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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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水島拓海との勉強会

 今日から部活停止期間だ。毎日部活に行っている人とも放課後に交流することが可能になる。八限も終了した今、待ってくれている水島くんとの勉強会もできる。私たちが大谷先生から鏡操の授業を受けている間も、自席で課題をこなしていた。

 自分の荷物をまとめて、水島くんの前に立つ。数式に集中しているようだ。同じ公式を使う問題をいくつも解いている。一問解き終わったと見計らい、声をかけた。


「お待たせ。どこで勉強する?」

「ここで十分だ。試験勉強は図書館の追加情報が必要になることも少ない。勉強していて教室から追い出されることもないからね。」


 机の向きを反転させて、私の机を引っ付けた。ここで勉強できるのか。私も今日の勉強会のために用意した数学の参考書、問題集、授業でも使用した教科書類を取り出す。椅子を引く音で気付いたのか、赤坂くんも隣に勉強道具を用意し始めた。

 数学など公式を覚えているかどうかの暗記科目だ。英語より暗記する量が少ない分、私にとっては負担が軽い。試験直前の暗記が役立つ数少ない事例だ。


「そういえば花房さん、明日が誕生日だそうだな。」

「うん、栄先輩にお祝いしてもらうの。だから明日は勉強会には参加できないんだ。」


 今日の予定しか話していなかったため、明日以降の話を伝える。明日のご馳走は楽しみだが、今は勉強の時間だ。自分一人ではすぐに何かと理由を付けて休憩をしたり、気晴らしに探索をしたりしてしまうが、こうしていれば勉強を続けられる。

 話しながらもサクサクと問題を解いていく。提出物に指定されている問題集も解き始めの部分は簡単だ。三人とも話しつつ課題をこなす。


「俺も二日連続で勉強会はきっついなぁ。提出物だけできたら十分だろ。」

「全く赤坂君は意欲に欠ける。そんなことでは好成績を収めることはできないぞ。」


 そう言われている赤坂くんも、むしろ私より早く問題を解き終えている。勉強は嫌いだが、苦手なわけではないようだ。水島くんは先に始めていたため分からないが、提出物以外の勉強もするのだろう。私も今までは提出物のみで試験を凌いできた。今回の試験結果次第では、参考書に書かれている問題文を解いたり、熟読したりする必要がでてくるかもしれない。

 少しずつ計算が複雑な問題になってくる。グラフを描く問題もあった。


「花房さん、その出来では減点されてしまうぞ。一点、半点、惜しまなければ学年一位の座は遠ざかる。」

「別に一位にはならなくていいかな。程遠いし。」


 クラス内にも自分より点数の良い人は何人もいた。勉強で競い合う気もない。前回の自分の試験より良い点数が取れると嬉しいだけだ。グラフを描くのは面倒で手を抜きがちであるため、そこは反省点だろう。

 得意科目によってはクラスで一番勉強ができる人より点数が高いこともあった。苦手科目は補習の課される赤点になりそうなくらいだった。


「向上心が足りないな。打倒、有瀬智慧だ。次こそ学年一位の座を譲ってもらうぞ。」


 やる気に溢れている。前回まではその二人で学年一位、二位を争っていたのだろう。点数を上げるという向上心なら私にもある。順位はそこについてくるだけのものだ。解けると気持ちが良いというのもある。


「へー、頑張って。」

「熱心だなー。」

「二人ともやる気が足りないぞ。主席と次席は大きく異なるんだ。上位三十人が全クラスに掲示されるが、主席の名は覚えていても次席の名は覚えていない。卒業後のことを考えると、多くの生徒に名を覚えていてもらうのは重要だ。」


 そういうものなのか。卒業後のことなど私には考える余裕はない。まずは家族の下に帰ることだ。今年度すらここで過ごすか定かではない。なるべく早く帰りたいものだ。いずれ帰ることを考えると、覚えてもらう必要はない。ただし、帰ってからも高校に通う予定であるため、勉強自体は必要だ。

 卒業後に名を知られている必要性も私には分からない。何か利点を見ているようではあるが、どういったものなのだろう。


「覚えててほしいんだ。」

「もちろんだとも。同年代でも評判であれば、同じ組織に属した時、上司にも見てもらいやすいだろう。」


 そうだろうか。同じ組織に属するかどうかも定かではないため、主席になる動機としては強くならない気もする。水島くんにとってはそうではないのかもしれない。もう既に卒業後の進路を考えている部分は少し大人に見えた。


