Chapter3の続き
ゆっくり眠って、朝食もしっかり食べて。そろそろ出発しようと玄関を出ると、赤坂くんと鉢合わせた。
「ああ、今押そうとしてたんだよ。昨日元気なさそうだったから。今日はどうする?」
「もちろん遊ぶよ。ほら行こう!あっ。」
少し雨が降っている。これから家に帰るなら気にしない程度だが、人の家に上がるのに濡れた状態は避けたい。明日から試験なのに風邪も引いていられない。傘を取って来よう。しかしなぜか手を引いて引き留められた。
何だろうと待っていると、赤坂くんは自分の傘を開いて、私の腰を引き寄せた。玄関のほうを見て、舌を出している。
「恭弥?いい加減にしないと怒るから。」
既に怒っているような声色だ。しかし赤坂くんは懲りることなく、むしろより強く私を抱き寄せる。栄お兄ちゃんの視線が鋭くなっている気がしたため、安心させるために笑顔で手を振った。
「ほら、羽衣も嫌がってないんだからいいだろ?」
「あったかいね。じゃあ、栄お兄ちゃん、行ってきます。」
一つの傘に二人で入り、ゆっくり歩く。腕は離されてしまったが、傘から出ないようにはしてくれている。小雨ではあるが人通りも少ないため、並んで歩いていても邪魔にはならないだろう。傘の範囲からも出ていないため、誰かとすれ違う時にも迷惑にはなりにくそうだ。
足取りを合わせるためか、ちらちらと私のほうを確認しながら歩いてくれる。一緒に遊ぶのが楽しみで笑ってみせると、きゅっと口を結んで、私のほうを見てくれなくなってしまった。
「ねえ、なんで一緒の傘に入ってるの?」
ふと思いついた疑問を口にする。一瞬だけこちらを見たが、やはりすぐ前を向いてしまう。口を開きかけてまた閉じてを数回繰り返し、結局何も言ってくれない。
言い辛いことなのだろうか。濡れないためには、二人で別々の傘に入るほうが確実だ。それにも関わらず、同じ傘に入ろうとした、あるいは自分の傘に私を入れようとした。どちらでも同じことか。それらの理由は何だろう。
同じ傘に入っていれば、必然的にくっつくことになる。寂しい時や体調を崩している時は人と触れていたい気持ちになる。不安になったり、傍にいてほしいと思ったりする。そして、それを相手に伝えることを躊躇してしまう時は私にもあった。不思議とそれを伝えることが恥ずかしくなるのだ。そのせいで冷たい言葉を発してしまうこともある。今、赤坂くんは何も言わないが、寂しいからくっつきたかったと言えなかっただけではないだろうか。
これはあくまで私の推測だ。自分から言うことを恥ずかしいと感じていても、問いかけられれば否定か肯定はできるかもしれない。
「会いたかったの?」
驚愕の表情で私を見た。そんなに驚くことだろうか。何か言葉を間違えてしまっただろうか。寂しいから親しい誰かとくっつきたくて、会いたいと思うことはよくあることだ。それが特定の誰かのこともあれば、親しい誰かのうち誰でも良いこともある。赤坂くんにとって私が親しい誰かに入っているのだろうか。
私が今一番会いたくて、一番抱き着きたいのは鏡の向こうの家族や友達だ。だけど今は栄お兄ちゃんや赤坂くんで我慢できる。赤坂くんが寂しかったなら、傘を閉じたら抱き着いてあげよう。
寂しかったのかどうか聞きたかったのに、返事がないまま赤坂くんの家に着いてしまった。これでは本当はどう思っているのか分からない。私には知られたくないという意思表示なのだろうか。それならこれ以上追及はすまい。寂しくなくても私と遊びたいとは思ってくれているようであり、寂しかったとしても一緒に遊んでいれば気が紛れるだろう。
「会いたかったっつったらどうすんだよ。」
「嬉しいって言うよ。」
『鏡争の波紋』のオープニングを眺めながら、先週よりも近い距離に座る。やはり寂しいのだろうか。肩に凭れられそうな距離感だ。いくら寂しくても同い年の人にそこまで甘えられない。
画面には先週終了したオウメン港前が映っている。たしか、宿屋で朝を待とうという話だった。宿屋の主人に話しかけて出現した選択肢から一泊することを選べば、船着き場に場面は変わる。
「早速出発みたいだね。こういう海に出るイベントって、化け物に襲われることが多い気がするけど。」
「一週間ぶりでいきなりボス戦はやめてほしいな。操作が覚束ないだろ。」
