第四回定例報告会
葉月くんも含めた三人での探索では何も見つけられなかった。そう簡単に世界を越える鏡が見つかるとは思っていないため、一緒に探索するという行為で少しでも近づけたならそれで良しとしよう。
そして別れ際。同じ杜鵑寮であるため、夕食のために一緒に戻るほうが自然だ。しかし、私はこの後古賀さんとの毎週水曜日の約束がある。杜鵑寮に戻っていては間に合わないだろう。何と言って別行動しようか。もう少し探索というとそれなら一緒にとなってしまうかもしれない。校舎に寄ると言えば葉月くんは付いてこないだろうか。しかし、今の時間に職員室などが開いているかどうか分からない。
悩んでいるうちに、赤坂くんと別れる校舎横の道に着いてしまった。
「じゃあ、赤坂くんばいばい。」
「ああ、葉月も足元に気を付けろよ。」
狼寮のほうへ向けて歩き出す赤坂くんと、杜鵑寮へ向けて歩き出す葉月くん。分かれ道で佇んだままの私を葉月くんは不思議そうな表情で見ている。
「花房さん?帰らないの?」
「ええっと。」
帰らないわけはない。だけど私にはまだ用事がある。やはり上手い言い訳など思いつかず、諦めて葉月くんのほうへ足を踏み出した。今日は来られそうにないと赤坂くんが伝えておいてくれることだろう。
しかし、背後から胴体に腕が回され、引き留められた。
「羽衣はこの後予定があるんだよな、俺の部屋で。」
「へ?」
「ああ、そういえば仲いいんだってね。ごめんね、邪魔して。じゃあばいばい、二人とも。」
私が悩んでいたのは何だったのかと思うほどあっさりと赤坂くんの言葉を受け入れ、葉月くんは一人で杜鵑寮に戻っていく。それを見送ることなく、すぐ胴体に回された腕は解かれ、代わりに手を繋ぐことになった。向かう先は狼寮の方向だ。こちら側からでもさほど遠回りせず古賀さんの秘密基地には向かえる。
「悪いな、言い訳に使わせてもらった。本当に連れ込んだりはしないから。」
「ああ、ううん。どう断ればいいか分からなかったから助かったよ。」
葉月くんも私と赤坂くんが付き合っているという噂を知っていたようだ。いったい誰から聞いたのだろう。否定もしていないため、編入生は注目されるという話が本当なら、編入生同士で付き合っている話はすぐ広まりそうではある。しかし、他の生徒との関わりの薄い葉月くんが聞けそうな相手は限られているはずだ。
聞かれて困る話でもないと詮索は止め、温かい手に引かれて木々の隙間を歩く。ここからは道なき道を進んで秘密基地を目指すのだ。
「葉月には教えても良かったんだけどな。会うこと自体は隠す必要ねえだろ。」
「あ、そっか。」
秘密基地の場所は勝手に教えられない。だけど古賀さんと三人で会うこと自体を隠す必要はない。そう分かっていたなら赤坂くんはなぜ別の言い訳を用意したのだろう。
気にするようなことでもないか。そう気を取り直し、秘密基地を目指す。ちらちらとこちらを気にしながら歩いてくれているため、歩く速度も速すぎることはない。なぜか一瞬合った目も逸らされてしまうけど、手は離さずにいてくれる。
「そこ、木の根が出てるから気を付けろよ。」
「ありがとう。ほんとだ、引っかかっちゃいそうだね。」
罠のように根の一部が地上に出ている。足先だけが根の下に入ってしまいそうだ。慎重に跨いでいるとその間は待ってくれていた。私が顔を上げたのを確認して、前に向き直ってまた歩き出す。
「足元ちゃんと見とけよ。」
「うん、大丈夫。」
注意してくれつつ、自分はきちんと足元を確認している。やはりこちらを気にかけてくれるけど、今度は視線が顔まで上がって来ない。なぜか手も汗ばんでいる。そんなに後ろを気にしつつ歩くのは疲れるだろうか。
「羽衣、足元ちゃんと自分で見とけよ。」
「分かってるよ?」
小石が落ちていたり、枝が落ちていたりするだろう。先ほどのように根っこが出ていることもある。小さな草は言わずもがな、木々の隙間から光が差し込む箇所では背の高い草も茂っている。
自分で足元を見ていないと思われているのだろうか。確かに赤坂くんは先ほどから私の足元も見てくれている。不注意で段差から落ちたのは一回だけだというのに、今後ずっと信頼を得られないのだろうか。今もまた、本当に分かっているのかとでも言いたげな目がちらりと見えた。
