えない生徒もいる。


「いつになったら大谷先生は戻られるのかしら。」

「これからする話は多いんだ。大人しく待っていなさい。」


 副担任の先生が紙切れを開く。何かそこに記しているのだろう。見つつ読み上げるのを生徒たちが不真面目な態度で聞いている。


「最初に狼寮の三人の処遇について。本校を退学になった。それによって生じた委員会と体育祭の不足を埋めよう。」


 副室長の水島くんに主導権が渡された。水島くんは黒板に狼寮の三人が所属していた委員会を書いてくれる。室長、副室長、体育祭実行委員、文化祭実行委員の四つだ。あれ、一つ多い。


「まず委員会は、一人ずつ所属すると十三人必要になる。このクラスは十六人だ。そして、三人減るということは、全員所属する必要がある。今所属していない赤坂君、葉月君、花房さんに選んでもらおうと考えているが、この三人に室長は荷が重いだろう。」


 再び水島くんは黒板に向かい、室長の部分に自身の名を書き入れる。教室にいる生徒たちもおおむねこの意見に同意のようだ。私もいきなり室長を、と言われても戸惑いしかない。


「基本は希望を募りたい。しかし、室長と副室長は連携を取らなければならない場面も多い。そこで、副室長に限り、僕から指名させてもらいたい。花房さんにお願いしたいのだが、皆はそれで良いだろうか。」


 中学の時にもそれらの役割をしたことはない。しかし葉月くんに任せることが酷だということは理解できる。赤坂くんもこちらを向いているが、代わってくれるつもりはなさそうだ。こういった役割は好まないのだが、水島くんたっての指名だ。大いに頼ることとし、ここは引き受けよう。


「うん、分かった。私はいいよ。何をしたらいいかよく分かんないから、色々教えてね。」

「了解した。だが、ここで一つ問題が生じる。多くの委員会は男女一人ずつすることになっている。そこで、性別の規定のない委員会に所属している女子生徒の中から、誰か文化祭実行委員になってほしい。」


 全体に呼びかける水島くんに目で合図され、私は黒板の傍でチョークを持った。今までのホームルームを見ていると、黒板係のようだった。この決定をノートか何かに書き記してもいたような。そのノートを水島くんが渡してくれる。性別の規定のない委員会は選挙管理委員会と図書委員会。つまり、選挙管理委員の女子である染谷さん、図書委員である古賀さんのどちらかに名指しで頼んでいることと同義だ。

 肘をついていた染谷さんが渋々といった雰囲気で立ち上がった。


「もう一人の文化祭実行委員は誰だった?」

「清水君だ。彼では不満かな。」

「ううん、清水くんなら大丈夫。引き継ぎ、明日会ったら頼まなきゃ。選挙管理委員会のほうはまだ何もしてないから大丈夫。」


 話がついたのか、染谷さんは着席した。選挙管理委員の欄を黒板に作り、ノートには変更の記載をする。室長と副室長の部分も変わっていなかったため、書き換えた。

 これで空きは熱田くんのしていた体育祭実行委員、染谷さんのしていた選挙管理委員の二つだ。


「赤坂君、葉月君。二人はどちらがいい?参考までに添えておくと、体育祭実行委員のほうが、大谷先生が戻って来られない場合には副担任との関わりが増えるだろう。」


 副担任の先生に関してはあまり話を聞けていない。聞けてはいないが、クラスの人たちの態度を見る限り、慕われていないことは分かる。葉月くんはその先生と関わることが苦にならないだろうか。


「俺が体育祭実行委員のほうになるよ。葉月は選挙管理委員でいいか?」

「うん、ありがとう。」


 同じ懸念を二人も抱いたのか、委員会はさほど時間をかけることなく決められた。ノートに書き記し、黒板を体育祭に関するものに変更する。

人数が不足しているのは男女200メートル走、男子400メートルリレー、女子400メートルリレーの四種目だ。このまま空いている所に追加する形なら、前回の決定時に不在だった葉月くんが200mメートル走と400メートルリレーの両方に出ることになるが、そうするのだろうか。


