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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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強引な子

 古賀さんとの相談では明日の試験終了を待つこととなった。あくまでも予定を変更するつもりはないようだ。今までだって月見は耐えてきた、残り一日くらい乗り越えられる、私は月見を信じる、とどんな様子だったか伝えても考えを改めることはなかった。明日の様子次第で、別室での受験ができないか先生に相談することも検討すべきだろう。

 急いで杜鵑寮に戻る道中は赤坂くんに送ってもらうが、もう葉月くんと話す時間はない。桃園さんたちと約束した交流時間が迫っていた。


「談話室までついて行こうか?桃園さんだけが待ってたら辛いだろ。」


 先輩たちも待ってくれてはいるだろう。今は時間に余裕を持てているわけではないため、早く来て桃園さんが待ち構えていても心配はないはずだ。


「大丈夫、かな。たぶん。」


 送ってもらっただけで随分甘えているのだ。これ以上は自分で解決しよう。そう気合を入れていたが、寮の前には柊木先輩が立っていた。


「羽衣、戻ったか。もう二人は談話室で待ってるぞ。」


 寮の玄関を開けてくれる。まさか私を待ってくれていたのだろうか。自分も談話室で待っていれば良いものを、わざわざ外に出て、迎えに来てくれた。時間に遅れたからお説教という雰囲気ではなさそうだ。


「なんで柊木先輩が羽衣を出迎えるんだよ。」

「俺も桃園と二人は避けたいんでな。」


 どこか不満そうな赤坂くんに礼を言い、見送ろうとするが、赤坂くんは何かを言いたそうにしている。やはり好意に甘えすぎだっただろうか。


「どうしたの?」

「さっきはああ言ったけど、柊木先輩の所行くくらいだったら俺の所に来てもいいからな。」


 最初から候補に入れていない。泊めてくださいとは私も言いにくく、同じ寮で桃園さんも親しいため、簡単に訪ねて来るだろう。また、葉月くんや天羽くんが頼んでも断られたという話も聞いている。私が頼んでも断られてしまうだろう。


「栄お兄ちゃんの所に行くから大丈夫。」

「ああ、うん。羽衣が決めたならいいけど。」


 手を振って見送り、寮の中に入る。待ち合わせ場所はSクラス談話室だが、少しだけ待ってもらい、桃園さんと会うため体を守れる衣服を選ぶ。既に談話室にいるため、廊下は安心だ。

 扉の前で一つ深呼吸し、談話室に入る。桃園さんがひたすら京極先輩に話しかけているだけで、他の生徒はいない。


「あー!羽衣ちゃ~ん、待ってたよ~。たっくさんお話する時間を持つことが仲良くなる秘訣なのにこんなにふうにわざわざ他の人にも頼んで時間を作らないとお話しできないなんて寂しいよー。私と羽衣ちゃんの仲でしょ?」


 傍に座る間にも捲し立てられる。桃園さんとの仲はむしろ今日、深めたくなくなった。今日、力尽く引き留めようとしなければ、明日以降の業間に時間を取るくらいはしたというのに、その機会すら放棄したのは桃園さん自身だ。


「掴まれたのが怖くて、一人で桃園さんと会うのが怖くなったの。だからお願いしたんだ。柊木先輩、京極先輩、わざわざありがとうございます。」

「そんなん気にせんでええよ。梨々花ちゃんが焦り過ぎただけや。もっと羽衣ちゃんのペースに合わせたったほうが、時間はかかるかもしれへんけど、仲良うなりやすいで。」


 柊木先輩もこの言葉に賛同してくれた。これで桃園さんも少しは行動を控えてくれるだろうか。先輩たちの手前、拒否こそしないが不服そうではある。今後も警戒は続けたほうが良さそうだ。


「試験期間ってまとまった時間を作るチャンスでしょ?それなのに羽衣ちゃんは恭弥くんとかとばっかり一緒にいるんだもん。ずるい!そりゃ羽衣ちゃんも彼氏と一緒がいいかなって思って我慢してたのに、さっきちょっと話そうとしただけで逃げようとするからいけないんだよ。でも寛大な梨々花ちゃんは手を振り払われたって気にしない。ここから仲良くしていこうね!」


 気にしてほしい。先に桃園さんが強引に手を掴んだというのに、振り解こうとした私が許される側なのも納得いかない。私の思う仲良くするという言葉と、桃園さんの仲良くするという言葉の意味が違うのではないかと思うほど、最後の言葉には力が入っており、より距離を保ちたいと感じてしまう。仲良くしたいなら、まず私の手首を掴んで拘束したことを謝罪すべきだ。その上、掴まれたことが怖いと言っているのに、握手を求めているのか手を差し出してくる。無理に私の手を取らない点では京極先輩の助言を生かしているとも捉えられるが、桃園さん自身の行動の非を認めない発言を続ける限り、その手を取ることはないだろう。

