遭遇
動きやすい靴と服装で、身分証もしっかり持って、準備万端だ。私が寝坊したせいで出発は午後になってしまったから、その分歩いて取り返そう。どう回っていくのだろう。私の家の近くには小さい頃よく遊んだ公園があったけど、こちらにもあるだろうか。
「昨日行った店の場所は覚えてる?」
「うん。家から同じ方向に行けば、駅も試験会場もあったよね。」
「試験会場というか、学校の門だけど。今日は反対方向に行こう。」
住宅街の奥に進んでいくことになる。私の記憶通りなら公園があったのもこちらだ。鏡を抜けてきたこちらにもあるのか確かめたい気持ちで、先に進む。
「散歩は好き?」
「そういうわけじゃないけど、何があるのかなって思って。」
外から見えるように花を育てている家も、犬が外を伺っている家もある。子どもの笑い声も聞こえる、平和な住宅街だ。
「疲れたら言って。」
「まだ大丈夫。」
出発したところだ。それに、今日は買い物ではないからそんなに疲れないだろう。体は疲れるかもしれないけど、嫌な疲れ方ではない。
「桃色が好きなの?」
「んー。嫌いじゃないけど、特別好きってわけでもないかな。なんで?」
「持ち物に桃色の物を多く選んでたから。白か黒か灰色か、桃色か。もちろん、他の物も選んではいたけど。」
見られていたことは分かっているけど、そんなにしっかり観察されていたとは思わなかった。色々聞いてくれているのは距離を縮めようとしてくれているからだろうと思うけど、桃色を選んだ理由の答え方には注意が必要だ。家族のことは外で話せない。
「なんか、私の色だった気がするから。統一感あったほうが、部屋の中もすっきりするでしょ?」
「そっか。」
伝わっただろうか。私の部屋にはぬいぐるみを何体も置いていたから、それ以外の物で様々な色の物を選んでしまうと、物があり過ぎるように見えたり、圧迫感があったりして、落ち着かない部屋になってしまう。今はぬいぐるみが一体もいないから、何も気にすることはなかったのかもしれないけど、習慣で選んでいた。
私からも親しくなるために何か聞こう。私は何を知りたいだろう。
「栄お兄ちゃんって料理得意なの?昨日の晩ご飯も美味しかった。」
「昨日のは簡単だよ。牛肉とキャベツを交互に重ねて煮るだけだから。」
上手な人の発言だ。母も似たようなことを言っていたけど、味付けに何種類もの調味料を入れていたことは知っている。
「だけ、って言えるのは慣れてる人だね。」
「一人暮らしならある程度はできるようになるよ。自分が食べたいなら自分で作るしかないからね。」
買ってくるという方法も、外で食べて帰ってくるという方法もある。母でさえ、自分のためだけに作ろうとは思わないと言っていた。美味しいと言ってくれる人がいるから、もっと美味しく、もっと色々な種類の料理を、と思うのだと。
「ちゃんとしたご飯は安心するよね。調理実習はあっても一人じゃ作らないから、私には難しいけど。」
「練習すればできるようになるよ。食事は生活の基本だから、食べないと体がもたないよ。羽衣ももうちょっと太ったほうが体力は付くんじゃないかな。」
家でも言われていた。だけど私は毎日三食お腹いっぱい食べてこの体重なのだから、どうしようもない。
「食べてこれなの。学校では言わないでね。」
「隠すようなことでもないとは思うけど。分かった、黙ってるよ。」
親しい相手や、体重や体型をあまり気にしていない相手なら良いけど、気にする子に伝わってしまって面倒なことになった覚えがある。
「学校に入ったら栄お兄ちゃんじゃなくて先輩って呼ぶね。家と学校では分けないと。」
「勝手に想像してくれるだろうから、どっちの呼び方でもいいよ。まあ、好きにして。」
近所の人向けの呼び方を学校でも続ける必要はない。何より、学校でもそう呼び続けるのは抵抗がある。
そんな風に話しながら歩いて行けば、見知った公園があった場所に辿り着く。賑やかな子どもの声が響き、楽しそうにサッカーの真似事をしている子や遊具で遊んでいる子がいた。シーソーやブランコなど遊具も塗り直されたばかりなのか、色鮮やかだ。
「綺麗だし、広々してるね。」
