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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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服装指導

 通常授業が今日から再開するが、今日は葉月くんも校舎に来ていた。しかし、教室には入れずにいたため、一緒に入って行く。まだ話しかけ辛そうな様子は見られるものの、暴言や暴力が飛んでくることはない。鋭い視線もあるが、水島くんも傍で謝罪しており、それを葉月くんも安心したように受け入れているため、心配は要らないだろう。熱田くんと黒江さん、姫野さんの三人はいないが、誰も気にする様子はない。何か説明でもあったのだろうか。

 授業が始まるまでの短い時間に確認をする。葉月くんの傍にいる人たちも悪意は見えず、赤坂くんもついていてあげているため、離れても問題ないだろう。相変わらず、本に目を落としている古賀さんに声をかけた。


「ねえ、古賀さん。今いい?」

「問題ない。」

「狼寮の子たちがいない理由って知ってる?」


 本から目を上げてくれる。相変わらず読めない表情だ。


「警察のお世話になってる。しばらくは来れない。豹は警察にまでは行かされず、杜鵑は証拠が足りないみたい。」


 しばらくは、ということは戻って来るのだろう。それまでは葉月くんも穏やかに過ごせるだろうか。戻って来た時が不安だ。そう振り向くと、存外近くに葉月くんは立っていた。


「そっか。熱田くんに聞きたいことがまだあったんだけど。また今度になりそうだね。」


 葉月くんの平然とした様子に驚きつつも、授業が始まった。今日はもう通常授業だ。試験の返却もまだであるため、そわそわと落ち着かない授業となった。それは私だけではないようで、


「花房さん、自信のほどは如何かな。」

「そこそこ。」


 一限目は数学A。今日はまだ返却されず、授業が進んでいる。前の授業の内容を忘れていないかという確認も行っていないため、先生の話は聞いておきたい。後ろを向いていると目立つのか、先生も水島くんを睨んでいた。


 他の授業も暇な時間には水島くんと話しつつ、業間は葉月くんとも話すようにして一日を終えようとしていた。しかし、帰りのショートホームルームの時間にやって来た先生は大谷先生ではなく、副担任の先生だった。数学の先生でもある。そのことを疑問に思ったのは私だけではなかったようで、口々に不平を述べている。


「大谷先生は如何されたのかしら。私はあなたを私の先生として認めていなくてよ。」

「私も文殊に賛同する。お前は月見のことを聞いても本人の問題としか言わなかった。」


 おそらく理由は異なるだろうが、有瀬さんも古賀さんもこの先生のことを信用していないようだ。桃園さんもこの先生が嫌いなようで、今日は早く帰りまーす、と珍しく短く言い放ち、席を立った。それに賛同するように天羽くんが、俺も大谷先生じゃないならいいやと言って立ち上がり、音無くんや清水くん、染谷さんまで教室を出て行く。

 随分寂しくなった教室。十六人しか元々生徒がいないというのに、三人が欠席、五人が退席してしまったのだ。この後に控える掃除も大変そうだ。


「早くして頂戴。大谷先生は如何されたのか答えなさい。」

「その話を今から始めるんだ、静かにしなさい。」


 溜め息を吐きつつ、その先生は話し始めた。要約すると、三級適性者なのに無理して鏡操したため体調を崩し、今日は欠席している、というだけの内容だ。


「生徒を禁域に連れて行った件もある。次はいつ来られるか分からないため、それまでは俺がホームルームを行う。」

「事実と異なりますわ。大谷先生はわたくしたちを守ってくださいましたもの。」

「俺が案内するのを止めなかっただけなんだ。」


 瀬名さんと葉月くんが実際の状況を説明していくが、先生が取り合ってくれる様子はない。さらに連絡は続けられ、生徒指導の先生たちがやって来た。


「服装検査だ。指導された生徒は月曜日以降、違反箇所を直してから生徒指導室に来るように。」


 一人一人点検されていく。改造をしていないか、校章は着けているか。その辺りが見られることになる。私は制服を改造するような面倒な真似をしていないため、心配要らない。いや、校章を今日も着けていないため、来週は生徒指導室に行かなければ。

 前と後ろから点検が進められるが、既に生徒の数は少ない。生徒指導の先生もそれに気付いているはずなのに、何事もないかのように私の服装を見ている。背中側や上靴も頼まれて見やすいようにすれば、何も問題はないと確認してもらえたのか、さらさらと手元の用紙の何かを書き込んだ。

