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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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Chapter3 正体不明の襲撃者

 少し早起きして階下に行ったのに、既に栄お兄ちゃんは朝食を取っていた。


「おはよう。今日は早いんだね。」

「うん、元気だから。」


 今朝は何を食べようかと、まずコンロの小さな鍋を確認する。一人分のすまし汁が残っていたのは私の分も作ってくれているからだ。次に冷蔵庫を開ければ、昨日の晩にも食べた唐揚げが入っているが、これは今食べても良い物だろうか。


「唐揚げ食べてもいい?」

「駄目。お昼に親子丼にするから。」

「やったぁ。じゃあ朝はふりかけにしよ。」


 炊飯器からご飯を多めによそい、しっかりお腹を満たす。すまし汁に入った茄子も朝の食事を豊かな気分にしてくれる。昨晩の茄子とチーズの挟み焼も美味しかった。調味料は胡椒程度だと言っていたが、玉ねぎの甘みと焦げたチーズの香ばしさが十分な味付けとなっていて、驚いたのだ。これも鏡の向こうの家にいては知ることのできなかった味だ。

 今飲んでいるすまし汁も美味しい。家にいた時とは少々味が違うが、作っている人も使っている調味料も違うのだから当然だ。うっかり来てしまった先が料理の上手な人で良かった。自分で毎食作らなければならない状態、もしくは美味しく感じられない食事を振舞われる状態になっていれば、家での食事の度に鏡の向こうの自宅を強く想うことになってしまっただろう。


「もう体調は問題なさそうだね。」

「うん、もうばっちり。」


 一粒残さずよそった分を食べ切り、手を合わせる。薬も飲む必要がないため、流し台に自分の食器を置いて、先に歯磨きをする。早く用意を済ませても迎えに来てくれるのを待つことになり、早く遊べるわけではないのに少し気が急いてしまっている。

 鏡に映るのはやはり歯ブラシを口に突っ込んだ私一人。この時間ならお母さんが洗濯物や風呂の掃除のために洗面所を通ってもおかしくはないが、見えているのは鏡のこちら側のみだ。手を付けても通り抜けることはできないと諦め、歯磨きを終えた。

 台所に戻ると、入れ違いで栄お兄ちゃんが洗面所に向かう。流し台には何も入っておらず、私の使った物を含む全ての食器が水切り籠に移動していた。私の分も洗ってくれたようだ。

 居間に寝転び、赤坂くんが来てくれるまでの時間を潰す。昨日被っていた肌掛けも私の部屋に戻されているため、寝入ってしまう心配はない。朝食を取ったことと、一緒に遊ぶ楽しみで目も覚めている。むしろ落ち着かずにバタバタと足を動かしてしまった。


「何やってんの。」

「昨日いっぱい寝たから元気が有り余ってるの。」


 ソファに座り直してクッションを抱える。やはり落ち着かず、クッションを潰したり伸ばしたり。まだだろうか、もう少しだろうかと何度も玄関のほうへ視線を向けた。

 ようやく呼び鈴が鳴らされる。半ば駆け足で玄関へと向かい、勢いよく扉を開けた。


「お、はよう。そんな急がなくていいからな?」

「待ちきれなくて。栄お兄ちゃんもいいって言ってくれてるから早く行こう。」


 驚いた様子の赤坂くんの手を引いて通りに出る。十二時には帰ってくるようにという栄お兄ちゃんの声を背に、近所の人の視線を感じつつ歩いて行く。見ているのに挨拶だけでそれ以上会話は続かない。しかし挨拶の後も視線は続いた。


「もう元気そうだな。」

「うん。昨日だって別に具合が悪かったわけじゃないんだよ。」


 後ろに手を引かれて、少し歩く速度を緩める。あの話の長い女性も今日は、おはよう、仲良しさんだねぇ、という二言だけで通り過ぎて行った。にこにこととても優しい表情をしてくれていたが、赤坂くんも兄のように見えているのだろうか。早く遊びたくて走り出しそうな勢いで歩いていれば、そうも見えてしまうのかもしれない。

 また別の男性に微笑ましいねぇ、と声を掛けられた。やはり挨拶と短いその言葉だけで通り過ぎていく。何なのだろう。


「なあ、羽衣、いつまで手繋いでんだよ。」

「えっ!?ああ、ごめん。」


 だから仲良しや微笑ましいなどと言われてしまったのか。小さな子どもなら納得だが、私はもう高校生だ。幼稚園児や小学校の低学年などとは違うのだから、仲良しはともかく微笑ましいは適切な表現ではない。そんなふうに言われるほど子どもではないのだ。