同じ不安を抱きつつ、港の人たちとの会話を終える。どうやら、船の操縦を最小限の人数で行い、敵を私たちが討伐できれば向かいの港に届けてくれるという。ミロワなどは街の人のために倒す気満々だ。
「倒せなくてもゲームオーバーじゃなくて戻されるだけっぽいな。」
「へえ、そんなこともあるんだね。」
何はともあれ出航だ。穏やかな海、青い空、時折聞こえるカモメの声に、波の音。往来する船が襲撃されているとは思えないほどの静けさだ。船に乗っているアージュやミロワたちも、のんびりと海を眺めたり、甲板に座っていたりする。
突然、甲板に影が落ちた。四角く、隙間もある影だが、その正体は画面に映らない。黒衣の人間たちが甲板に降り立つ姿だけが切り取られた。
「身構えろ!襲撃者だ。」
グラスの声に反応して、アージュとミロワも集まった。私たちが操作しての戦闘が始まる。
敵の数は四人。対するこちらも四人。波打つような形状の剣を持っている者が二人、それらの後ろで詠唱しているような者が二人。まずは鏡術士から倒すべきだろう。どんな術を使ってくるかにも興味があるが、放置すれば苦戦は必至だ。しかし、こちらも後衛のグラスとラースの所に敵を行かせるわけにはいかない。
ひとまず近くにいた剣の敵二人を私の操作するミロワに足止めさせる。広範囲を攻撃できるミロワは強敵に対しては火力不足感が否めないが、後衛への攻撃を足止めするには適している。弱い敵ならそれだけで一層できるが、この戦闘ではそうもいかないようだ。
幾つかの鏡技と通常攻撃を織り交ぜつつ戦っている間に、赤坂くんの操作するアージュが鏡術士を二人とも倒してくれていた。甲板に倒れ、他の敵のように消えていない。しかしそれを補充するように上空からさらに二人降ってきた。着地点から動かず、術を唱えている。
「時間かな、人数かな?」
「倒しながら海峡を渡るって話だったから、時間かもな。気力節約しながら戦うか。」
私も鏡技の使用を控えつつ、敵の相手をしていく。赤坂くんは敵に鏡術の詠唱を完了させないことを、私は味方の所に行かせないことを最優先に、戦闘を継続する。最初に鏡技を使っていたからか、ミロワの対峙していた二人もほぼ同時に倒れた。やはり上空から同じような二人が飛び降りて来る。これはいくら倒してもきりがなさそうだ。
回復用の消耗品などを使用しつつ、時間を稼ぐ。倒した敵の数が十を超えたかという頃、上空から補充されることがなくなった。ミロワが足止めしていた二人を倒すためにアージュも加勢する。
まもなく敵を全て倒し、十人以上の死体が甲板に転がっている。他の場所では倒した敵の死体は消え去っていたというのに、これはイベントだからだろうか。死体ではあるが、怪我の描写も血が付いている様子もない。気絶しているだけだろうか。しかし、帯で攻撃しているミロワはともかく、アージュは真剣、グラスは実弾だ。血が出ないことはないだろう。年齢制限の問題で描写されていないだけか。
「終わったっぽいな。」
「うん。でもまだ動かせるね。」
緊張感なくアージュもミロワも死体の周りをくるくると回っている。踏んでいるようにも見えるが、彼らは気にしないのだろうか。いや、操作しているのは私たちだ。
動かせるなー、と思いつつ無意味にうろうろさせていると、急にミロワたちは勝手に欄干に近づいた。画面もアージュの視点を借りるように、港を映し出す。装飾された文字がそこはトツメン港だと教えてくれた。
「到着しやしたぜ。じゃ、帰りはまた声をかけてくだせえ。」
しゃがれた声の男性が事務的なことを教えてくれ、港に下ろされる。この章が終わったことを示す文章が表示され、町の中を自由に動けるようになった。戦闘を重ねて、何人も殺して、やっとのこと別の大陸に渡ったはずなのに、随分あっさりとしたものだ。
画面下部に表示されている体力や気力は随分減っている。戦闘不能になりそうなほどではないが、このまま港町を出たくはない数字だ。港町ならここでも宿屋はあるだろう。
「何か疲れたね。」
「いつ終わるか分かんなかったしな。宿屋で休んで、俺らもちょっと休憩にしよっか。」
オウメン港とは異なる作りの街を探索しつつ、武具屋などは通り過ぎる。画面の中も雨が降っているため、どんな物が置かれているかは見えにくい。しかし、今の目的は宿屋だ。さほど広くないおかげで、何分もかかることなく見つけられた。先ほどの戦闘でゲーム内通貨もたくさん入手できたため、躊躇なく泊まれる。