「卒業後どうしたい、とかあるのか?」

「もちろん有瀬鏡操士派遣会社に就職するつもりだ。あの赤坂美恵子もその会社に所属していた。赤坂君は名字が同じだが、何か関係があるのか?」

「俺のばあちゃん。血縁関係はないけど、育ててくれたんだ。」


 以前有瀬さんに聞かれた時も躊躇なく答えていたことだ。水島くんが挙げた会社の名前には有瀬さんと同じ名字が入っている。栄お兄ちゃんも赤坂くんも有瀬の名を知っているような雰囲気だったのは、会社の名前に入っているからか。赤坂美恵子という人物に関しても、「あの」と表現されるのは何だろう。有名な人なのだろうか。


「有名なの?」

「花房さんは知らないのか!?鏡操適性は二級と困難を抱えながらも、鏡操を使用し、一般の人でも利用可能な重機などの開発に携わった人だ。残念ながら、彼女は派遣先の会社のビルが崩落する事故により一昨年、亡くなっている。その事故では多くの人が犠牲となった。」


 何があればそんな事故が発生するのだろう。よほどの欠陥がある建造物だったのではないか。この口ぶりではほとんどの人が知っているようだ。少なくとも鏡界学校に通う生徒なら知っているのだろう。記憶喪失という設定で良かった。覚えていない、で誤魔化せる。

 ビルが崩落する事故も報道されそうだ。これは鏡界学校生徒でなくても知っているだろう。やはり記憶喪失である旨を自ら伝える必要がありそうだ。


「へえ、そうなんだ。私、記憶喪失だから何にも覚えてなくて。」

「そうだったのか。それなら有瀬グループについても知らないんじゃないか?簡単に言うと様々な分野に精通する大きなグループ会社だ。その中で鏡操士の生活や雇用環境を守りつつ、鏡操士を適所に派遣するのが、有瀬鏡操士派遣会社だ。人数が少なく、使い潰されることもあった鏡操士を守るために設立されたそうだ。」


 鏡操適性を持つ人のことを鏡操士と呼ぶことは鏡操の授業でも聞いた。その鏡操士として働くことを既に考え、どの会社に就職するかを決定するため、個別の会社についても調べている。鏡界学校の他の人もそうなのだろうか。

 こちらで就職も進学もする気のない私には必要のない情報だ。それとも、その鏡操士たちに話を聞ければ、よく似た別の場所に渡る方法も分かるのだろうか。これは栄お兄ちゃんに要相談だ。


「水島くんは熱心なんだね。」

「自分の将来だ。赤坂美恵子さんのような英雄になりたいと思うのも珍しいことではない。鏡操士の社会的地位を上昇させた人物なのだからな。」


 とても尊敬しているようだ。そこを目指して頑張っているのだろうか。しかし、赤坂くんはお婆さんが有名な人だと知らなかったのか、反応は薄い。特に目指しているわけではないようだ。嫌々問題を解き続けている。私も提出物を早めに片付けてしまおう。

 少し一問に時間がかかるようになってきた。ずっと同じ教科も飽きる。古典の問題集を開くが、あまりやる気は出ない。


「教科書がなければ解けないだろう?」

「大雑把な内容くらいしか聞かれないし、必要になったら見るから大丈夫。」


 単語を書くだけの問題も少ないがある。それ以外は授業で先生が言っていたような内容ばかりで面白みがない。ノートを確認するまでもなく覚えているものだ。中学のように暗唱させられることもなく、楽しく学べる授業だった。

 単語帳は持って来ていないため、確認はできない。答え合わせはできるが、単語帳で確認したほうが例文なども載っていて覚えやすい。これは寮に戻ってからにしよう。


「どうした?古文は英語のようなものだと思えばいい。」

「いや、大丈夫だよ。」


 英語より古典のほうが得意だ。よく言われる助言だが、私には有効でない。英語の単語はなかなか覚えられないけど、古典の単語なら覚えられる。覚えよと言われる単語の数が少ないことも影響しているかもしれない。英語のようなものだと思ったほうが点数は下がりそうだ。

 面白くもない問題を解いていく。時々新しい覚え方を教えてもらいつつ、順調だ。


「あらまほし、で聞かれるが、あり、と、まほし、に分解して覚えると覚えやすい。まほし、が希望を表しているから、何々であってほしいという意味になるわけだ。」

「単語帳にも載ってたね。」

「そんなの、あらマホ氏理想的!で覚えればいいだろ。そのほうが面白いし。」


 人の名前のようにしてしまうようだ。これは自分で思いつかない覚え方だ。意味とは何ら関係がない。

 授業で習った作品と作者の名前も書かされる。自分の語彙と近いもので構成されているため、まだ覚えられていた。英語だと何もないところから覚えることになるため、ただ暗記することになる。