「次は体育祭だ。葉月君、二種目出てもらうことになるが、200メートル走と400メートルリレーの両方に出ることは可能だろうか。難しそうなら、そうだな。僕が出場予定である障害物競争なら変わることが可能だ。」

「いや、大丈夫だよ。それくらい走れるから。」


 葉月くんに異論がないようであるため、その二つの欄に彼の名を記す。残りは女子の二種目だ。200メートル走は二枠とも空きであり、リレーも二枠空いている。リレーには現在、有瀬さんと瀬名さんが出場予定だ。教室に居ない桃園さんは頼れないとして、染谷さんも顔を伏せて当てられないようにしている。古賀さんは前こそ向いているものの、目は決して合わない。

 くるりと清水くんがこちらを向いた。これは私が出る流れだろうか。目が合ってしまった。


「花房さん、残ったメンバーを見れば分かるだろうが、非協力的な連中ばかりだ。リレーか200メートル走、どちらかで構わない。出てもらえないだろうか。」


 私が出たとて、残り三つの枠を誰にするのか。しかし、ここで私が拒んでは誰も出るとは言ってくれないだろう。副室長として、クラスの人たちに示さなければ。


「そうだね、リレーに出るよ。」


 自分で名前を記す。足の速さには自信がないが、人数が不足しているのだ。これで結果が揮わなくとも、苦情は一切受け付けない。結果に拘るなら、その人がここで挙手すべきなのだ。

 他の不足分に誰か出なさい。そんな気持ちを込めて教室を睥睨する。私は三つの種目に出るのだ。協力する姿勢を見せるべきだという手本を示してみせた。残った二つの種目のどちらにも出る予定になっていない人は、古賀さん、染谷さん、桃園さんの三人。いない人に決めるわけにはいかないため、古賀さんと染谷さんの二人に頼むことになる。


「もう、仕方ないわね。リレーはもう出る予定になっているからどうしようもないけれど、200メートル走なら出てあげてもよくってよ。運動は不得手なのだけれど。」

「そうですわね。一向に決まりそうにありませんもの。わたくしも200メートル走に出場いたしますわ。」


 既にリレーに出場予定となっていた有瀬さんと瀬名さんが声をあげてくれた。瀬名さんにいたっては100メートル走にも出場予定となっているため、当日の負担が非常に大きくなってしまうだろう。何か労われるような物を用意しておこう。

 残りはリレーの一枠。これは古賀さんか染谷さんにしか頼めない。しかし、染谷さんは相変わらず俯いたままだ。


「このクラスの女子は八人。うち狼の二人が退学。これで六人。リレーの人数は四人。出ずに済む人数のほうが少ない。探偵、公平にじゃんけんで決めよう。いない果樹園には期待すべきじゃない。」


 話は聞こえていたのか、染谷さんは古賀さんのじゃんけんに応じた。結果は古賀さんの負け。それを黒板に記し、全員に示す。これで全ての種目が決定された。

 水島くんが自席に戻り、私もそれに続く。ノートも静かにその場で返し、副担任に主導権が戻された。


「よし、決まったな。最後は大谷先生の処遇についてだ。まだ協議の最中ではあるが、生徒を禁域に連れ込んだ件に関する処罰を受けなければならない。少なくとも今学期中に戻って来ることはないと決定された。」

「納得いきませんわ!わたくし、大谷先生がこのクラスのためにされたことも、あなたが何も相手にされなかったことも、存じておりますの。智慧様、職員室に参りますわよ。」

「ええ、そうね。私も母と叔母に関して尋ねてみたことがあるわ。大谷先生は他の先生方、事務の方々にも当たってくださったけれど、あなたは知るわけがないの一言で済ませたわね。」


