学用品準備
安心して通うためにも、翌日早速、まだ揃えられていない学用品を買いに出かけた。目的は筆箱やペン類だ。ノート類も購買では買えるけど、最初の一揃いは用意しておくらしい。
「身分証入れも必要だね。」
「うん、持ってるよ。」
今日は忘れていないと、身分証を取り出して見せる。身分証入れのない今は上着の内ポケットに直入れのため、落とさないように注意しよう。
忘れ物を確認したら出発だ。衣類を買った店に文房具類も置かれているという。
「芸術科目も選んで連絡を入れないといけない。購買で道具が買えればいいけど、先に決めているなら用意しておくほうが楽だよ。混むからね。」
「芸術科目って何があるの?」
「音楽、美術、工芸、書道のうちから一つだね。」
歌も絵も得意ではない。特にテストの際にみんなの前で歌わされるのが苦痛だった。絵は自分一人で描けば良いからまだ耐えられたけど、いかに誤魔化して描くかばかりを考えていた。
まず二択だ。工芸か、書道か。図画工作の授業や、美術でも物を作る時間は好きだった。得意とは言い難いけど、物を組み合わせて作り上げることには楽しさを感じられていたからだ。ただし、一人で作ることが可能な場合に限る。手を抜く子がいた場合に、先生に注意してあげてと言われるのが嫌だった。書道は長期休みの宿題の際、よく祖母に見てもらっていた。嫌いではないけど、特別好きというわけでもない。宿題や授業が楽だったという印象だ。
「栄お兄ちゃんはどれ取ってるの?」
「音楽を取ってたけど。気にせず選んで。ただ、美術と工芸は作品を作り上げるのが大変そうだった。放課後に時間を使っている人もいたくらいだから。」
高校では選択制のため、作りたくない人は工芸を取らないだろう。私も放課後まで居残って作りたいと思うほど好きなわけではない。
「書道にする。そこそこできるし。」
「なら書道道具も必要だね。」
授業の一部でも自分でどれにするか選べる。中学までとは大違いだ。寮での一人暮らしも初めて。少し大人に近づいた気分だ。同じ部分も多いだろうけど、全く違う場所の違う学校なのだから、発見は多いかもしれない。
「そうだ。鏡界学校にはどんな部活があるの?」
「入学してからの部活紹介で全部分かる。色々あるけど、」
調査のための時間は確保して、と小声で伝えられる。浮かれてばかりもいられない。私はただ通えば良いのではなく、帰るための調査を行うのだから。部活なんてしている暇はないだろう。
「じゃあ栄お兄ちゃんも部活入ってないの?」
「入ってないね。強制じゃないから。」
「そっかー。」
部活は部活で楽しみだった。同じクラスになったことはないけど仲の良い友達だっていたから。調査で人から話を聞くなら、そういった繋がりを得ても良いのではないだろうか。
「別に入るなとは言ってないよ。自由な時間さえ確保できればいい。」
「そんな部活あるの?」
「週一の所も、気が向いたら行けばいい所もある。」
「へえ。」
入学してから面白そうな所がないか探して、考えよう。
「ほら、順番に回って行こう。」
ペラリと手のひら程度の小さな紙が買い物鞄のポケットから取り出され、今日も長い買い物が始まった。
エレベーターで本屋の階まで上がっていくと、入口付近に辞書が集められている。
「紙の辞書は国語辞典と、英和辞典。」
以前も使っていた物と同じ辞書を選ぶ。使い慣れている物のほうが早く調べられるだろう。あえて違う物を選ぶ理由もない。
「電子辞書は使ってた?」
「ううん。要るの?」
「あったほうが便利ってだけだよ。なら俺が選んでもいい?」
「うん、お願い。」
幾つか並んでいるけど、私にはどれが良いか分からない。言われて触ってみるけど、違いもさほどないように感じられる。
会計を済ませると今度は一つ下の階へ。文房具が主に置かれている階だ。筆箱、消しゴム、シャーペン、赤のボールペンを適当に選び、他に必要な物を思い浮かべる。
「ノートと鉛筆だね。」
「鉛筆なんて使う?」
「試験はシャーペン不可だから。」
試験のためだけに鉛筆を用意しなければならない。そういえば、中学でもそうだった。
「芯の硬さは?」
「指定されてない。」
