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鏡の世界  作者: 現野翔子
第一章:葉月実

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再構成と記憶

 来週の約束を取り付けて、零ちゃんも一緒にゆっくりと遊んだ。週の真ん中に休養日を設けるのも効率的な探索には有用かもしれない。毎週家に帰って休んではいるけど、特に気の滅入る場所を調査している今は、焦らず水曜日にも休むことを検討しよう。

 気力を回復させた翌木曜日、部活を終えた後、部室前で京極先輩と待ち合わせる。探索用装備に切り替え、気合は十分だ。京極先輩もカメラを提げ、準備万端だ。身軽な格好で目的地へ向けて歩き出す。


「羽衣ちゃんが探索に誘ってくれるやて、嬉しいわぁ。いっつも恭弥くんと仲良うしとんねろ?」

「部活してない人としか探索はしにくいですから。京極先輩なら朱鷺寮ですし、いい風景を探してあの近辺も歩いているんじゃないかと思ったんです。」


 今日の探索先は朱鷺寮北のあの研究所跡周辺。以前、その辺りで一度会っているため、その先についても詳しい可能性はある。研究所跡についても知っているなら一緒に行けるだろう。

 栄お兄ちゃんにあまり広めたくないと言われている以上、私から京極先輩に教えることはできない。しかし、その周辺を歩いている時に、京極先輩が偶然見つけてしまったのなら仕方ない。


「歩いてはおるけどな。七不思議に繋がるようなもんは何も見つけてへんで。ちょっと怖い施設があったくらいや。」

「もしかしてそれって!京極先輩も知ってるんですか?」


 あの研究所跡かもしれない。それなら一緒に探索できる。写真に撮って外に出すことは避けてほしいけど、場所さえ隠してくれるなら最悪写真が知られてしまうのは構わない。

 そんな期待を込めて京極先輩を見れば、楽しそうに笑っていた。


「あっはは。そんな嬉しそうにされると悪い気するわぁ。ごめんな、千尋から聞いただけやねん。あんなとこ言うて場所までは教えてくれへんかったさかい、羽衣ちゃんに鎌かけてん。」


 つまり、京極先輩もそこに行ってみたい、と。既に知っている人を連れて行くことは栄お兄ちゃんも許してくれるだろう。世界を越える鏡について載っている本がないか、京極先輩なら探してくれるかもしれない。

 鎌などかけなくても私は一緒に行く気がある。だけど、柊木先輩が京極先輩に秘密を話したのはなぜだろう。黙っておくことに同意し、場所を教えることに否定的な様子を見せていたのに、自分から情報を与える理由が分からない。場所を伏せたのは秘密という建前があったからだろうか。


「私は京極先輩に来てほしいです。けど、あの場所については秘密にするという約束を柊木先輩もしていたはずなんです。京極先輩が聞き出したんですか?」

「簡単に言うとそうやな。方法は言えへんけど、私に嘘を吐き通すんはほぼ不可能やと分かっとるから、ちょっと聞いただけで教えてくれんねん。」


 秘密を暴くことが得意なようだ。栄お兄ちゃんも何か知られていた。だけど、暴いて自分で知ることが目的であり、それを利用するつもりはない。他の誰かに話すつもりもない。京極先輩のことを強く信頼できるのなら、他の人との秘密を話すことにも抵抗は少なくなってもおかしくない。

 一言柊木先輩には苦情を入れるとしよう。だけど、今回はおかげで京極先輩も一緒に探索できる。


「そうなんですね。じゃあ一緒に行きましょう。秘密をもう知ってるんですから、隠しておく意味はありませんよね。」

「そういうこっちゃ。こう見えてうちも力あんねん。何かあったら負ぶって帰ったるし、安心しぃ。」


 目的地が朱鷺寮北周辺という曖昧なものから、研究所跡の入り口という明確なものに変わった。無駄な移動が減って、有意義な探索の時間となることだろう。京極先輩はあれらを目撃して、どのような感想を抱くのだろう。まさか天羽くんのように面白いとは言わないだろうか。