使用禁止の張り紙をされていた遊具は撤去されたのか最初から設置されていないのか存在せず、ボール遊び禁止の立て看板も、ローラースケート禁止の立て看板もない。母親たちも話しながら見守っているが、木登りをする子を注意することもない。木の下で父親が数人控えているからだろうか。中には幼稚園児くらいの子どもを放り投げるように高い高いしてあげている人もいる。
その中の子どもの誰かの親とは思えないほど若いその人がこちらを見ると、高い高いしていた子どもを別の男性に渡し、駆け寄って来た。
「栄先輩、久しぶり!」
「面倒なのに見つかった。」
うんざりといった様子で呟き、足を止める。中学の時の後輩だろうか。子どもたちの相手をしていただけで、誰かの親というわけではないようだ。
「女の子と一緒に歩いてるなんて性格変わったな。彼女?」
「妹。」
「へえ、妹なんていたんだ。」
必ずしも兄妹のふりをする必要はない、と言っていたと記憶している。名字を偽るようにも言われていないため、すぐに嘘だと気付かれてしまうだろう。しかし、迷惑もかけられないため、私は嘘を吐かないように挨拶をする。
「初めまして、羽衣です。」
「可愛い名前だね。俺は赤坂恭弥。羽衣は栄先輩と同じ学校に通ってるのか?」
「はい、今度から通います。次から高校一年生なんです。」
「同級生じゃん。今度から俺も通うんだ。」
そのまま色々話そうとしたのに、栄先輩が手を引いて赤坂くんから引き離す。その上、公園の横を通り過ぎようとした。
「ちょっと冷たくねえ?久しぶりに会った可愛い後輩にこの仕打ちは。ただ妹さんと話したいだけなのに。なあ?」
私に話を振られるけど、どう対応したものか。二人の関係性がよく分からないことには口も挟みにくい。これからの捜査のために周辺の道を覚える目的があることも考慮に入れると、赤坂くんの相手をしている時間はないという考えなのかもしれない。自分から可愛い後輩を名乗れるということは、それなりに近しいのだろう。
明確な返事を避けて、私は話題を変える。
「さっき公園の子たちと遊んでたよね。仲いいの?」
「まあ、それなりに。時間がある時はああやって相手してるし。小さい子は一人であちこち行けないけど、ある程度大きくなれば、俺たちも知らないような隠れ家を持ってるものなんだよ。仲良くなれば、それを教えてもらえる。」
中には外から丸見えの隠れ家を作る子たちもいた。見えないことではなく、大人に提供されていない、自分たちで作り出した場所という意味が重要だったのだろう。
「信頼されてるんだね。」
「大人の知らない小さな洞窟だって案内してもらえるからな。本当に危なそうなら自分たちだけで行かないように注意するけど。」
そこは考えているらしい。私は一人で行くのが怖かったから、最初から誰か年長者と一緒に探検をしていた。お兄ちゃんやお姉ちゃん、その友達などだ。みんな仕事や大学のために地元を離れてしまって、もうそこに一緒に行くこともなくなってしまっている。
体育の授業やみんなで一緒に遊ぼうという協力を強要されることは好まなかった。だけど気の知れた間柄の人となら、協力して探索することも自分から誘うほど好んでいた。
「私もよく探検してたなあ。今からすると大した距離じゃないのに、冒険だって言って。」
「鏡界学校の中もすっげえ広いらしいから、探検しがいがあるかもな。そうだ、入寮したら一緒に栄先輩に案内してもらおうぜ。」
見えた範囲だけでも広かった。その上、建物の周囲には森か山かというような場所まで見えていた。どこまでが敷地内なのだろう。
「うん、楽しみだね。あ、栄お兄ちゃん、案内してくれる?」
「羽衣は案内するつもりだった。恭弥まで拾いに行くのは面倒だね。」
声が冷たい気がするけど、気の知れた間柄だからこそできる対応かもしれない。赤坂くんも気にしている様子はない。
「俺が羽衣の寮の前で待ってれば良いだろ。なあ、どこ寮?俺は狼寮。」
「私は杜鵑寮。全員ばらばらだね。」
これから案内してもらうという話なのに、他の寮の建物は分かるのか。私はまだ自分の寮の場所も知らない。これで赤坂くんも同じ寮なら、見知らぬ人ばかりという状況は避けられたけど、仕方ないことだ。
「恭弥が羽衣と同じ寮でなくて安心したよ。」
「はあ?どういう意味だよ。知り合いが同じ寮のほうが安心だろ。別々の寮に入ってもよろしくな。授業とかでは会うかもしれないし。」
「うん、よろしく。」