使ったことのない硬さの鉛筆が入っている箱を無視し、目的の物だけを買い物籠に入れる。それから最初に必要になる冊数だけノートを入れ、これで必要な物は揃っただろう。
「これで良し。」
「書道の道具もだね。筆は、太筆、細筆、仮名用筆の三種類。」
書道セットとして売っている物を選べば良い。そんな私の目論見は外され、小学校で使ったような習字箱の並ぶ一角は素通りされる。代わりに、何種類もの太さや硬さで分けられた筆がたくさん並ぶ棚の前に連れて行かれた。どれが必要な物なのだろう。
「どれが要るやつ?」
「この中から選べばいいよ。」
一つ手に取り裏を見るけど、色々書かれているだけで、私に必要な物かは分からない。それを戻して隣を見上げると、見つめ返された。
「分かった。これと、これと、これでいいかな。」
「うん。」
もうお任せだ。それから硯と半紙も幾つか見た後、入れられていく。墨は墨汁ではない塊の物だ。
「墨なんて擦ったことないよ。」
「授業で教えてくれるらしい。学校からの連絡の中に、わざわざ墨汁は使わないって書かれてたから。」
私の知っている習字とは少し違うものかもしれない。残りは文鎮、と墨の横に目をやれば、意外にも色とりどりな物が置かれている。
「好きな物を選んで。」
「じゃ、これ。」
私が買い物籠に入れたのは細長い金属質の物。二つに分かれている物より無くしにくいだろう。筆ともまとめて保管しやすい。何より、以前使っていた物に似ている。
「これで終わりかな。」
「テープのりもあったほうが便利ではあるけど。」
「何それ?」
修正テープのように貼り付けられるのりだという。プリント類は挟みこんでおくだけでも対処できるけど、説明しながらその一角まで連れて行かれた。本体の色が違うだけの物から、貼れるテープの太さが違う物まで様々だ。
「どれがいいの?」
「配られたプリント類を貼っておけば無くしにくく確認しやすい程度の物だからどれでもいいよ。あまり細いと剥がれやすいくらいかな。」
これは選んでもらい、ようやく会計に向かう。衣類がない分、今日の買い物は短く済みそうだ。
「今日はスムーズだね。」
「そうだね。後は身分証入れと髪留め。」
まだあった。私のための物だから文句を言うわけにもいかないけど、必要な物が多すぎる。本当に全て必要なのだろうか。
「髪留めなんて要る?」
「必要ないなら構わないけど、勉強する時に落ちてこない?髪ゴムも今使ってる物が千切れたら困ると思うけど。」
会計を終えると、さらに下の階に連れて行かれる。適当に身分証入れを二つ選べば、次に向かうは髪留めがたくさん並ぶ一角だ。リボンや星、ハートの飾りが付いた物も多いけど、学校で使うなら黒く飾りのない物で十分だ。遊びに行くわけではないのだから、可愛い物を着けていなくても苦情は来ない。
「それでいい?こういうのも似合うとは思うよ。これからしてもらうことも増えるから、このくらい気を遣わないで。」
そう指し示してくれた物は小さな白い花を模った飾りが付いた髪留めで、確かに可愛いと思える物だ。だけど、寮で生活するならそれを着ける機会もないように思える。
「どうせ学校には着けて行けないでしょ。」
「うちはそんなに校則が厳しくない。ラメが入っていようと、後ろの席の人の邪魔にならないなら許容されてるよ。気になるなら休みの日でもいい。俺たちは毎週帰って来ることだってできるんだから。」
可愛い物を身に着けたい気分の時もある。それより選ぶことが面倒だと感じる気持ちが上回るだけで、着飾ることに抵抗があるわけではない。だけど今はこれが絶対に必要とも言い切れない。親からもらったお小遣いや親戚からもらったお年玉で買うわけでもないのだから、可愛い、欲しい、ですぐさま手にして良いものか。
それを言うなら居間にあるクッションもだけど、あれは調査に協力する先行投資という意味合いで買ってもらった。これまで貰っては貰い過ぎではないだろうか。
「俺からのプレゼント、ってことにしておこうか。」
「あ、ありがとう。」
それを言うなら全てプレゼントになるけど、私が迷っていることを察して言ってくれたのだろうか。その可愛い花の髪留めも加えて、会計が済ませられる。
「今度こそ終わりだね。」