 期待半分、不安半分のまま、研究所跡の入り口に着く。ハッチを開けて見せれば、感嘆の声が響いた。


「これは気ぃ付きにくいわ。土でも被せてもうたら分からんで。」


 懐中電灯を用意し、慎重に梯子を下りる。続いて京極先輩も冷たい床に着地し、私の照らした先を観察していく。最初に目指すのは書物がたくさん並んだあの部屋だ。

 その間に赤坂くんとの探索、栄お兄ちゃんとの調査で得られた情報を簡単に共有する。自分が知ることが目的なら、先生に隠しておくという頼みも聞いてくれるだろう。既にこのような場所の存在は知っていたのに黙ってくれていたのだ。


「なるほどね。それやったらうちとの探索の時は別の調査方法にせえへん?装置類、観察してみようや。」


 一度は書架に入ったのに、書物に手を伸ばすことなく部屋を出る。そして周辺の扉を片端から開けていく。倉庫のような部屋は開けても物を軽く確認するだけで、すぐに出て行ってしまう。私は懐中電灯で行き先を照らすだけで精一杯だ。自分で照らせないのに先導する勇気はどこから出ているのだろう。

 大きな試験管、おそらく栄お兄ちゃんの言ったカプセル状の装置のある部屋に入った。じっくりとそれらを観察しながら、話を始めた。


「羽衣ちゃんの話では、「人為的な分解」ってのをここの研究者はしとったわけや。で、おそらく人間に対しても実行しとった。うちらが何かに触れて分解しようとしてもできへんし、通常の鏡操は人の力とも表現できるのにその「人為的な分解」とは区別されとる。」


 大きな試験管に手を添える。繋がった紐、おそらくコード類には触れないよう、何かを見ている。私にはただの透明な入れ物にしか見えないけど、京極先輩はここから何か情報を得ているのだろうか。

 すっと体を離し、こちらに振り向いた。


「人が入る大きさやなぁ、これ。何のための物やと思う?」


 再び大きな試験管に向かい、内部を覗き込んでいる。並んだ幾つものそれを見ていくけど、何のための物かという答えは教えてくれない。それは書物を漁ったほうが分かることだろう。ここでこれ以上調べられることはないように思える。

 移動する京極先輩の視線の先を照らせるよう、私も歩く。クンッと足が何かに引っかかった。原因も分からず思わず息を飲む。転ぶことは免れたが、ガシャン、パリンと重ねられた皿を落としたような音が鳴った。早鐘を打つ心臓を押さえながら、震える声で京極先輩を呼ぶ。既に振り向いていた京極先輩が私を支えてくれて、私の手を持って音の元を照らさせた。その先にあるのは学校の理科室で見るような大きさの試験管立てと、ガラスの破片だ。

 そのすぐ傍のコードを光が辿れば、一方は大きな試験管に、もう一方は机の上のボタンに繋がっていた。絶対に触れてはいけないだろう。


「変な匂いはせえへんけど、何が入っとったか分からん。すぐ出よか。」


 ガラスの破片を避けて、部屋を出される。もはや懐中電灯も京極先輩が持ち、私自身も引きずられるようなかたちだ。扉もしっかりと閉めると、ようやく呼吸もしやすくなった。変な好奇心など出さなければ良かった。書物を漁っているだけなら、こんな怖い目には遭わなかっただろう。