宿泊しますか、の問いに肯定の選択肢を選び、赤坂くんは台所に何かを取りに行った。しかし、ゲーム画面は宿泊の音楽ではなく、グラスの声を流している。
「ミロワ、どこに行く気だ。」
宿屋から抜け出したミロワをグラスが呼び止めている。先ほど探索した時より人が少なく、辺りは暗い。深夜なのだろう。
「少し散歩に、ね。」
「同行しよう。俺も気になる物があった。」
二人並んで歩いている。花壇の前を通り、ベンチを通り過ぎ、細い路地へ入って行く。みゃーう、という猫の鳴き声もするが、それには無反応だ。
突然、私の口に何か押し当てられた。
「はい、あーん。」
赤坂くんに促されて口を開けると、ころりと何かが入る。口の中がすーっとするが、甘さも感じられた。
「のど飴くらいしかなかったけど、それも美味しいだろ?」
まだ大きいため、頷くことで返事に代える。私が喜んだことを確認して、再び隣に座った。先ほどと同じように触れそうなほどの距離だ。
自分の視線を赤坂くんから引き剥がし、画面に戻す。壺のような形状の編み籠を振っている人と、それを眺める数人が床に座っていた。その数人の中にはミロワとグラスも含まれている。
「これ、何してんの?」
「わかんない。さっきは、やどをぬけだして、あるいてたんだけど。」
編み籠を振っていた人がそれを逆さにして床に置く。持ち上げると、中からは二つのサイコロが出てきた。手品でもしているのだろうか。それならば編み籠の人の前に置かれている硬貨は報酬だろう。喜んでいる人と残念がっている人がいることは不思議だ。期待したようなものではなかったのだろうか。
「ああ、丁半か。」
「ちょうはん?」
何か納得したように赤坂くんが言ったため、説明を求める。私は聞いたことがない言葉だ。どんな字を書くのだろう。
「賭け事だよ。出た目の合計が奇数か偶数か賭けるんだ。」
「それだけ?つまらなそうだね。」
「娯楽が少ない時代の遊びだからだろ?」
画面の中の人たちは楽しそうだ。ただしミロワとグラスは真剣な表情をしている。そう思うと何やら目配せをして、グラスが話し始めた。
「俺たちはこの街に来たところなんだが、何かおかしいことはないか。港町と聞いて想像したものと違ったのだが。」
「ああ、そりゃそうだ。今は全然船が出てねえからなあ。しっかし、不思議な組み合わせだな。お二人はどういった関係で?」
言われてみるとミロワとグラスの二人組は少し目を引くかもしれない。親子と言うには歳が近く、兄妹と言うには離れている。私とお姉ちゃんも年齢は離れているが、ミロワとグラスほど離れているようには見えないだろう。そもそも、親子や兄妹で賭け事をするような場所には行くとは思えない。趣味が同じなら行くのだろうか。
ミロワはすっと視線を落とし、沈んだ声で返事をした。
「少し、訳ありで。黒衣を着た人間に心当たりはありませんか。」
「こりゃ悪いことを聞いた。詳しくは聞かねえさ。しかし、黒衣の人間か。悪いが、そんな者、見たことがないな。リフシアや帝都ではそんな人間がうろついているという噂は聞いたが。」
リフシアとは何だ。街の名ではあると分かるが、初めて聞く名だ。今後行くことになるのだろう。
またミロワとグラスは目配せをする。私たちには分からないが、登場人物たちには何か分かったようだ。この後話してくれるのだろうか。そんな期待も空しく、徐々に画面が暗くなり、宿泊した時の音楽が流れた。次に画面が明るくなった時には宿の主人の前に立っており、登場人物たちは何も言ってくれない。
「続きがある感じ、かな。」
「とりあえずメインストーリー進めたら何か分かるかもな。リフシアってのだけ覚えとこ。」
街の中の探索を済ませると、外へ出る。ずっと激しい雨が降っており、視界が悪い。それでもアージュたちの動きは晴れている時と遜色なく、どんな急旋回をしても滑ることはない。ゲームをしていると毎回思うが、登場人物たちの身体能力は高すぎやしないだろうか。旅をしているとその辺りも鍛えられるのかもしれない。私も探索を以前より多くしているため、多少は体育の成績がよくなると期待しよう。
そうやって周辺の探索に時間を費やした結果、今日はこれ以上話を進めることなく、昼食の時間を迎えることとなった。