「斜面で滑っても助けてやれないからな。」
「大丈夫だよ。気を付けるから。」
そうこうしているうちに古賀さんの秘密基地下に到着した。後はこの斜面を登るだけだ。探検用具が邪魔にならないようポシェットを後ろに回し、両手をついて後ろに続く。
この斜面は日当たりが良いのだろうか。一週間前にも見たというのに、小さな芽が目に見えて成長している。数はもっと多かったような気もするが、一つ一つの大きさは格段に上がっている。これらも成長すれば登る道を変更しなければならないかもしれない。どれほどの期間で通れないほどの大きさになるだろう。
手元を観察しつつの移動。しかし、その分足元への注意が疎かになっていた。言われていたのに私は足を滑らせてしまう。
「わぁ!」
「羽衣!?」
何とかその場に留まろうと地面に爪を立てる。しかし無情にも体は真っ直ぐ伸び、重力に従って斜面を滑り始めようとする。その手首を赤坂くんが掴んでくれた。
「だから言ったろ気を付けろって。体勢、立て直せそうか?」
「うん、ちょっと待って。」
赤坂くんは近くの木に掴まって二人分の体重を支えている。少々無理な体勢のようで、私を掴む手にも力が入っている。私も今度は足元に注意して、滑りにくそうな地面を踏んだ。
「もう大丈夫。ありがとう。」
手が離されれば、斜面の移動を再開だ。手元と足元、両方への注意を怠らないよう、あと少しの道のりだ。もう赤坂くんには秘密基地が見えているはずだ。
ふっと目の前から姿が消え、代わりに手が差し出される。その手を掴み、引き上げてくれるのに合わせて地面を蹴り上がった。
「うわっ。ちょっ、羽衣!」
「天女は意外と大胆。」
勢い余って赤坂くんの上に乗り上げてしまった。昨日休んだ分、今日は探索をしてもまだ体力が残っていたのだろうか。もらった栄養補給食品のおかげかもしれない。そんな自己分析をしていると、どんどん赤坂くんの顔は赤くなっていく。掴まれていた手も離され、自分の口元を隠している。
古賀さんは本を持ったまま冷静にこちらをすぐ横から観察している。秘密基地の入り口側で読書していたのか、それとも私たちが来ると気付いて覗いていたのか。いずれにせよ、ここでずっと待ってくれていたのだろう。
「お待たせ、古賀さん。」
「部活後は毎日ここに来てるから待つということのほどでもない。天女の羽ばたきが見れたから満足。」
「それより先にやることあるだろ!」
「あ、ごめんね。」
広い秘密基地の中に並んで座れば、はーっ、と大きなため息が聞こえた。人間一人分と少々の荷物が勢いよく乗って来たのだ、疲れもするだろう。圧迫されて呼吸もしにくかったかもしれない。もっと誠心誠意謝罪すべきだ。先ほどは軽く謝ってしまった。
「ごめんね、怪我してない?」
「え、ああ、それは大丈夫。羽衣くらい全然。軽かったし。」
「天女は羽衣の軽さ。重いはずがない。」
そんなわけはない。人間一人分の重さはある。人として軽い部類であったとしても、勢いよく飛んでくるには重いはずだ。毎日重い教科書の詰まった鞄を背負ってこの斜面を登っているなら、古賀さんも力持ちなのかもしれない。それでもやはり上に乗るには重いだろう。
「もう、そんなに軽いはずないでしょ。それよりもうすぐ試験だけど、古賀さんは大丈夫なの?」
「心配ない。試験前に慌てるのは不勉強な奴だけ。常日頃から備えているなら何も慌てることはない。」
試験前に詰め込んでも私はすぐ忘れてしまう。それでも一点でも上げようと足掻くことはある。試験直前の休み時間など、大して覚えられもしないのにノートを眺めている人が多かったのはそういうことだろう。余裕で本を読んでいる子もいたが。
今回の試験は中学までの試験とは異なる緊張感がある。試験科目が増えていることもそうだが、古賀さんとの作戦もある。その時のクラスの人たちの態度を見て欲しいという意見が、どんなものが待っているのだろうと思わせてくるのだ。
「葉月くんも頑張らないとって気合入れてたよ。楽しみだね、中間試験。」
「試験が楽しみとか本気かよ。あー、受けたくねぇ。」
「ここでの結果は試験後の授業クラスの編成に影響する。今までより英語の授業は分かりやすくなるはず。」