 瀬名さんと有瀬さんが言い捨てて教室を出て行く。鞄は持っていないため、また戻ってくるつもりなのだろう。副担任もその二人を止めることなく見送った。授業中にもかかわらず生徒が職員室に突撃して来れば、担任を持っていない先生たちは驚くだろう。瀬名さんたちは抗議のために向かったのだろうか。それで早く戻って来られると良いとは私も思う。しかし、生徒の行動で何か変わるのだろうか。

 副担任が何かを話し始めようとするが、それを邪魔するように今度は古賀さんが立ち上がった。静かに、しかしその発言を妨げることは許されない雰囲気で、鞄を肩に掛けて話し始める。


「私もこれには異論がある。その意思を表明するため、今後は授業に出席しない。」


 落ち着いた足取りで昇降口方面へ向かって行った。カタンと葉月くんも立ち上がった。ようやく教室に来られるようになったのに、また来辛くなってしまったのだろうか。


「俺も、あなたの授業は欠席します。クラスの人とは、これから仲良くしたいと思っているので。」


 足早に古賀さんの後を追う。この先生の授業だけなら、帰りのショートホームルーム、今もしているロングホームルーム、それから数学に限られる。毎日教室には来るため、入り辛くはなりにくいだろう。現状、既にいくつかの授業に不在の生徒、あるいは全ての授業に不在の生徒もいるため、特別目立つこともなさそうだ。

 副担任が葉月くんの明確な拒絶に呆気に取られている隙に、染谷さんも立ち上がり荷物をまとめ出す。一部授業を欠席していたため、その荷物は軽そうだ。


「私もね、七不思議頑張って調べてるんだけど、大谷先生は応援してくれたよ。でも、あなたはそんなしょうもないことって言って、勉強や部活をしなさいとしか言わなかったね。」


 染谷さんも教室を後にした。もうここには副担任と、ショートホームルームにも出席している私、赤坂くん、水島くんの三人、それから居場所なさげに小さくなっている木葉くんしか残っていない。

 大きな溜め息を一つ吐き、副担任はこの授業を締める。ここからはたった四人、各教室二人ずつの掃除の時間だ。きっと掃除をしている時間には瀬名さんたちは戻らないと、隣の教室に移動する。


「すまないね、花房さん。一応、僕からクラスメイトたちに出席するよう伝えはしたのだが。この二か月近くを過ごし、副室長として信頼できるのは君しかいないと感じたのだ。何より、葉月君のこともある。信じられなかった僕たちが彼を受け入れるには、信じられた人もクラスの中心にいるべきだろう。」


 色々と考えた上での人選だった。水島くんにも気になる言動はあるが、私も攻撃的な態度は取らないように注意しよう。


「そっか。ほら、早く掃除終わらせちゃおう。今日は二人だから時間かかるよ。」

「日誌もないな。瀬名さんが持ったままだったはずだ。仕方ない、人数が少ない分を省略しよう。今日は掃きだけにしようか。」

「そうだね。私、先に廊下掃いて来るね。」


 一度教室は水島くんに任せ、何も障害物のない廊下を掃く。毎日掃いているはずでも埃はある。なぜか紙屑も落ちている。捨てて良い物なのか開いて確認すると、天羽瑞希と書かれた数学のプリントだった。今日も昨日も天羽くんを見ていないが、来ていたのだろうか。後で机の上に返しておこうと、一度ロッカーにおいておく。

 大谷先生が一学期の間は戻って来られないとなると、古典の授業はどうなるのだろう。月曜日と火曜日は自習になっていたが、代わりの先生が来るのだろうか。どんな先生だろう。ホームルームは特に短いほうに多くの生徒が出席していないが、それは副担任があの先生だからだろうか、それとも大谷先生ではないからだろうか。後者であれば、古典の授業も多くの生徒が欠席することになる。私と赤坂くんの鏡操の授業も気になる。八限目はなくなったとしても、木曜日の七限目は他の生徒たちも受けている時間だ。そこはやはり他の先生が来るのだろうか。