 拒絶の意思を明らかにするため、両手を後ろに回した状態で返答する。今は柊木先輩も京極先輩もいるのだから臆することなどない。


「桃園さんは、私がなんで手を振り解いたか分かってる?」

「早く恭弥くんの所に行きたかったんでしょ?もう、友情も大事にしないと一人になっちゃうよ?あ、それとも彼氏以外には触られたくないとか?もー、女の子同士なんだからそんなの気にしなくっていいのにー。」


 今の私の行動も桃園さんの目には恋しているが故の行動に映るようだ。この際、桃園さんの中で私と赤坂くんが恋仲になっていることには何も言うまい。そういう問題ではなく、私の意に反して手首を掴み続けるという行為が不快であり、恐怖心を煽った。

 これをどう桃園さんにも分かってもらおう。怖かったという言葉では伝わらなかったのだ。言い回しを変えるべきだろう。


「私は桃園さんに、触られたくないの。」

「えー、なんでそんな冷たいこと言うの?私は羽衣ちゃんといっぱい手繋いだりハグしたりしたい!触れ合うことは仲良くなるために重要なんだよ?ほら、物理的に近くにいる人とは仲良くなりやすいって言うし、やってみようよ。羽衣ちゃんも私ともっと一緒にいたいって思うようになるかも!」


 ねえねえ、とまだまだ話し続けている。近くにいる人と仲良くなりやすいとしても、必ず仲良くなれるわけではない。どれほど近くにいようとも、既に不快感や不信感があるならば、親密にはなれないだろう。

 私の言葉が桃園さんにとっては冷たいと感じられるものだった。その上、なぜ言われているのかさえ理解できていない。怖いという感情が分からないのだろうか。これ以上どう説明すべきか分からず、柊木先輩に助けを求めてしまった。


「桃園は、得体の知れない相手に手足を拘束されたらどう感じる?」

「えー、なんですか、それ?急に物騒な話始めますね。こんなに可愛い梨々花ちゃんを捕まえる相手だから、あー!梨々花ちゃん売られちゃう!助けて!って叫びますよ。そんな怖い想像させないでくださいよ。女の子になんてこと考えさせるんですか。」

「羽衣が桃園に対して感じたのも同じような恐怖だな。」


 私と桃園さんは約二か月間、同じ教室に通ったクラスメイトではあるが、恐怖という意味では同じだ。手を拘束された点も変わらない。あえて関係のない例えとすることで、桃園さんに自分を正当化させないようにしてくれたのだろうか。

 今度は桃園さんも自分のしたことをしっかり思い返してくれている。あまり納得していない様子だが、私が関わり合いになりたがっていない点だけ理解してもらえれば十分だ。


「こんな可愛い女の子がちょっと手を掴むのと、不審者が紐か何かで縛るのを同じにしないでもらえます?もー、失礼ですね。ねえ、亜希子先輩?梨々花ちゃんがちょっと手を繋ごうとする程度、可愛いものでしょう?」

「羽衣ちゃんにはちょっと手ぇ繋ごうとしたって感じられへんかったってのが問題やな。触らへんのが仲良うなる近道やで。」


 この言い方は理解しやすかったのか、なるほどと呟き、頷いている。最初から難しい話はしていないはずだが、私とは理解の方法が異なるのだろう。触らないという同じ結論に辿り着くならどちらでも良い。しかし反省の色がないことには不安を覚える。

 もう安全だろうと後ろに隠した手を膝の上に戻す。すると桃園さんの手が伸びて来るが、すかさず柊木先輩が掴んでくれた。


「桃園、話を聞いていたか?」

「聞いてましたー!もう、隙あり、って思ったのに。分かった、じゃあこうしよう。今だけ手繋いでお話しよう?そうしたら、羽衣ちゃんも梨々花ちゃんに触られるのが怖くなくなるかも!トラウマを乗り越えるお手伝いをするよ!」


 絶対に嫌だ。どんな思考回路でその答えに辿り着いたのかが全く分からない。桃園さんの行動が原因で、桃園さんに触られたくないと言っているのに、どうしてその結論になるのか。触れずに親しくする選択肢が存在しないかのようだ。