 甘えたような声を出す犬の前も手を振るだけで通り過ぎ、赤坂くんの家に上がる。ソファの前に座ると肌掛けを足に掛けられた。


「冷えると良くないから足先だけでも掛けとけよ。」

「うん、ありがとう。」


 昨日よりほんの少し涼しいかなという程度のため、さほど冷えはしないだろう。しかしそう油断してまた体調を崩しては、次こそ大事を取って遊びに行かないよう言われてしまうかもしれない。汗を掻かない程度に暖かくしておこう。

 電子レンジで温めた熱いお茶を出してくれる。ふぅふぅと冷まして口を付けるが、まだ熱すぎて飲めない。舌を火傷してしまいそうだ。そうこうしているうちにゲームのオープニングも終了し、前回の続きの場所から再開される。

 前回は強い敵を倒し、仲間が四人に増えたところで終わっていた。場所は山間の村レクトだ。


「次どこ行くんだっけ。」

「帝都じゃなかったか?あらすじ見てみよう。」


 おおよそ私の記憶通りの出来事がミロワの日記のように書かれている。その最後の一文で、目的地を教えてくれていた。


「帝都への船が出ているオウメン港を目指しましょう、だって。どこにあるんだろう。地図で分かるかな。」


 赤坂くんが地図を開いてくれるが、町や街を表す青の点は、現在地を示す点滅する点の左下、すぐ傍の二つだけ。どちらも行ったことのある場所だ。南側からこの村に来ているため、北の海沿いを目指せば良さそうだ。

 地図が閉じられ、山道沿いの道を登っていく。前回の戦闘の経験もあって難なく進めた。くねくねと曲がりながら登り切ると、今度は下り坂だ。


「本気で山越えしてんだな、こいつら。」

「実際の時間だとどのくらいかかってるんだろうね。数時間はかかってそう。」


 始めた時は昼間の青空だったのに、今は夕方のような赤い空だ。これから暗くなるのに下山するのか。走るなど大怪我に繋がりそうだ。現在、画面内で容赦なく四人は走っている。その上、戦闘しつつ移動する。木や草で隠れた敵がさらに発見しづらい状態だ。

 山の中から出るとすっかり夜が更けていた。綺麗な満月も見えており、星々も瞬いている。理科の資料集に星空が載っていたりしないだろうか。比べてみると面白そうだ。


「夏の大三角形とか冬の大三角形とかないかな。」

「季節の話出てきてねえもんな。それっぽいのは見えねえけど。」


 オリオン座など私の知っている数少ない星を探してみるが、それらしい物はない。星に詳しいわけではないが、現実の空とは異なるようだ。月が一つというのは同じだ。色合いも見覚えがある。

 開けた地形の先には多くの人工光が見えていた。


「あれ、港かな?」

「入れば分かるだろ。」


 光に近づいていくと、一つ一つの光が明確になっていく。それらは各店舗、各家の窓から漏れていると分かった。また街の前にある鏡を調べてから入る。

 カメラが引き、「鏡の港オウメン」という文字と共に街の中が大雑把に映し出される。入口すぐ近くに十字路があり、港に続く道、商店街に続く道、住宅街に続く道と分かれていた。

 その十字路まで進むと画面が暗転し、「Chapter3正体不明の襲撃者」という文字が出現する。十字路の一方にある宿屋らしき看板の前を通過し、波止場に向けて歩いて行った。


「止まってる船が多いわね。」


 ミロワが発言すると、柵に凭れかける人に焦点が当てられた。ミロワたちのほうへ近づいて来る。こんな街中で戦闘は始まらないだろうが、心構えだけはしておこうとコントローラーを握る手に力が入った。しかし、何事もなく会話が始まる。


「動かないよ。数日前から出港すると襲われるんだ。最悪、船を沈められる。それが解決しないことには船は出せない。」

「そう、ですか。何に襲われてるんですか。」

「さあな、分からん。人型のバケモンという奴もいりゃ、透明になれる鏡術士という奴もいる。」


 会話が終了し、操作できる状態に戻る。移動しつつ、またミロワが話した。


「困ったわね。とりあえず、船を出せないか頼んでみましょう。」


 先ほどの人には頼まないようだ。他に聞いてくれそうな人を探すのだろうか。街中を探索する時間だ。ここで人々から話を聞けば何か判明するだろう。

 宿の前を通過して戻ると入口付近には無人の露店がある。昼間に来れば人に話を聞けたのかもしれない。売っている物は置きっぱなしになっているようだが、今の距離からはそれが何なのか判別できない。


