試験勉強
水島くんとの勉強会だ、と自席に戻れば、今日は古賀さんも残っていた。円形に並び替えられた三つの席の一つに座っている。制服も規定通り着こなしているように見えるが、改造しているのは姫野さんや桃園さんが主なのだろうか。あの二人は少し気を付ければすぐ分かるようなアップリケを縫い付けていた。縫い目も荒かったため、得意ではないのだろう。
水島くんの制服も規定通りで、校章までしっかり着けている。非の打ち所のない優等生といった見た目だ。
「どうした、花房さん。何かおかしい所でもあるか?」
「ううん。昨日、生指に捕まっちゃって。それで、制服の改造の話があってね、どんなふうなのかなって。」
こちらに向いていた視線が古賀さんの胸元に移った。古賀さんも自分の襟を持ち上げている。校章こそ着けていないものの、何の手も加えていない私の指定シャツと同じだ。
「ボタン付近をよく見てみろ。さりげなく刺繍が施されている。」
指で古賀さんがボタンで影になる部分や、服が重なっている部分を見やすくしてくれる。そこには白い糸で文様が描かれていた。これはよほど注意深く見なければ気付かないだろう。
「唐草模様。こんな所まで確認なんてしないからばれない。」
「へえ。これ、自分でやったの?」
「当然。天女のためならしてあげてもいい。」
「それはいいや。」
生徒指導に呼び出される理由を増やしたくない。ばれるかばれないかという緊張感だって要らない。指導されれば新しい指定服を買い直すことになるだろう。また栄お兄ちゃんに頼むことになってしまう。
一見して分からない古賀さんも制服を加工していた。それなら水島くんもしているかもしれない。
「僕は改造などしていないぞ。将来のために、品行方正を心掛けているのだ。」
「塩湖は気にしすぎ。あの方は一人一人の心を尊重してくださる。」
誰のことだろう。古賀さんがとても尊敬していることは伝わってくるが、どのような関係の人かは分からない。それ以上説明する気もないようで、再び問題集に目を落とした。
「ふん。規則も守れないような者など、組織にいても厄介なだけだろう。時間を守り、規則を守れる者のほうが採用されやすいはずだ。」
「そうとは限らない。制服を規定通り着ているかどうかなんて些細な違い。」
「有瀬さんも制服の改造など一切せず、校章を忘れたことすらないぞ。」
「会社とは関係ない。」
白熱した議論になりかけるが、二人が揃ってこちらを見た。とても真剣な表情で、何かを待っているようだ。しかし、私に何を求めているのかは分からない。
「花房さんはどう思う?」
「えっと、何の話?」
「制服の改造に関してだ。僕はすべきではないと思うのだが。」
正直どちらでも良い。したいならすれば良い。先生には怒られるかもしれないが、それでもしたいなら私が口を挟むことではない。私はわざわざ手間をかけて怒られる理由を増やしたくないため、改造しないだけだ。制服に不満があるわけでもない。
「好きにしたらいいよ。ばれてもその人が怒られるだけだし。」
二人とも動きを止めたまま、私を見つめる。これ以上言葉を続けるつもりはないため、自分の問題集に目を落とす。今は英語だ。気乗りしない。英単語から意味を答える問題や、意味から英単語を答える問題が羅列されている。その次は文法への理解を試すためだけのとても短い文章。長文ならまだ内容に目新しさがあるため読む気にもなるが、これは見ているだけで苛立ちが募る。
「意外と冷たいのだな。生徒として、校則を守るべきか否かという話なのだが。」
「私は基本的に守るつもりだけど、守りなさいって他の人には言わないかな。面倒だし。」
そんなことを言っている時間があれば、私は仲の良い人と楽しいお話をしたい。勉強でもしていれば、試験が返ってきた時の楽しみになる。早く寮に戻れればその分長く探索だってできる。
「それが賢明。守るべきという主張が正しいものだとしても、それで天女が敵視されるほうが心配。校則を破る連中なんて基本理不尽。」
「古賀さんがそれを言うのか。言っておくが、古賀さんも校則を破る連中の一員だぞ。」
「そう。私も注意されたら余計なお世話と言う。」