 再び私は両手を後ろに回す。すると今度は身を寄せようとしてきたため、桃園さんの隣から席を移動する。追いかけてこようとする動きは京極先輩が止めてくれた。


「梨々花ちゃん、羽衣ちゃんに嫌われたないやろ?その辺で止めとき。」

「はーい。仕方ないなあ。梨々花ちゃんがせっかく仲良くなりたいって言ってあげてるのに。気の遣える良い子の梨々花ちゃんは、羽衣ちゃんに合わせてちゃんと距離を取ってあげまーす!」


 これで一安心だ。一対一で向き合うことはないよう気を付けるが、全力で逃げなければならないほど追いかけて来ることもないだろう。


「じゃあ羽衣ちゃんは人と触れ合うのが好きじゃないの?動物とかとは?お兄さんとも触れ合わないの?なんで恭弥くんとはあれだけベタベタしてても平気なの?平気どころか嬉しそうにしてるの?」


 矢継ぎ早に繰り出された質問に答えていくが、返事をすれば倍以上になった質問が飛んでくる。そうかと思えば桃園さん自身の話になり、聞いているといつの間にか桃園さんの周りの人の話にもなっている。

 体感では何時間も桃園さんの話を聞き、眠くなってきた頃、京極先輩が私の様子に気付いてくれた。柊木先輩も退屈そうにしているため、同じように思っているのかもしれない。


「今日はこれで終わりにしよか。梨々花ちゃんも夜更かしはお肌の天敵なんやろ?早うお風呂入って寝やんとな。」

「はーい!羽衣ちゃんも一緒に入ろう?裸の付き合いってやつだよ。色んな子と仲良くなるチャンスかも!もちろん、お風呂入ってる間、梨々花ちゃんとだけ話してくれても私は嬉しいよ!」


 大浴場には一度も入っていない。桃園さんと遭遇する危険を考えれば、今後も入らないほうが良いだろう。Sクラスの私室にはシャワーも湯船も揃っているため、大浴場に入る必要がないのだ。一人で落ち着いて入浴したいなら、自室の風呂が適している。石鹸類を購入してもらう必要はあるが、探索などのためには一人で湯に浸かりながら考え事をする時間があっても良いだろう。

 そもそも触れたくないと言っている人と一緒に入るわけがない。これは聞き入れられないと分かった上での提案だろうか。


「嫌だよ。私は一人でゆっくり入るのが好きなの。」

「もー、羽衣ちゃんたらシャイなんだから!また今度一緒に入ろうね。梨々花ちゃんはきちんと待てる良い子でーす!でもそんなに長くは待てないから、早く仲良くなりたいな!じゃ、また後でね。」


 後で部屋にでも来る気だろうか。やはり自室にはいないほうが良さそうだ。今夜と明朝の着替えを持って豹寮に行こう。

 夜だというのに元気が有り余っている様子の桃園さんが談話室を出て行った。戻って来る前に寝支度を済ませたい。ここからは迅速な行動が必要だ。


「今から豹寮に行ってきます。」

「こんな時間から何しに行くん?鏡界の番人はもうええんか?」


 入浴するにも普段より遅い時間だ。それは京極先輩の基準でも同じだったようで、疑問を顔に浮かべている。鏡界の番人の件も気にならないわけではないが、そんな信憑性に欠ける噂話より先ほどまでいた桃園さんのほうが危険だ。


「良くはありませんけど、今日は栄お兄ちゃんの所に泊めてもらおうと思ってるんです。」

「天気も悪いのに。そうや、栄のほうに来てもらえばええねん。うちが呼んで来たるわ。」

「俺が行く。二人は俺の部屋で待っててくれ。羽衣の部屋には行くかもしれないが、まさか俺の部屋にまでは来ないだろう。来ても無視すればいい。どうせ入って来られないんだ。」


 京極先輩も賛同し、私が答える間もなくAクラスの階にまで下ろされる。こんな時間と表現していたのに、二人とも栄お兄ちゃんを杜鵑寮まで呼びつけることに抵抗はないようだ。

 部屋の主がいない部屋に二人残された。零ちゃんとも遊んだ時に入った部屋だ。その時は折り紙やお絵描きの道具が出されていたが、今は全て片付けられ、整頓されている。その中にその他の装飾から浮いて見える意匠の鞄が置かれていた。


「羽衣ちゃんもゆっくり待っとき。そわそわしたって待ってる時間は変わらへんで。」


 ここは京極先輩の部屋かと思うほど寛いでいる。部屋のクッションを勝手に使い、寝そべっていた。それを見習うことはできないため、遊ぶ時にも使っていた机の傍に大人しく座っていよう。それでも落ち着かない気分で、早く戻ってきて欲しいと願いながらの時間となった。

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