 落ち着いた様子を確認してか、京極先輩の腕が離される。しかし、京極先輩が照らす先はまた別の部屋だ。


「もう、今日はここまでにしません?」

「疲れたか?なら本でも見てみよか。うちもその『被験者記録』っての見てみたいわ。」


 見て楽しい物ではないけど、それは見てみなければ分からないことだろう。私はそこで熟読しないよう気を付けつつ、転移について調べよう。

 気を取り直して書庫に入る。見つけた場所を伝えると、京極先輩は静かに目を通し始めた。今日は懐中電灯が一つしかないため、すぐ傍の棚しか探せなさそうだ。


「ああ、ごめんな。うちも一応、ちょっとした明かりならあんねん。これ、返すわ。」


 本当に小さな、手元しか照らせなさそうな明かりを取り出し、本の間に置いた。これで私も別の列を確認できる。前回は『分解と再構成』という題の本まで確認した。その傍の本から見ていこう。

 背表紙の部分には何も書かれていない物が大半だ。それどころか、背表紙がない物もある。同じ大きさの紙を紐でまとめただけの状態だ。下手な取り出し方をすれば破ってしまいそうで、素早く表題を確認できない。

 恐ろしそうな内容の表題の物は中身を確認せずに戻し、一部は数ページだけ確認して戻す。その中で『再構成と記憶』という表題の書物に当たった。再構成について知ることは、自力での帰還に繋がるかもしれない。読んだ結果、実行できるものかどうかは判断すれば良い。


 肉体の人工的な再構成には成功した。心拍はある、呼吸はする、瞬きはする。飲食物を口に入れれば嚥下する。しかし自発的な行動が見られない。赤子のように泣き喚くでもない。まるで空っぽのよくできた人形だ。

 幾度も人工的な再構成を繰り返し、有用副作用の話を思い出す。その副作用を持っておらずとも、疑似的に再現することは可能だ。それを利用すれば記憶の複製だって可能だろう。


 一度目を上げて京極先輩の様子を確認する。先ほどまでと同じ姿勢で本を読み続けていた。長く読みたい内容ではないはずだけど、集中力は途切れないようだ。

 状況を想像しないこと。それが目的の内容に辿り着く方法だろう。心を強く持って、読み進めることとしよう。


 記憶の調査は正解だった。今までの人工的な再構成では、被験体の記憶が失われていた。この解決には再構成前の被験体の記憶を複製し、再構成後の被験体に写し込むことが考えられる。

 上記手法により、被験体の問題は解決された。再構成前の被験体の記憶をそのまま写した場合、同一個体という繋がりが維持された。そして、被験体Aの再構成後の肉体に、被験体Bの記憶を映した場合は、被験体Bという自覚の元による行動が見られた。

 他の技術者の協力を得れば、被験体にどのような記憶でも写せるようになるだろう。


 記憶に関する話題が中心になってきた。この書物には私の求める情報はないだろう。今日はここまでにしておこうか。暗い中で読み進めることも目に負担をかける。京極先輩がページを捲る時を見計らって、声をかけた。


「京極先輩、そろそろ戻りましょう。」

「ああ、せやな。こんなとこ、長いことおったら気が変になりそうや。」


 あっさりと私に従い、部屋を出てくれる。もう少し読みたいかと思ったけど、ここに居続けたくないのは私と同じのようだ。手を繋ぐことはせず、私の懐中電灯で行き先を照らす。無言で歩くことも余計に恐怖を煽りそうで、何か話したいと思うのに、話す内容が思いつかない。そう京極先輩をちらちら見つつ進んでいると、何か感じ取ってくれたのか、口を開いてくれた。


「ありがとうな、羽衣ちゃん。おかげで一つ謎が解けたわ。」

「謎、ですか?」

「ああ、詳しいことは言えへんけどな。けど、羽衣ちゃんがここに連れて来てくれたことに、うちは感謝しとるよ。」


 本当に聞かせてくれるつもりはないようで、また口を噤んだ。調査を続けたいけど一人では来られない私に同行してくれたのだ。その謎について私が聞く必要もない。だけど、あれを読んでどう感じたのかは知りたい。私では読み進められない部分の情報も得られたのだろうか。

 どういう言い方で尋ねようか考えつつ、梯子を上る。夜道にも随分慣れたものだ。鏡界の番人を恐れる気持ちも消えてはいないけど、一人でないなら夜に出歩くことに抵抗はなくなった。