先生に怒られてしまわないように、という親切心の場合もあると思うが、それが余計なお世話なのだろう。校則違反であることは本人も分かっているはずだ。ばれないように違反しているということは、生徒指導室に呼び出されたくないという思いはあるのだろう。それでもわざわざ制服に刺繍をする理由は分からないが、制服でも自分好みに変えたいのかもしれない。
「塩湖のは文殊への対抗心もある。主席で親にも期待されてる。」
「それこそ余計なお世話というものだ。僕の上は有瀬さんだけなのだ。張り合える相手が彼女しかいないとも言える。」
「総合ではそう。教科別なら他にもいる。」
対抗心が勉強への意欲になるなら好きにすれば良い。それで結果に繋がるなら、その方法が水島くんにはあっているのだろう。幸い、その張り合う相手は私ではないため、私も好きなように勉強させてもらおう。それ以前にまずは提出物を片付けなければならない。いつまでも見続けたくないため、ささっと解いていく。一瞬見て分からなかった問題は飛ばす。暗記科目なのだから、いくら考えても分からないものは分からない。
「古賀さんに敵わないのは国語だけだ。他は勝っている。」
「そう。頑張って。レッドも得意かもしれない。短歌で返事ができた。」
「本当か?そういったものを好んでいるようには見えなかったが。」
私を褒めてくれた時のことだ。短歌で会話のようなものをしていたのはその一回のため、好んでいるわけではないだろう。そういえば、今日は一緒に勉強をしないようだ。既に教室にはいない。古賀さんに場所を取られてしまっているからかもしれない。
「どうした、花房さん。」
「え?ううん、何でもない。赤坂くん、帰っちゃったんだって思っただけ。」
「古賀さんがいるからだろう。僕と君の二人きりにはならない。もっとも、僕が口説かないという保証はないが。」
「私は人の恋路に首を突っ込まない。目の前で口説き始めても気にしない。」
肝が据わっているようだ。私ならそっとその場を離れるだろう。どんな顔をして友達が口説き、口説かれという場面に居合わせて良いのか分からない。そもそも、具体的にどんな状況なのか想像つかない。ただ褒めているだけなら口説くにはあたらないだろう。
好きだとか付き合ってほしいだとか言うのだろうか。手を取って跪くのだろうか。花束を捧げるのだろうか。どれも現実的とは思えない。なぜか、付き合っていることにするかという赤坂くんの問いを思い出した。結局、答えは保留のままだ。
「僕に人の仲を引き裂く趣味はない。第一、花房さんの眼中に僕はないようだからな。」
「ねえ、二人はどう口説くの?」
きっと二人には口説くという行為の具体例が思い浮かんでいるのだろう。だから気にしないという結論がすぐに出てきて、自分が口説くという話を始められた。しかし、私の問いに二人は一瞬ぽかんとし、気を取り直して答え始める。
「そうだな、僕が花房さんを口説くなら、まずその純粋さを褒める。それから、勉強や授業に真っ直ぐ向き合う姿勢は尊敬に値する、と言うよ。最後に、これからの人生を共に歩みたいと告白をするだろう。」
「大袈裟。私なら一緒にいたい、卒業しても一番傍にいようと言う。天女といることが私の幸せだから、天女も私といることを幸せにしてほしいと願う。」
二人とも私を口説くという想定で答えてくれた。どちらも相手に対する想いや自分の願いを伝えるようだ。やはりこのような言葉が飛び交う場所に居続けることは難しそうだ。断られた場合、どちらも慰めなくてはならない気分になってしまいそうだ。
そしてもう一つ。好きだとか何だとか言うだけが告白ではないことも分かった。それなら、あの赤坂くんの提案は告白だったのだろうか。好きでないなら断るべきとはそういうことだろうか。しかし、真剣に検討したことを突っ込まれ、今は保留で良いとも言われた。
「天女を口説く輩はいそう。」
「そうだろうか。先輩に睨まれる危険を冒す者などそう多くはないだろう。しかし、ないとも言い切れない。悩み事なら聞こう。誰かに何か言われたのか?」