「語呂合わせのようなものもあるのだな。覚えられるよう工夫するのは良いことだ。苦手なら苦手なりにできることはある。僕は苦手な科目などないがね。」

「へえ。じゃあ嫌いな科目はないの?」


 私には苦手な科目も嫌いな科目もある。英語はただひたすら暗記しなければならないから嫌いで、勉強に身が入らないため苦手でもある。体育も団体競技は何人もと協力をさせられるから嫌いで、運動自体苦手だ。

 悩んだ末、水島くんは答えてくれる。


「美術は嫌いだな。あれは何の役に立つんだ?絵など描けなくとも鏡操士として働くことは可能だろう。」


 出てきた科目が美術とは、よほど五教科に自信があるのだろう。私は書道を取っているが、あの時間も嫌いではない。しかし、水島くんはその美術の時間を思い出したのか嫌そうな表情をしている。

 好きな科目の話のほうが楽しく話せそうだ。どの科目も苦手そうではないが、好きな科目はあるだろうか。


「じゃあさ、好きな科目は?」

「もちろん数学だ。計算すれば一つの解答に辿り着くのは爽快だな。全てが繋がるのは美しい。美術など答えはないと言っておきながら、しっかり授業態度以外でも成績が付けられるのだからな。」


 評価基準が分かりにくいことには同感だ。求める方向性があるのだろうか。数式が美しいという感性は共感できないが、想像と完成品が一致しないもどかしさはない。国語や英語のように模範解答という時に納得のいかないものもない。

 好きな科目ならやる気が持続しやすいのか、水島くんは飽きることなく数学の問題集を解いている。赤坂くんも話を聞きつつ、解いているようだが、もう飽きてしまったのか進みが遅い。


「赤坂くんは何が好き?」

「俺は、現代文かな。黒板写すだけでいいし。テストで作者の思いを聞かれるのは意味分かんねえけど。」


 楽だから好きらしい。私も似たようなものかもしれない。試験前に一度ノートを見直すだけで、もう十分な勉強になる。漢字や熟語を問われることもあるけど、既に知っている言葉のことも多い。熟語の場合、漢字を見れば意味を想像できることもあった。


「そうだね。物語の正解の読み方を教えられるみたいで、面白くないよ。好きに読ませてほしいって思っちゃう。」

「本当にそう思ってんのかよ、って思うよな。」


 手記などその物語以外の情報を用いて作者の思いはこう推測できる、と解説されていることもあったが、それはあくまで想像だ。試験の時は出題者の意図を読んで答える力を試されているのだと割り切って解くしかない。

 試験という点以外では、私は国語系の授業は嫌いではない。詩や短い小説の授業で知った文章を気に入り、宿題ではないのに音読してみたこともあった。それは授業で習わなければ知ることのできなかった文章だろう。面白そうな物語を知るきっかけにもなる。


「羽衣は好きな科目とかあんのか?」

「私は世界史が好き。物語読んでる気分になれるよ。資料集とかも、へえ、って思うことが多くて面白いね。資料集はどの科目でも面白いけど。」


 固有名詞が多くて覚えるのは大変だが、物語の中の設定だと思えば覚えたくなる。年号はページ番号だろうか。あまり覚える気にはならないが、きっと試験では問われるため、語呂合わせでも何でも覚える必要がある。その語呂合わせも意味の繋がりがあるなら覚えようという気になるが、ただ音を当てはめただけで意味のないものは面白いと感じられない。

 資料集には教科書に載っていない情報が多い。試験では問われないだろうが、教科書に載っている情報を繋ぎ合わせるために役立つことはある。文化芸術に関する詳細はほとんど資料集にしか載っておらず、授業では作られた時代や作品名、作者名を暗記するだけとなってしまう。


「授業ではあんま使わない癖して持って来さされる重いやつな。俺も一回読んでみようかな。」

「僕からもお勧めするよ。授業だけで十分な知識を得られるなどとは思わないことだ。だが、今は試験にも出るような基礎的な知識を付けようじゃないか。」


 水島くんに引き締められつつ、見回りの先生が教室を閉めに来るまで、勉強会は続いた。


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