 私の検査を終えると、すぐ前の水島くんの番になった。クラスの異様な雰囲気を感じ取ったのか、私の校章不着用は見落としてもらえたようだ。気付かれないようそっと着席し、机に寝そべるようにしてさりげなく胸元を隠す。ちらりと生徒指導の先生がこちらを見た。私よりも早く水島くんの確認は終わり、先生が戻って来る。


「そういえば、校章の確認を忘れていたな。胸ポッケを見せてくれるか?」

「え、へへ。」


 体を起こすことなく見上げるが、諦めてくれる様子はない。前回、廊下を走った時に注意してきた先生であるため、その時に校章を着けていなかったことを覚えていたのだろう。笑っても誤魔化されることなく、校章が隠されているはずの場所を凝視していた。

 仕方ない。素直に再点検を受けることとしよう。隠していた左胸のポケットを見せる。


「着用して見せに来るように。」

「はい。」


 次の葉月くんの点検は素早く終わり、瀬名さんの番になる。しかし、不平不満を述べ始め、なかなか見えやすいように動かない。


「全く、制服で生徒を縛ろうだなんて、ナンセンスだと思いませんこと?そもそも何のために存在しますの?自主的な判断力云々を言うのであれば、画一的に統制しようとするべきではありませんわ。自由な服装が認められないから制服を改造するしか手段がなくなっておりますのに、その改造すらしてはいけないなんて、納得できませんわ。」

「ああ、そうか。なら廃止のために行動するべきだな。勝手に校則を破るのはただの違反だ。」


 簡単にあしらわれ、不服そうにしながら違反を紙に記されていた。他の生徒も順調に違反を記され、後日再点検を受けることになる。

 生徒指導の先生が教室から出ると、副担任の指示を待つことなく、生徒たちはそれぞれ掃除を始める。私たちの掃除する空き教室は、瀬名さん、葉月くん、水島くん、私の四人しかいない。一人は姫野さんのため朝から分かっていたが、清水くんと桃園さん、染谷さんは先ほど勝手に帰ってしまっただけだ。


「掃除日誌をつけるのは構わないのですけれど、あの者に渡すのは癪ですわね。花房様も、葉月、様も心配要りませんわ。きちんとつけはしますので。提出は大谷先生が帰って来られてからに致しますわ。」


 今日も省略した掃除だ。桃園さんと姫野さんがたびたび先に帰ってしまっていたため、何度もこういう事態にはなっている。今日は清水くんと染谷さんもいないが、その分葉月くんがいる。瀬名さんは少々やり辛そうだが、いずれ慣れるだろう。

 掃除が終われば、今日はすぐ探索に出られる。大谷先生がいなければ、私と赤坂くんの特別授業もないからだ。早速と待っていてくれた赤坂くんに声を掛けようとすれば、先に古賀さんが声をかけて来た。


「天女は制服を改造していない。私服で来たいと思うか聞きたい。」

「思わないよ。服装考えるの面倒だし。」


 黙ってこちらを見つめているが、何を言いたいのか全く分からない。何か考えているのだろうか。古賀さんも一見規定通りの着こなしだが、実は加工していることを知っている。好きな服装で通いたいのだろうか。


「何かあるの?聞くよ。」

「生徒会室に行こう。」

「えっ、ちょっと待って。」


 先に歩き出していたが、教室の入り口で立ち止まってくれた。赤坂くんに伝えると、一回寮に戻ってからここで待ち合わせようと言ってくれたため、古賀さんの所に戻る。微動だにせず立ってくれていた。


「お待たせ。」


 迷いなく歩き出す。生徒会室に用があるのだろうか。なぜ私を誘ったのだろう。生徒会室には私も初めて行くため、私がいても心強くはないと思うが、一人より二人ということだろうか。古賀さんでも一人で生徒会室は緊張するのか、それとも私が必要な用件でもあるのか。生徒会室に行く必要のある用件など、私には思い当たらない。早く探索したい気持ちもあるが、葉月くんと近づく機会を作ってくれた古賀さんの頼みだ。少し付き合うくらいはしよう。

 黙ったまま、足早に生徒会室を目指す。トントントンと扉を叩くと、女子生徒が顔を覗かせた。


「あら、古賀ちゃんじゃない。どうかしたの?」

「制服廃止について提案に来た。」

「入って。詳しく聞くわ。」


 瀬名さんと生徒指導の先生のやり取りを古賀さんも聞いていたようで、その内容を伝えている。だから、自分は制服廃止運動を始めるために生徒会に相談に来た、と。自ら行動を起こすほど嫌だったのか。しかし、その相談なら私を連れて来る必要はなかっただろう。私は制服が廃止にならなくとも困らない。