「これで入寮までに必要な物は揃ったはず。まあ、忘れてもすぐ戻って来られるから心配は要らないよ。」
自分の物だからと買い物袋を受け取ろうと手を伸ばすけど、無視される。
「明日もたくさん歩いてもらうから。ほら、行くよ。」
「必要な物は揃ったのに?」
行きと同じ道を並んで歩けば、やはり風景は家族と歩いていた時とそう変わらない。一緒にいる人が違うだけだ。
「この町のことも知らないよね?多少は知っておいてくれたほうが助かるから。」
同じ部分も多いけど、全く同じというわけではない。少し離れた場所がどの程度異なるのかは、私も気になるところだ。
「今日じゃなくてもいいの?」
「明日からでもあと四日はあるんだ。そう急ぐこともないよ。少し一緒に散歩するぐらいの感覚でいい。」
ただ目的もなく散歩するのはあまりない経験だ。父と姉はよく二人で散歩していたけど、歩く速度の合わない私はあまりついていかなかった。母や兄と出かける時も、何か買うとか、花を見に行くとか、目的があって出かけていた。
家族となら話すことは尽きない。学校のことでも、その時見えた物のことでも、何でも話せた。話したいと思えた。だけど、今は何を話せるだろう。部活のことは入学後、その他のことも何が分からないのか分からないというような状況だ。家族となら沈黙だって苦にならなかった。むしろ、遠くまで出かける時は黙っている時間のほうが長かっただろう。
何を話そうか迷っている間に、家に着く。靴も上着も脱いで、居間のクッションへ直行する。買った物を近くの床に置かれるけど、少し休憩だ。ガサリと買った物を軽く確認された。
「随分シンプルな物を好むんだね。」
「カラフル過ぎても鞄の中がごちゃごちゃしちゃうから。服との兼ね合いで浮いても嫌だし。」
生まれた時からいる人もおらず、ある物もない場所で、気を緩める。やっと買い物が終わって帰って来られたのに、あまり解放感はない。
私がじっと動かないのを見てか、以前とはまた違うスーツケースを持って来てくれた。衣類を入れた物よりも随分小さい。
「片方は俺が持って行くから大丈夫。」
「購買のほうが楽だったんじゃない?」
「そう考える人が多いせいで、用意できない人が出るんだよ。入寮してから出かけて、少しずつ買い足すこともできるけど。それはこっちの都合で、調査のために学内の場所や人を早々に把握してほしいから。」
それなら私が楽をさせてほしいとは言えない。私が黙り込んでソファに横になれば、また床に座ったまま買い物袋を漁り出した。
「ほら、身分証を片付けておこう。無くさないようにね。今は持ってる?」
「上着のポケット。」
入れたままになっていることを伝えると、玄関の上着掛けまで取りに行ってくれる。本当は自分でするべきなのだろうけど、今はそんな気分になれない。
戻って来ると、身分証入れの一つに入れて、机の上に置いてくれた。
「入学すれば学生証のほうが使うことは多いから、普段は金庫に保管して。」
「うん。早く学校始まらないかな。」
全く違えば、家族のいない環境を意識することは減るだろう。ここは外の風景が似過ぎている。
「君が入寮するのは四月一日、五日後。入学式も六日だから、まだもう少し先だね。」
それまで帰るための調査もお預け。焦ってもできることなどないけど、落ち着かない。いや、入学してから帰れても、私が入るはずだった学校には通えるのだろうか。まずは帰ることを考えて、その後のことはその時に考えよう。私の家には両親もいるのだから、相談すればきっと何とかしてくれる。
どう調査すれば良いかもこれから詳しく教えてもらえる。そのために明日、散歩に出かけるのだから、今日はまず入寮に向けての準備を進めよう。気分を変えて体を起こし、新しいほうのスーツケースを開いて、持ち物を入れていく。少しでも嵩が減るように、シャーペンやボールペンは入れ物から出して、筆箱に片付けた。
「友達ができるといいな。」
「そうだね。内部進学組同士は既に仲がいいから、輪に加わりにくいことはあるかもしれないけど、興味を持って話しかけてくれる子もいる。そう不安にならなくても大丈夫だから。」
鏡界学校について聞きつつ、作業は進められた。