「京極先輩、楽しかったですか?」

「探索できたんは楽しかったよ。本の内容も興味深いものではあったからな。」


 天羽くんの言葉とは聞こえ方が異なる。数式の部分なども理解できれば、非常に興味深いものなのだろう。理解できない私でも新たな知識を入れることはできたのだ。面白いという表現には首を傾げるけど、興味深いという言い方なら同意できる。

 外に出ても懐中電灯は消せない。朱鷺寮まで辿り着ければ、後は足元の電灯を頼りに歩けるため、まずはそこを目指そう。


「羽衣ちゃん、寮まで一人で帰れるか?あれやったらうちが送ってったるよ。」

「いいんですか?帰れないことはないんですけど、暗いとやっぱりちょっと不安で。」


 話していると気は紛れる。そうでなくとも人がいれば少しは安心だ。手を繋いでくれればより安心だけど、そこまで甘えられない。

 慎重に、会話は少なく朱鷺寮に辿り着く。呼び鈴の近くに人影があった。


「あれ?千尋やん。ちょっと声かけてくわ。」


 京極先輩は夜目が利くようだ。私も懐中電灯を消してその後に続けば、私たちの姿に柊木先輩も気付いてくれた。


「今、北のほうから来なかったか?」

「お小言はまた今度聞くわ。何か用あってんろ?」


 ちらりと私のほうを見られる。私に用だったのだろうか。いや、そんなはずはない。朱鷺寮に私を探しに来る理由が全くない。中に入ったことがないどころか、呼び鈴さえ押したことがないのだから。

 目が合ったため、何となく笑顔を返すと、柊木先輩の視線は私から離れていった。


「明日の予定は?」

「朝来たらええのに。」

「お前はいつも出掛けてて捕まらないだろうが。」


 授業ではないのか。京極先輩に限らず、学校のある日はみんな授業を受けに校舎に向かう。その上、京極先輩と柊木先輩は同じクラスなのだから、こうして寮まで来ずとも容易に話ができる。杜鵑寮と朱鷺寮は最も遠い場所にあることを考えると、非常に手間だ。

 いつも出掛けているわけではないとか、来る度いないとか、仲の良さそうな会話が続き、明日の約束はできたようだ。しかし、昼間に遊ぶなど、授業を休む気だろうか。


「授業は出ないんですか?」

「明日は祝日やで。そうや、千尋に寮まで送ってもらい。ええやろ?」

「ああ、俺も用は済んだからな。」


 カレンダーを確認する癖をつけておこう。祝日に気付かず教科書を持って登校するなんて恥ずかしすぎる。

 京極先輩と別れを告げ、今度は柊木先輩との帰路だ。同じ杜鵑寮のため、朱鷺寮である京極先輩に送ってもらうより罪悪感がない。わざわざ遠い場所について来てもらうわけではないため、気持ちは楽だ。


「羽衣、今まで亜希子とどこに行ってたんだ?」

「研究所跡ですよ。京極先輩もなぜか知っていたので、隠す意味もないと思いまして。」


 なぜか、というのは嘘だ。私は誰から聞いたのかも教えてもらった。だけど、こう言えば詰問するような口調だった柊木先輩も黙らざるを得ないだろう。京極先輩に教えたのは自分なのだから。

 そんな私の読みは外れ、より低まった声での説教が始まった。


「危ないから行くなという話だ。羽衣、君もだ。亜希子にも場所を教えなかったのは、教えれば絶対に行くからだ、あれは。」

「何にも起きませんでしたよ。それとも、京極先輩や赤坂くんの代わりに一緒に来てくれるんですか?」


 寮までの道中を問答で誤魔化し、暗闇の不安をひた隠しにしていた。足元の小さな明かりだけでは、鏡界の番人への恐怖心を掻き消すには不足していたから。


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