 古賀さんの話が一段落したところで、その女子生徒は私に顔を向けた。


「それで、この子は?」

「連れて来た。制服が好きな子。」


 好きなわけではない。嫌いではないだけだ。制服があるならあるで便利であり、わざわざ廃止にする必要性を感じていないというだけで、絶対に制服を残したいという意思があるわけでもない。他の誰かが廃止にするなら、特に抵抗するつもりもないため、このような場に居合わせてもらわなくとも構わないのだが、その女子生徒は何かが気に入ったようだ。笑顔で頷いている。

 帰っても良いだろうか。そう一歩引きかけるが、古賀さんは何かの目的で私にいてほしいと思ったのだ。それが終わるまではここにいよう。


「両側の意見を用意することは良いことだわ。一方的に主張するだけでは耳を貸してもらえないもの。まず、古賀ちゃんはどうして制服を廃止したいのかしら。」

「一つ目、温度調整が私服より困難だから。個々人の体調や体感気温に合わせた服装が最も体調を整えるために適しているはず。」


 上着である程度は調整も可能だが、材質や薄さという点ではやはり私服が勝る。一般に売られている服は軽量化も進んでいるのに、着ていると気にならなくとも、洗濯時には制服の重さに気付く。


「二つ目、動きにくいから。掃除の時などは制服を着用することになっているにも関わらず、腕を上げると腹部が露出する。」


 話を聞いてくれている女子生徒は古賀さんの話を紙に書き記している。これを基に、先生たちに制服廃止を訴えるのだろうか。


「三つ目、制服でなければならない理由が不明だから。学校は学ぶ場所。服装を規定することがその意義を果たすに必要不可欠なものなのか疑問。」


 古賀さんは真剣に、何も見ることなく幾つもの理由を挙げていく。以前から考えていたことなのだろうか。思い付きでこれほど意見が出て来るなら、今までは非常に不満を抱えていたのだろう。


「四つ目、服装を規定する理由が表現の自由等を制限するに値するものなのか疑問。以上。」

「分かったわ。では、そちらの、お名前はなんていうのかしら。」

「花房羽衣です。」

「花房ちゃんはどうして好きなの?」


 まず好きではないという説明から始め、嫌いではない理由を述べていく。私は極端な暑がりや寒がりではないため温度調節に苦労した覚えがなく、多少の露出も気にならない。毎日の服装を考える手間がない点が楽だと感じていることを伝える。制服があってほしいと思うほどの内容ではないことも補足した。


「ああ、興味がないのね。それなら、今古賀ちゃんの話を聞いてどう思ったかしら。」


 温度調整や可動性、服装指導の意義に関しては一理あると思えるものだった。私が不便に感じずとも、当然それを不便に感じる人はいるだろう。生徒を服装選択の手間から解放するために制服があるわけではないはずだ。その程度のものなら指導する必要はない。それならば着ていても着ていなくても問題のないはずのものだが、なぜ規定されているのだろう。

その理由が分からなければ納得できるかどうかも分からない。


「制服ってなんであるんでしょう?」

「大事よね、そこは。また来週、先生に尋ねてみましょう。あっ、と。名乗り忘れていたわね。私は大崎(おおさき)真帆(まほ)、生徒会長をしているわ。放課後、またここに来てくれるかしら。」


 古賀さんも了承し、今日は生徒会室を後にした。話を聞いて、質問に答えているだけで話は終わった。何だかついて行けていたのか不安になる早さだ。古賀さんはこれを想定していたのか、戸惑った様子もなく歩いて行く。


「校則を変える第一歩は踏み出せた。天女、来週も付き合ってほしい。私は制服を規定している校則を変えたい。」

「え、まあ、うん、いいけど。」


 家に帰るための探索時間が削られ過ぎないかが心配だ。葉月くんに授業の進捗を教える時間はなくなり、教室で友好関係を深めることができるようになったため、協力する余裕くらいはあるだろうか。

 今の私には制服でなくなる利点もあるとは考えられる。探索用の服装で授業に出れば、放課後に着替える時間は省略できる。教科書類は置きに戻ることになるが、少しでも探索時間を長く確保したい。着替える時間という無駄を省くため、私も古賀さんに協力するとしよう。

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