 明日以降に思いを馳せつつ、廊下を掃き終える。次は教室だ。水島くんが頑張ってくれているが、まだ半分も終わっていない。


「廊下終わったし、後ろから掃いてくね。」

「ああ、助かるよ。」


 水島くんが教室の前から掃いているため、私は後ろから掃いていく。今日は黒板も消し跡が残されたままだ。机の中身を確認することもない。


「花房さん、明日以降、驚くことになるかもしれない。」

「どうして?」

「おそらく今日以上に、他の授業も人が少ない。それこそ、帰りのショートホームルームのような状態も考えられる。職員室での応対次第では、有瀬さんも古賀さんのボイコットに参加するだろう。」


 今まで一つの遅刻もしていない有瀬さんが欠席する。そうなれば少なければ出席する人数はたった三人になり得る。とても十六人いたクラスとは思えない。


「そこで一つ提案なのだが、クラス全員でショートホームルーム、及びホームルームのボイコットを行わないか?僕は授業に出席したい。しかし大谷先生が処罰されることには納得していない。それを表明するに、その二つの時間に限ったボイコットは効果があるように思える。」


 処罰はまだ決まっていないようだった。されたのは今学期中に戻れないという話だ。処罰があること自体、受け入れられないという話だろうか。授業を受けられなくなることは困るが、その二つの時間に限られるなら私は困らない。いや、必要な連絡事項が受けられなくなることは問題か。


「うーん。それって意味あるのかな。」

「僕たち自身の意思で禁域に向かった。そして大谷先生は僕たちを守るために力を尽くしてくれた。その結果が処罰なら、それに対する抗議の意思を僕は表したい。そしてそれは、早く戻って来るという結果に繋がるか否かを問わず、それだけ理不尽なことをしているのだと、他の先生方に伝えたいのだ。その意味はあるだろう。」


 それだけ生徒たちが大きな不満を抱いているということは伝えられる。伝えることが目的なら、果たすことは可能だろう。問題は今までショートホームルームで受けていたような連絡事項をどうやって受け取るかだ。個人的に副担任に聞きに行くのでは目的を果たせるのだろうか。数学の授業は受けるが、副担任との接触を増やすこの方法では手間を増やしているだけのように感じられる。

 他クラスの生徒を頼るという方法もある。私は同じ学年に限れば高松さんのみだ。他の人たちはもっと知り合いも多いだろう。


「連絡事項はどうするの?他のクラスの人に聞く?」

「そのつもりだ。一学期末までなら、委員会関連、体育祭、期末試験、終業式くらいなものだ。今日は体育祭の補充も決定したが、体育祭自体をボイコットしてもいい。これはクラス全員で話し合うべき事柄だ。来週のホームルームの時間、豹寮の談話室に集まってもいいな。それまでに全員に相談してみよう。決定次第、また伝えるよ。」


 体育祭は楽しみにしている人もいるだろう。シャトルランですら楽しそうに走っていた天羽くんなどは体育祭が好きなのではないだろうか。第一その話し合いに参加してくれるのだろうか。そのあたりは水島くんが調整を、いや、私も副室長なのだから少しは協力しよう。一週間で全員に集まることを相談し、それから決定を伝えるのは難しいだろう。

 現在のクラスは十三人。私と水島くんを除いた十一人に伝える必要がある。豹寮の三人は水島くんが伝えやすい。赤坂くんと杜鵑寮の三人、計四人には私が伝えやすい。今日の夜には古賀さんにも会う予定がある。これで私が伝えやすいのは五人。残りの朱鷺寮の三人も任せて良いだろうか。


「杜鵑寮と赤坂くん、古賀さんには私が相談しやすいよ。まず、体育祭のボイコットについて来週、豹寮で話し合おうって相談したらいいんだよね。」

「ああ、そうだ。それなら彼らには花房さんに任せよう。他には僕から伝えるよ。明日の朝、結果を共有しよう。」


 今後の予定も決まったところで掃除も終わった。まずは副担任がいないことを確認してから赤坂くんに相談だ。

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