赤坂くんは試験が嫌いな人のようだ。私も始まるまではどきどきしてしまうため、早く始まって早く終わってほしい。古賀さんは何も身構えていないようだが、勉強が得意なのだろうか。
分からないままより高度な説明を聞くことは避けられそうだ。直前に無理してより得意な人の集まるクラスに入ってしまうより、自分の学力に見合ったクラスに入ったほうが今後の授業は受けやすいだろう。
「ちょっと安心だね。あ、そうだ。ここ、葉月くんに教えてもいい?」
「もう知ってる。親が死んでから来なくなった。」
やはり古賀さんも柊木先輩と同じように言っている。本人だけが帰省すれば会えるようなことを言っていた。古賀さんはどうやってその情報を得たのだろう。
「本人は授業に出れてないこと隠したいから帰省してないって言ってたけど。」
「不思議。死んだ直後はそう教えてくれた。誕生日の準備をしようとしてくれてたのに、その時に交通事故に遭ったと。」
古賀さんも本人から。これは今後も話題に出さずにいよう。現実逃避だとしても私から突き付ける必要はない。上手くいけば信頼を得て禁域について教えてもらえるかもしれないが、反対に会話すらしてもらえなくなる危険性もある。焦らず毎日の会話から少しずつ距離を縮めていこう。
もっと報告すべき事柄があった。一緒に教室に通えるようにすることに関する朗報だ。
「古賀さんは月曜日どうだった?」
「秘密基地でのんびりしてた。」
参加しなかったようだ。秘密基地は宝の設置範囲から外れていたため、人が近くを通ることもなく、寛げたのだろう。いても教室の様子を見る限り、寛いで本を読めそうではある。
「葉月くんと柊木先輩と零ちゃんと四人で宝探しに参加したんだ。楽しんでたっぽいよ。」
「探索とかで俺も仲良くなれてるしな。特に羽衣は席も近いから来やすいんじゃねえの?古賀さんもいるし。」
「私は前からいる。レッドは作戦もだけど試験結果も気にしたほうがいい。試験結果が教室に張り出される。学年順位上位三十人とクラス員の順位が全部掲示される。」
恐ろしい学校だ。鏡操適性でクラス分けされるだけでなく、学力も全て開示される。順位だけなのか、点数まで掲示されるのか。中学の時より試験自体も緊張感に溢れた時間になりそうだ。友達に勝っているかどうかを気にする子もいるだろう。中学校では順位や点数の掲示はなかったけど、友達同士で試験結果を見せ合い、勝った負けたとはしゃいでいる子たちはいた。
私は今回の目標を立てられない。前回の試験より良い点数を、と思っても、中学と高校では比べられない。そもそも科目が細分化されている。中学では社会とひとくくりにされていたが、高校では世界史、現代社会と二つに分けられている。どちらも中学の時の社会の点数で考えれば良いのか、全く比較にならないとすべきなのか。
「驚くのも無理はない。入学時には学力試験がないのに、定期試験では順位が付けられる。ちなみに、文殊や塩湖は上位常連で、それを誇ってる。」
「うわ、絡まれたくね〜。」
「きっと二人の順位も気にしてる。良くても悪くても絡まれるのは避けられない。悪いほうが不快なことを言われやすいだけ。」
今回は基準の試験だ。自分がここまでにした勉強の量や方法でどのくらいの点数を取れるのか。結果が揮わなかった場合は方法や時間を改めよう。いっそ一部科目の自主学習は省略してしまっても良いかもしれない。それも全て今回の試験の結果次第だ。
他人と比べてどうこう言ったところで、自分の結果は変わらない。比較的、という評価でしかないのだ。それが勉強へのやる気に繋がるならいくらでも誇れば良いが、他人への攻撃に繋がるなら厄介だ。結果公示日は速やかに教室を離れよう。そんなものの相手をする時間があるなら探索をしたい。
「天女は心配しなくていい。何かあれば助ける。」
「ありがとう、頼もしいね。」
「俺だって助けられるし。試験結果が多少悪くても羽衣は特級だからな。そこ突いてやれば黙るって。」
特級適性というのはそこまで効力があるものなのだろうか。試験結果で絡んで来る相手と同じ手法を使うようであるため、あまり気乗りはしない。一時的な撃退法と割り切るか、素直に不快だと言い逃げるか。古賀さんが不快と表現することがどの程度の発言なのかも分からない。
結局どのように対応するかは決めないまま、この週の報告会は試験の話で終わった。