悩んでいるというほどではない。ふと思い出しただけだ。誰かに何かを言われたことは本当だが、相談したいことではなかった。ただし隠すようなことでもない。秘密にしてほしいとも頼まれていないため、話しても良い内容だ。
「一回ね、赤坂くんに付き合ってることにする?って言われたの。返事は保留のままなんだけど、何だっただろうなって。」
「花房さんは一度付き合いを見直したほうが良いかもしれないな。そのような不誠実なことを言う輩など碌な者ではない。」
「面白半分、遊びのつもりなら私が容赦しない。天女は自分がその相手と今以上に親密になりたいのか検討すべき。」
二人とも真剣に厳しい言葉を発した。今のところ、探索や勉強、迎えに来てくれるなどの約束は全て守ってくれているため、水島くんの言うように赤坂くんが不誠実な人とは思えない。七不思議探索に便利だからという理由があるため、付き合っているふりという遊びでもない。古賀さんの心配するような状況にもなっていないだろう。
今以上に親密になりたいか。学校だけでなく、日曜日にも一緒に遊んでいるのだから、自然と仲良くはなっていくだろう。そこに付き合っているふりという手段は必要ない。
「んー、仲良くはなりたいけど、今も一緒に遊んだりしてるし。そんなに悩んでるってわけじゃないから気にしないで。ちょっと思い出しただけだから。」
「それなら構わないが。一度お兄さんか誰かに相談してみることをお勧めするよ。」
「私からはキョウ先輩、京極亜希子先輩をお勧めする。意外と的確な助言をくれる。」
栄お兄ちゃんには明日聞こう。京極先輩なら来週か再来週か。古賀さんはクラスの子たちになら個性的な呼び名を付けているのに、先輩には付けないようだ。
三人ともそれぞれの勉強道具に目を落とす。数学の時より進まない問題集を解いていく。英語の試験は一日目だ。もう来週の月曜日に迫っているため、土曜日も頑張らなくてはならないだろう。
「花房さん、進捗はどうかな。」
「そこそこ。提出は間に合いそうだよ。」
「そうか。古賀さんも国語と英語以外は不得手だったな。そちらはどうだ?」
「問題ない。試験くらい落としても補習で単位はもらえる。それと、世界史も好き。」
提出物が順調に進んでいるという意味なのか、試験結果は気にしないという意味なのか。多少なりとも気にしているから勉強しているのではないかとも思うが、意欲は低いようだ。今も問題集と教科書、ノートを並べて、提出物を片付けている。
国語と社会は私も得意だった。だけど英語は苦手。古賀さんが好きなら、何か助言を得られないだろうか。
「英語も好きなの?どうして?」
「言語を知ることは文化を知ること。文化を知ることは人の物語を知ること。私は小説を読むのが好き。」
分からなくはないが、授業では単語と文法の暗記ばかりだ。文化を知っている感覚は薄い。学校の英語から由来などを探り始めれば、世界史のような楽しさを得られるかもしれない。ただし、今の私にそのような時間はない。まずは鏡の向こうに帰る方法を探すのだから。一度図書館を覗いてみる時間くらいはあるだろうか。
「小説以外もよく紐解いているな。古賀さんは知識が本当に深い。成績に反映されないのが不思議なくらいだ。」
「授業で手に入る知識なんてほんの一部。いくら聞いても興味のない知識は自分のものにならない。」
試験結果は振るわないらしい。私も一度聞いただけで覚えていることもあれば、何回聞いても忘れてしまうこともある。鏡操に関する知識は鏡の向こうの家族に会うために必要なため、いつも気合を入れて受けている。まだ対の鏡を作成することに関しては詳しく聞けていない。
水島くんはペンを置き、頬杖をついた。古賀さんを羨まし気に見ているようでもある。
「本気を出せば僕どころか有瀬さんですら敵ではないだろうに、勿体ないことだ。なぜそんなに得意科目と不得意科目の差が激しいのだ。」
「興味の有無。全教科で最優秀の結果を求めると大変。」
好きな科目の点数が低いと次回頑張ろうと思うが、好きではない科目は赤点でなければ満足してしまう。この学校の試験がどのようなものか分からないため、試験が近づくにつれ緊張感は増してきた。
試験までは探索を我慢し、勉強に専念しよう。