「何だろうね、これ。」

「ズームできねえかな。」


 カメラの角度を変えて、判別を試みてくれる。そのおかげで、箱の中に入っている物が魚であると分かった。外に魚を出したままか。翌朝になってから処分するのだろうか。それとも夜の間に鳥か猫が食べてしまうのだろうか。


「魚っぽいね。」

「この店で買いたくねえな。あ、何か起きた。」


 隣の露店も確認すると、箱の中身に焦点が合わされる。しかしすぐカメラも離れてしまう。その後赤坂くんが頑張って見えるように調整してくれるけど、さきほどより近づくことはない。一瞬の映像では何も入っていなかったとして諦め、幾つか空の露店を通り過ぎると、館のような門の付いた建物があった。操作して話しかければ、またミロワが門番にラクルムと名乗り、館の中に案内される。

 画面が暗転し、次の瞬間には館から出てくる四人の姿があった。


「明朝、港で待ち合わせね。私たちで襲撃者が来たら討伐しましょう。」


 何か話が付いたようだ。宿屋で休めば本編は進みそうだ。だけどまだ十字路の中央の先を探索していない。進める前に探索を済ませてしまおう。先ほども調べた露店の周辺を連打しつつ、行っていない道の先を見ていく。こちらに露店はないが、窓口のような場所の前に武具屋の看板がある。

 そこには人が立っている。辺りはすっかり暗いがまた開店しているようだ。


「おお、武器の種類が増えてる。」

「名前が漢字ばっかりで長いのがある。なんて読むんだろう。」


 「戦闘用鏡通器保護具彩羽」と書かれている。詳細説明を見られる状態にすると振り仮名も付いていた。戦闘に用いる鏡通器が壊れないように付ける覆いで攻撃しているようだ。文字の横に書かれた絵は攻撃に適したような鋭い見た目をしていない。


「戦闘用鏡通器保護具、いろは。すっげぇ頑丈みたいだな。今着けてるやつだ。」


 字の通り非常に色鮮やかだ。ただしただの球形で攻撃力はなさそうだ。その感覚の通り、武器単体の攻撃力が表記されている部分はアージュの片手剣やグラスの銃と比べて低く、ミロワの帯と比べても低い。調理器具のボウルで殴るような衝撃のようなものだろうか。

 次は「戦闘用鏡通器保護具棘皮」。彩羽の表面に小さな突起が付き、色彩が貧しくなったような見た目だ。


「こっちは、きょくひ、って書かれてるね。ちょっと攻撃力高いけど、物理で攻撃するキャラじゃないみたい。」

「術主体だろうな。動きも鈍かったし。」


 動きはよく観察できていなかった。次の戦闘の時によく見てみよう。広範囲を攻撃するミロワを操作していると、同じように前で戦っているアージュはともかく、後方で援護してくれているグラスとラースを見る余裕はない。

 もう一度武具屋を調べ、装備を一新すれば、小道に入る。小さな階段を下りた先の扉を調べると、また自動で動き始めた。ミロワが扉に手を伸ばそうとするが、グラスが制止している。


「ラースを連れてそんな所に入ろうとするな。」

「そうね。こんな隙だらけのアージュを連れて行っても、いいカモにされそうだわ。」


 扉に手を触れることなく振り返り、離れた。すぐ自分たちで操作できる状態になる。周囲に木箱などが積まれているけど、そこを調べても何の反応もない。しかし同じ扉をもう一度調べると、音声は出ないが、「今は行く必要がない。」と表示される。何の建物なのだろうか。


「何だろう、ここ。」

「後で来るのかもな。」


 その場を離れて周辺の探索を続ける。道具屋や装飾品屋も覗いて、何もない住宅も侵入する。話しかけた住民が挨拶や街の状況を教えてくれるのも不思議だ。不法侵入については言及しないでいてくれるようだ。

 宿の前に戻り、しかし入ることはしない。時計を見ると十二時前になっていた。宿泊だけで終わるのならば間に合うが、この後何か会話でも発生すれば終われないかもしれない。


「続きは来週かな。」

「先、気になるけどな。来週は風邪引かないように気を付けないと。」


 入口に引き返し、今日のゲームは終了だ。昼食は昨日の晩の唐揚げを作り変えた親子丼だった。そう意識するとお腹がぐぅと鳴ってしまう。


「もうすっかり元気だな。ゲームしてる間もくしゃみとか寒そうにとかしてなかったし。お腹も空くみたいだし。」

「うん。今日のお昼ご飯は親子丼だって。」


 片付けをし、家を出て行く。帰り道は午後と来週の約束だ。まだまだ鏡界の探索が残っている。


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