元々私が行く予定だった高校も二十人程度は同じ中学から行く人がいたそうだ。直接の知り合いは二人だけだったけど、それでもいるといないでは大違いだ。赤坂くんは社交的な子のようだから、私からも話しかけやすいだろう。
「でも、赤坂くんは寮の場所分かるの?」
「分かんねえ。じゃあ校門にしよう。鏡の所。それなら入る時絶対通るし。」
「仕方ないなあ。案内するのは四月一日の午後で。」
話がまとまったところで、風景の違いに気付く。徐々に家と家の間隔が広がり、間に畑が混ざるようになってきていたのだ。
「恭弥はどこまで付いてくる気?」
「羽衣が嫌って言うまで。編入生同士仲良くなりたいな、って。二人しかいないって聞いてるからさ、絶対クラスで浮くだろ?」
どこでそんな情報を聞いてくるのだろう。他にも知り合いの先輩がいるのだろうか。理由はさておき、私も赤坂くんとは親しくなっておきたい。他の寮の友人を作る機会がどれほどあるかも今はまだ分からないのだから。調査のために様々な人と知り合いたい気持ちもあるけど、当然、親しい友人の一人や二人作りたいという気持ちもある。
「そうだね。編入生が二人ってことは、他の子たち同士はもうみんな知り合ってるわけだし。その輪の中に後から加わることになるのは少し緊張するね。」
「どんな奴がいるんだろうな。」
色々な人がいるだろう。落ち着いて勉強できる環境が良いと高校を選んでいたのに、結局、学力試験すらない所に通うことになるなんて思ってもみなかった。その上、勉強をするとかしないとか言っていられる状況ではない。もちろん勉強もするけど、帰り道も探さなければならない。
知っている人がほとんどいない環境に入るのも初めてだ。中学は小学校から同じ人も多く、自宅から通っていたため、毎日家族には会えた。寮が違うということは、学年も違う栄先輩とは会わない日もきっとあるだろう。赤坂くんとだって、クラスが違えば会わないことは十分にあり得る。
「大丈夫かなあ、私。」
「入寮してから始業式まで一週間弱ある。その間に同じ寮の人と関わることもあるよ、きっと。不安なら慣れるまで迎えに行こうか。」
あまり頼り切ってしまうのも不安だ。上級生が傍にいれば話しかけにくいと感じる子もいるだろう。
「ううん、大丈夫。たぶん、すぐ話せるようになるよ。」
「今日はまず俺と仲良くなろ。ほら、いい所連れてってやるよ。」
ガードレールを越えて入って行くのは裏山のような所。私有地ではないだろうか。栄先輩も呆れたように見送り、道に沿って歩いて行く。
「あれは放っておこう。多少雑な扱いをしても懲りない奴だから。むしろ構うと図に乗るから、気を付けたほうがいい。」
赤坂くんは手招きしてくれているけど、手を振り返すだけに留める。すると、すぐこちら側に戻ってきた。
「いや、そうじゃねえんだけど。羽衣はこういう探検は好きじゃない?買い物とかのほう?」
「こういう探検で合ってるけど、人の土地に勝手に入るのはちょっと。」
これ以上犯罪者になりたくない。今はもう身分証があるけど、詳しく調べられたい身の上はしていないのだから、行動には注意が必要だ。
「常識の問題だね。恭弥もあんまり問題を起こさないように。」
「俺が問題なんて起こしたことあったかよ。」
栄先輩が溜め息を吐いたということは、きっとあったのだろう。巻き込まれないようにだけ気を付けておこう。
「羽衣、先に帰ってて。俺はスーパーに寄って帰るから。」
「え、でも、鍵ないよ。」
入れない。そう訴えると、はい、と鍵を渡された。冷蔵庫にはまだ食材が入っていた気がするけど、必要な物ができたのかな。
「恭弥もどうせ俺の家で夕飯食べるつもりでしょ?」
「やった。一年ぶりくらいだ。羽衣は毎日、栄先輩のご飯食べてんの?」
「一緒に住むようになってからはそうだね。」
「羨ましい。美味しいんだよなあ。」
まだそれほど日数は経っていないけど、作ってくれた物はどれも美味しかった。私の家でも使っていたような食べ慣れた食材で、見た目で躊躇するような物もない。私があまり好きではない物が混ざっていることもあるけど、食べられないわけではないから我慢だ。
「食べたいんなら荷物持ち。恭弥が一番、量を食べるんだから。羽衣、二階のどこかの部屋に台所に置いてある椅子と同じ椅子が入ってるから、埃払って、一階に下ろしておいて。」
「うん。じゃ、行ってらっしゃい。」
私は踵を返して、帰路に就いた。




